花じゃなくて嵐、月じゃなくて此処

灰谷竜胆は苗字名前を「姉」と呼んでいる。







「姉さん」
靴を脱ぎながら竜胆は玄関からそう彼女を呼んだ。
返事は無い。物音もしない。
けれど他でも無いあの人の気配はある。

竜胆は脱いだ靴を揃えてからリビングへ向けて廊下を進んだ。竜胆が靴を揃えるのは育ちが良いからなどといった理由ではない。揃えないと姉に怒られるからだ。

「姉さん」
リビングに入ってからもう一度呼べば、ダイニングテーブルの椅子に腰掛けていた彼女は普段通りの不機嫌そうな無表情で竜胆の方を見た。
口数も表情も乏しい人だがそれでもその瞳は雄弁で、突然来訪した竜胆へ「何をしに来たのか」と問いかける。

こちらへ目を向けた彼女はあいも変わらず氷像のように美しいかんばせで、交流を深めた今でさえも不意にその視線に貫かれると心臓を穿たれたような心地になる。
ただし彼女は美しい人でありながら、その美しさを足蹴にするほど愛想は無い。

「アップルパイ持ってきたんだけど」
竜胆が答えになっていないような答えを口にしながら、右手に持っていた有名パティスリーの紙袋を持ち上げてみせる。
そうすれば、彼ら兄弟の突拍子もない行動に慣れている彼女は椅子から立ち上がってキッチンの方へ歩き出した。
多分、紅茶を淹れてくれるのだろう。竜胆の想像通り、彼女は静かな所作でケトルを火にかけはじめた。



竜胆が姉と呼ぶこの女性は名前を苗字名前という。
姉と呼ぶが、二人の間に血縁関係はない。竜胆に血の繋がりのある兄弟は兄である蘭のみ。

では何故姉と呼ぶのかといえば簡単な話、この女性は竜胆の兄である蘭の妻なのだ。

つまるところ、二人は義姉と義弟の関係にあたる。

「姉さん、今日の紅茶なに?」
「ニルギリ」
「……ふーん」
「理解できないしする気もないくせに何故聞いたの」
「いや、兄貴に自慢しようかなって」
「下らない」

清潔さを思わせる真っ白なケーキ箱から二人分のアップルパイを出しながら答える竜胆に、名前は酷くつまらなそうに鼻を鳴らした。

義弟だからという気安さを抜きにしたとて彼女は愛想という言葉からほど遠い人だった。
まともな人間関係など構築できるはずもないその愛想の無さ故に彼女の存在は、竜胆の中にある「目が醒めるほど美しい見目の人間は精神的に欠陥がある」説を支持する理由の一つとなっていた。実兄もその一人ではある。

アップルパイを並べ終えると竜胆は椅子に腰をかけた。なにも名前の手伝いをしようとしていないわけではない。姉を手伝おうとキッチンに立ち入ろうものなら、当の姉から「邪魔。消えなさい」と素気無く追い返されると経験で知っていたからだ。
暇を持て余した竜胆は紅茶を淹れる姉の姿を眺めてから、兄へメールを送った。

『今姉さんち。これからケーキ食う。今紅茶淹れてくれてる。茶葉の名前忘れたけど』

姉がこちらに背を向けた時にこっそり撮った写真を添付してやれば、返信はすぐに返ってきた。

『あのヤカンって俺ぶん殴る以外に用途あったのかよ』

添付した写真の中、姉が紅茶を淹れるために手に持っていたケトルのことを指しているのだろう。
竜胆は思わずキッチンの方へ目を向けた。よく見るとケトルの底が歪んでいる。

文面を見るに、兄は日常的にあれで殴られているのに、姉に手ずから紅茶を淹れてもらえたことはないらしい。我が兄ながら可哀想……というか、何をしたらそんなことになるのだろう。姉は無愛想だが、理不尽な人ではないというのに。

人の心の機敏に疎い兄と感情表現に乏しい義姉。今更ながら夫婦仲が不安になる。

「……あのさ、姉さん」
相槌はなかったが、言葉を続ける。

「姉さんって、兄貴のこと好き?」
「……竜胆」

ティーカップを選んでいた姉が、エインズレイのペアカップを手に竜胆の座るダイニングテーブルまでやってきた。
丁寧な手つきで華やかなティーカップをテーブルに並べるこの白魚のような手があのケトルを握って兄を殴ったのかと思うと少し笑いそうになる。
名前は竜胆の名前を呼んでから、温められたカップを竜胆の前に置く。

「竜胆、誤解のないように。私は置かれた場所に咲くしかない野辺の花ではないし、まして籠の中に捕らえられた鳥でもない」
「……それって、兄貴のことが嫌いならとっくにこの家から出てってるってこと?」

