大人になってもパッパラパー

※生存IF


一日かかると思われた任務が半日で終わって、暇だった。つまるところ、それに尽きる。
暇ならさっさと家に帰ればいいのだが、珍しく同期が3人集まったのにあっさりと帰ってしまうのもなんだが変な話のように思えて、七海、灰原、苗字の3人は特に意味もなく高専の休憩室でたむろしていた。


「暇だなー。逆マジカルバナナやろうぜ」
「なにそれ!いいよ!」
「苗字、造語をさも常識のように会話に入れるのはやめてください。灰原もよくわかっていないのに適当に返事をしない」
「マジカルバナナは連想ゲームだろ?逆マジカルバナナはその逆!まったく関係ない単語を順番に言ってくだけ」
「馬鹿のゲームじゃないですか」
「マジカルバナナの逆だから……ロジカルゴリラ?」
「なにそれ、七海の新しいあだ名?」
「灰原、悪ノリしない。苗字は後で覚えてろ」
「私、灰原、七海、灰原、私、私、七海、灰原、七海、七海、七海、七海、七海の順で回していこうな!順番に文句があるなら拳で決着をつけるぞ」
「えー僕最初がいい!」
「いいぜ、表出な」
「よーし!負けないよ!」
「表行って今日はもう帰ってこないで下さい」

灰原と苗字が腕を組んで外へ出ていくのを七海は特に止めずに見送った。若い頃なら止めに入ったかもしれないが、もうそんな馬鹿げたことをして貰い火をする理由もない。あと素直に面倒。

苗字という跳ね馬に乗っかった灰原は車道を爆走する新幹線より止められないのだ。

いや、正確には長い付き合いの七海にならば止められるのだが、止め方が最高速度時の新幹線を横転させる一択なので周囲への被害は拡大する。
七海もそれをわかっているので、新幹線が勝手に止まるのを待つことにした。七海は大人だった。


表の方から聞こえる新幹線が暴走する音をBGMに七海は経済新聞を広げた。
同期、というか苗字の前で新聞など広げようものなら全て容赦なく紙鉄砲にされるので、こういう時しかのんびり読めないのだ。
新聞を読む飼い主の邪魔をする猫よりタチが悪い。

「ナナミーン」
「虎杖君」
七海が新聞をそこそこ読み進めたところで休憩室にやってきたのは高専一年生の虎杖だった。その視線がチラチラと表のほうに向けられているのを見て、それだけで七海は話題を察する。

「あのさ、灰原さんと苗字さんが外で喧嘩してるんだけど、あれ大丈夫?」
やはり。七海は新聞を手にしたまま、深く息を吐いた。

「放っておいて結構です。あれは仲のいいカンガルー同士のじゃれあいみたいなものですから」
「えっ、でも結構ガチめにやり合ってたよ?今度体術の稽古つけて欲しいくらい」
「カンガルーですから」
「……2人は人間だよね?」
「人によってその認識は変わるかもしれませんね」
虎杖はきょとんとしながら七海が座るソファの隣に腰掛けた。

「ところで授業はどうしたんですか?」
「今、休憩中。飲み物買いに来たんだけど、」
「馬鹿が2人暴れていた、と」
「馬鹿とは言ってねぇけど、まあ、一応ナナミンに報告しといた方がいいかなって」
同期2人がアレなもので、アレがバカをすると何故か決まって七海に連絡がいくのは高専に在籍していた時からだ。
学生ながら報・連・相がしっかりできる虎杖を微笑ましく思う気持ちはあるが、報告された内容はちっとも微笑ましくないもので七海は複雑な顔をした。

その時、外の方から「いい歳して何やっとるんだお前らは!」と夜蛾がキレる声が聞こえた。その怒声に七海は少し安堵する。
あの2人を止められるのは七海の他、あとは夜蛾くらいしかいない。

基本素直でいい奴な灰原はともかく、暴れ馬の苗字に言うことを聞かせられる人間はアニメ遊戯王初期の[[rb: 青眼の白龍 > ブルーアイズホワイトドラゴン]]のカード枚数くらい少ない。