姉は表情を少しも変えずにさっさとキッチンへ戻る。
結局返事は無かったが、否定の無いあたり多分竜胆の解釈で間違っていないのだろうと思った。

ティーポットを手にキッチンから戻ってきた名前は、慣れた手つきでカップに紅茶を注いでくれた。
紅茶を淹れるところだったり、刺繍をするところだったり、竜胆は姉のこういった慣れた手つきを見るのが好きだった。
自分の生活圏の中には存在しない作業を、何の迷いもない手が生み出していくというのはある種小さな魔法とさえ言える。

(つーのに、兄ちゃんは姉さんのこの手つきを知らないんだもんな)

二人は結婚してもう数年経っているし、出会ってからの年月ならばもう十数年は経っているだろうに。
おそらくその原因は兄の方にあるのだろうと思いながら、傾けていたポットを戻した姉へ竜胆は感謝の言葉を口にした。

テーブルを挟んで向こう側、竜胆の正面の椅子に腰掛けた名前は「それで、」と薄い唇を動かした。

「用件は?」
「用件?」
「…………」
「…………?」

どういったような理由で貴方は私の家を訪ねたのですか?などと言い直してくれるほど姉は親切な人では無かったので、しばし二人の間に沈黙が降りる。
だからといって別に竜胆だって、姉の発言の意図がわからなかったわけではない。姉の問いかけに対しての答えを持たないだけ。

つまり、ただ単に用件などなかったからだ。

「あー、あのさ、このアップルパイは元は兄貴が買ったやつなんだけど、」
竜胆は口を開いて、ここに来ることになるまでの経緯を姉に伝えることにする。そんな竜胆に、名前は話に興味があるのだがないのだかわからない顔でティーカップに口をつけていた。



ことの始まりは一時間ほど前の蘭のこの発言である。

「なー、竜胆。俺の仕事代わんのと、名前んとこ行くの、どっちがいい?」

竜胆は即座に後者を選んだ。天秤で計るまでもない二択だった。わかっていたのか蘭はさして残念がる様子もなく「だよなー」とへらへら笑って、竜胆に紙袋を差し出した。

「なにこれ」
「アップルパイ」
「なんで?」
「今朝さあ、名前に超キレられた」
「なんで?」
「知らねー」
そういうところに姉はキレたんだろうな、と竜胆は思った。
この紙袋の中身は、おそらくまだ怒っているだろう姉の機嫌を取るためのアップルパイらしい。紙袋に書かれた店名を見るに、それは甘味にさほど詳しくない竜胆でさえも知っているような有名店のものだった。

「へぇ、姉さんアップルパイ好きなんだ」
「あ?知らねーよ」
本当にそういうところだと思う。竜胆は紙袋を受け取って、「オレと姉さんで食っちまうからな」と仕事に向かう兄へ言う。そうすれば何故か兄は「別にいいけど。お前の分も買ってあるし」と答えた。

言うまでもなく、竜胆は兄夫婦と暮らしてなどいない。何故兄が三人分も買っているのか、まるで意味がわからなかった。


「……つーわけで、強いて言うなら姉さんとこれ食うのが用件って感じ」
竜胆が話を終えると、名前は普段から不機嫌そうな顔にさらに侮蔑と嫌悪をたっぷり加えたような顔をした。
竜胆にではなく、夫である蘭への感情だ。
悪感情の煮凝りのような彼女の表情を見て、竜胆はますます兄夫婦二人の関係性がわからなくなった。少なくともその顔は愛する夫へ向ける顔とは思えなかったからだ。

とはいえ、状況については把握できたらしい。
姉は「……まあ、お前とパイに罪はない」と呟くと、ようやくフォークを手に取った。サクと音を立てながら一口大にパイを切ると薄い唇を開いてそれを含み、咀嚼し、嚥下する。彼女の白皙の喉が揺れ動くのを竜胆は黙って見つめた。

「姉さん、美味しい?」
「ええ、非常に。購入者があの男であるという一点が唯一の汚点だけれど」
「あー、まあ、美味しいならよかったわ」
「……竜胆」

姉は変わらず鋭利な氷柱のような声で竜胆の名を呼んだ。目が合う。竜胆は笑いかけてみた。姉は眉一つ動かさない。彼女が口を開いた。

「竜胆、お前がこれを持ってきてくれたことには感謝します。あの男に渡されるよりはよほど精神が凪ぐ。……ところで確認したいのだけれど、お前はお前の兄の所有物ではないし、奴隷でもないという私の認識に相違は?」
「無いぜ、姉さん。別にオレは兄貴に言われたからって嫌いな奴のいるところには行くようなお人好しじゃない。いつだってオレはオレの意志で全てを選択してる。姉さんとこうやって茶ァしばいてんのもオレがそうしたいって思ってるからだよ、今回はたまたま兄貴がきっかけだったってだけで」
「…………」
「心配してくれてありがと」
「……お前たち兄弟は本当に度し難い」