具体的に言うと夜蛾か七海か灰原くらい。

しかし、灰原は高確率で苗字の悪ノリに乗り、七海は最悪の事態にならない限り傍観するため、結果的にまともなストッパーになるのは夜蛾くらいだった。

とかくストッパーが来たのだから、そろそろあの暴走カンガルーたちも帰ってくるだろう。七海は新聞を畳むと隣に座る虎杖へ声をかけた。

「虎杖君、ボロボロになってみんなのところに帰りたくなければ、巻き込まれないうちに戻った方がいいですよ。これは経験談です」
「えー、でも、なんかあの2人見てるのって楽しいよね」
「そう言って巻き込まれた人間の怨嗟を私は何度も見てきました」
「えっ、怖……」
「後になってみんな私に言うんです。どうしてもっと本気で止めてくれなかったのか、と」

嘘だ、ちょっとだいぶ盛った。
灰原も苗字も別にそこまで怖いものじゃない。
ただ、同期といる時の七海は2人のテンションにつられて普段より精神年齢が下がってわちゃついてしまうので、それを可愛がっているひとまわり年下の後輩に見られたくないだけだった。

「君がもう少し大人になったら思う存分あのカンガルーたちと遊んであげてくださいね」
「ナナミン、ズルい言い方するなぁ……」
「具体的に言うと一級に上がってから。さもなくばなすすべもなく蹂躙されます」
「あの2人は一級呪霊レベルってこと?」
「よく勉強してますね」
「こんなことで褒められたくなかったかな……」
そう言いながらも大人の忠告をしっかりと聞ける虎杖がソファから立ち上がったので、七海は財布から札を数枚出して「水分はしっかり取るように」と握らせた。
脳内の五条が「淫行!」と叫んだので尻をしばく。

「えー!いいの!」
「もちろん。他のみんなの分もですよ」
「うん!ありがと!ナナミン!」
ニコー!と虎杖が笑った瞬間、七海のQOLがすごい勢いで上がった。可愛くて素直な後輩は健康にいい。そのうちガンにも効く。


カンガルーたちが帰ってきたのは、虎杖が七海に手を振って休憩室を出て行ってからすぐのこと。
一任務終えてきたのか?と思うほど薄汚れた2人の頭には大きなたんこぶがあった。しっかり夜蛾から教育的指導を受けてきたらしい。

「あ!新聞だ!鉄砲作ろ!」
七海がテーブルの上に置いていた新聞は苗字の手ですぐに犠牲になった。新聞を使って苗字が一人で遊んでる間は世界も平和になる。

七海は先ほどまで虎杖がいた場所に座った灰原を「随分と男前になったようで」と揶揄った。

「えへ、夜蛾先生に怒られちゃった」
「アラサーになってまで怒られないでください」
「呪力術式無しのステゴロだったんだけど、結構接戦だったよ!あともうちょっとやってたら僕の勝ちだったかな!」
「言われてますよ、苗字」
「勝つまでやったら私が勝つもん」
「そしたら僕も勝つよ!」
「楽しそうで何よりです」

新聞をぐちゃぐちゃに丸めて「アルマジロ!」と顔に押し付けてきた苗字にコブラツイストをかけながら、七海は「それで?あの、なんとかってゲームはするんですか?」と二人に尋ねた。

「なに?ゲームって。マリパ?」
そう言ったのは苗字だ。自分が言い出したことを既に忘れている。

「あれだよ、えーっと、なんだっけ?フィリピンバナナ?」
これは灰原。それだとただの美味しいバナナだろう。

「フィリピンバナナ」
「バナナと言ったら薬缶」
「薬缶と言ったらねぶた」
「ねぶたと言ったらパンツ」
「パンツと言ったら列車」
「列車と言ったらカーテン」
「カーテンと言ったら若冲」
「若冲と言ったらコンテナ」
ノリでゲームは始まったし、順番はもう適当だった。目配せで次に回す。
灰原と苗字がカンガルーになった意味は無かったな、と七海は内心思った。

「やっほーい!3人とも元気ー?」
急に暇な五条がやってきた。

「コンテナと言ったら心臓発作」
「心臓発作と言ったらネズミ」
「ネズミと言ったらハルマゲドン」
五条を無視してゲームを続けた。

「うわ、水素ナトリウムトリオがまた意味わかんない遊びしてる……」
「その呼び方使ってるの五条さんだけですよ」

水素ナトリウムとは七海、灰原、苗字をまとめた呼び方だ。
3人の苗字のアルファベットを取って、七海のNaと灰原と苗字のHがふたつでH2。
合わせてNaH2で水素ナトリウム。
発案者は五条。
使用者も五条くらいしかいない。

初めは灰原と苗字が2人ともHということで2人を水素コンビと五条が呼び始めたのだが、それを聞いた七海が
「は?この世代は3人いるのに五条さんは1人だけハブるつもりですか?後輩イジメですか?私というNaが見えないんですか?その六眼は何のためにあるんですか?上手いこと言ったみたいな顔がムカつきます。傷つきました。警察を呼んでください。クソ、素直にブチギレそう。既に失望していますが、五条さんにはさらに失望しました。今この瞬間からハブりクソ野郎と呼ばせてください」
と拗ねたので無理くり水素ナトリウムにしたのだった。

ちなみに水素ナトリウムという化合物は存在しない。あるのは水素化ナトリウムだ。
だが、水素化ナトリウムは化学式がNaHのため、Hが足りなくなる。

「つまり私たちは……」
「2人でひとつ……?」
苗字と灰原は指を絡ませて満更でもない顔で見つめ合ったが、やはり七海が「私をハブるなと言ってるのがわからないのか?指の末端から順に骨を折るぞ」と拗ねたため、化合物にはならなかった。


閑話休題。


「で、お前らなにしてんの?」
「フィリピンバナナ」
「逆マジカルバナナ」
「ロジカルゴリラ」
「なに?バナナ?腹減ってんの?最後の何?七海の悪口?」
「は?」
五条家の秘宝である六眼を持ってしても、後輩3人組のやっていることはよくわからなかった。とはいえ、これはいつものことなので五条もそれ以上聞かない。

「ごじょせん、みてみてー」
「わあ、素敵なアルマジロ」
「でしょー」
「可愛いねぇ、苗字ちゃん今年でいくつ?3歳?」
丸めた新聞紙を見せてくる苗字を五条はよしよしした。

「今年でもう28ですよ」
「僕らも年取ったよねえ」
「年上の僕の前でそれ言っちゃう?」
「一つしか変わらないでしょう、貴方」
「若い子からしたらここにいるみんなもうオジサンですよ」
「いや、僕は美魔女の具現化だから」
「わはは、ぬかしおる」
「あんだと、苗字。アルマジロぶつけんぞ」

そう言った五条が丸めた新聞紙を苗字にぶつけたのと、休憩室のクソうるせぇ騒がしさに気がついた夏油がこの場にやってきたのはほぼ同時だった。

夏油の目の前で、五条が投げた新聞紙がぺしーんと苗字の肩に当たる。苗字がわざとらしく床に崩れ落ちる。

前後の流れを知らない夏油からしてみれば、親友が後輩に新聞紙を投げつけてイビっている決定的なシーンでしか無かった。

ころころと転がった新聞紙が靴にぶつかった瞬間、七海は咄嗟に声を上げる。

「やめてください五条さん、私の新聞を丸めて罪のない苗字にぶつけるのは」
「は!?ちょっ、待て、七海、」
「苗字、大丈夫?折れてない?家入さんとこ行く?」
「違うから!傑!わかるよな!今、俺は嵌められてるだけだから!」
「えーん」
「ほら、どうみても嘘泣きじゃん!」
「……うん、悟、君もう今年で29だろ?特に意味もなく後輩を苛めるのはもう良しなよ……」
「粉バナナ!!!」

五条が夏油に説教されている間に、床に座り込む苗字の両脚を七海が掴むと、察した灰原が苗字の両腕を掴んで持ち上げる。そして、そのまま3人は休憩室から逃げ出した。

二人に腕と脚を掴まれたまま荷物のように運搬される苗字は、特に運ばれ方に文句を言うこともなくされるがままだった。

「アハッ、あははは、やばい、五条さん、怒ってるかも、あはは!」
「どうせあの人のことだからすぐ忘れますよ、ふっ、ははっ」
「そこはかとない浮遊感」
「苗字大丈夫?」
「お腹すいた」
「どこかに食べに行きましょうか」
「いいね!」
笑いながら、廊下を駆け抜け、外へ出る。もうアラサーの一級術師たちなのに、やってることが馬鹿みたいに子供だった。

校舎を出て、相も変わらず灰原と二人で苗字をぶらんぶらんと持ち運び続ける。ちょっと楽しくなり、灰原と息を合わせて苗字を大きく左右に揺らした。

「ねぇ、七海」
「どうしました、灰原」
「今、僕らを側から見たら苗字を誘拐してるみたいに見えるんじゃない?」
「なんてことを言うんですか君は。どう見ても人命救助の現場かナマケモノの飼育員の姿でしょう」
「そんなメルヘンなものに見えるかなぁ」
「そろそろ苗字を降ろしましょう。こんな姿、学生に見られたら、」
「あっ!ナナミーン!」
「終わった……」

体術の稽古終わりなのか、校舎に戻るジャージ姿の一年生3人と出会ってしまった。
3人の子供たちは、大の大人が2人、女性の腕と脚を持って運んでる姿を見て固まる。

「ナ、ナナミン、その、」
「違います。本当に違います」
「……スコップとかいる案件ですか?」
「違うんだ、伏黒くん、殺してないよ」
「落ち着けバカども。まずは警察よ」
「釘崎さん、誤解です。電話を離してください」
「ほら、苗字、なんか言って!」
「なんか」
「違う、そうじゃない」
「アッ、ごめんね、僕の言い方が悪かったね」
慌てる七海と灰原に、とうとう虎杖が吹き出す。

「えっ」
「ふはっ!あはは!ごめんごめんナナミン、灰原さん。わかってるって、3人で遊んでるだけでしょ」
「まあ、女性に対してその持ち方はどうかと思うけどね」
「とりあえず苗字さんを降ろしてあげたらどうですか?」
「あ、ああ、はい、そうですね」

「苗字、降ろしますよ」「あいあーい」とようやく苗字の足を地につけさせると、彼女はすぐにだるんと灰原の体にもたれかかる。灰原はいつものことだと、そんな彼女を後ろから抱きしめるように支えた。

「3人って仲良しなんだね」
そう言って微笑ましそうな顔をする虎杖に七海はもう穴があったら入りたい気持ちになった。
本当にこういう同期とバカをしてるところだけは見られたく無かったのに。

「まあ、私らはマブだからな」
「今時マブって使わなくない?」
「ズッ友?」
「それも古いと思うよ」
「私の従僕たちよ」
「急に関係変化するじゃん」
ゆるい会話をするH2に七海は頭を抱えそうになる。もう手遅れなのは事実だが、せめてもう少し取り繕うとかしてほしかった。

「大人になっても仲良いって憧れるよな!な、伏黒!釘崎!」
「おい、私をあの持ち方したら刺すからな」
「しねーよ」
普通なら刺されるような持ち方をノリと勢いとその場のテンションでした七海はもうこの場から逃げたくなる。先に苗字をあの持ち方で運ぼうとしたのは灰原ではなく七海なのだった。これは有罪。

「あ、そうだ!ナナミンさっきは飲み物ありがと!」
「ごちそうさまでした」
「ありがとうございます」
「いえ、お気になさらず」
3人に礼を言われるが、それさえ気を遣われているような気がしてなんとも言えず曖昧な返事をすることしかできない。

「水分補給と汗の処理はしっかりとしてくださいね」
「うん!じゃ、俺ら次の授業もあるから」
「はい、頑張ってください」
「頑張ってねー!」
「さらば青春の光」
ブンブンと大きく手を振る同期2人を横目で見ながら今更大人ぶるが、今はもう何を言っても枕詞に「先ほどまで同期とバカをしていた」とついてしまう。


校舎に戻る3人を見送ってから、先ほどまで同期とバカをしていた七海は肩を落として深く溜息をついた。

「クソ……もうアラサーのいい大人なんですよ……それなのに学生にあんなバカをしてる姿を見られて……」
「そういう日もあるって。七海、元気出してよ!」
「飯行くか?」
「行きます……」
「ビーフオアチキン?」
「Fish……」
「おお、流石七海、発音が良い」
「前に硝子ちゃんパイセンから美味しいてっさのお店を教えてもらった」
「では、そこにしましょうか」
「河豚の毒に当たった奴から緊急搬送されてくゲームしような!」
「そんなデスゲームある?」
「料理人の腕を信じろ」


てっさはとても美味しかった。