義姉と付き合いを深めるうちにわかってきたことがいくつかある。
姉は無愛想で素っ気なくて冷たくて笑わない人だ。彼女が笑っているところなど見たことがない。物言いは厳しいし、刃物のように鋭い。

けれど、性根はどうしようもなく善性だ。
今もこうして、竜胆が蘭から不当な扱いを受けていないか問いかけてくれる程度には。

彼女はその善性を上手く外部へ出力することができないだけの不器用な人で、天地がひっくり返りでもしない限り悪党にはなれない。
なるほど、通りで性根が悪党の兄と相性が悪いわけだ。
何度も繰り返すようだが、よくも兄夫婦がこれまでやってこれたものだと思う。
というか、よく姉が出て行かなかったものだ、と。

「度し難いって言うなら、姉さんこそだろ」
「なにが」
「姉さんはさ、なんで兄貴と結婚したわけ?」

だからこそ、理解から遠いのが二人の結婚だった。

兄が姉に惚れ込むのは理解できる。兄は美しいものが好きだし、不理解を楽しむし、ままならないことを愛する。だから自分をちっとも愛さない姉と共にいることを良しとできるのだろう。

では、姉は?
愛想が壊滅的に悪いだけで姉は比較的真っ当な感性を持つ人間であり、善を尊び悪を憎むことを知っている人だ。それは価値観の話である。
故に兄とはどうしようもなく価値観が異なり、けれど兄に惚れているわけではない彼女が我が兄と結婚する理由とメリットが竜胆にはわからなかった。

姉はただ静かにアップルパイを食べ進めていた。そのペースはゆっくりとしたものだったが、落ちることは無い。彼女は言葉にも表情にもしないが美味しいと感じているのだろう。きっと兄がこのパイを買ってきたのは正しい判断だったのだ、と竜胆は思った。
名前はフォークを置くと、紅茶を一口飲んだ。カップを置いてから竜胆を見る。それから何かを思い出そうとするようにふと視線を上げた。

「……お前の兄はしつこかった」
そう、ぽつりと言った。片眉を上げた竜胆が相槌を打つ間も無く、彼女は話を続ける。

「15歳の冬に初めて出会った時からお前の兄は執拗に私へ求婚してきた。何年も何年も、性懲りも無く。……あまりにもしつこかったものだから最後の手段として私はあの男に言った」
「なんて?」
「『私と結婚したければ、お前の持つものの中で最も価値あるものを捨てなさい。できないのならばお前とは永遠に結婚などしない』と」
「……すげー。かぐや姫みたいじゃん」
「言い得て妙ね。それで諦めれば良し。そうで無くとも私はあの男が何を捨てようと「それはお前の持つものの中で最も価値あるものではない」と告げるつもりだった」

そう彼女は言ったけれど現実として、彼女は現在蘭と結婚している。

つまるところ、彼は彼女が納得できるだけのものを本当に差し出したということなのだろう。かぐや姫を地に繋ぎ止めるだけのものとはなんだったのか、続きを促すように竜胆が名前を見つめれば、彼女は小さく息を吐いた。

「お前の兄は、」
「うん」
「判断力が高い」
「……ん?うん?」
「目的のための手段の選択に躊躇いはなく、攻めるべき時に攻め、引くべき時に引くことができる。そしてその判断を矜持が邪魔しない」
「あー、っと、姉さん?」
「生き汚いと評してもいい」
「悪口?」
「とかく私がその要求をした時、あの男は私を手に入れるため、即座に正確な判断をした。どんな手を使っても目的を達成すると決めた時、彼は本当に手段を選ばなかったから。私に敗因があるとすれば、あの男の判断力を舐めていたことだった」
「……兄貴、結局何を捨てたの?」

竜胆がそう問いかけた時、名前は初めて躊躇うような仕草を見せた。視線を下へ逸らし、微かに瞼を痙攣させ、テーブルに上に置かれていた手を握り込む。

名前は思い出していた。
あの日、灰谷蘭という男は彼女の前に立ちながら笑っていた。今この場で自身の持つ最も価値あるものを捨てようとしているとは思えないような、ごく平坦な感情のまま、名前の目の前で当然のように笑っていたのだ。

「お前の兄は私にこう言った」
名前はその時のことを、今もなお覚えている。


「私のために、『灰谷の名を捨てる』と」
その時のことを、今もなお後悔している。







現在において『灰谷蘭』という人間はこの世に存在しない。死亡したわけでは無い。
正しくは「戸籍上」この世に存在しない、という意味だ。

前述した通り、灰谷竜胆は義姉である苗字名前を「姉」と呼んでいる。

そして、灰谷竜胆は実兄である『苗字』蘭を「兄」と呼んでいる。

かつて灰谷蘭として生まれた竜胆の兄は、名前との結婚と共にその名字を手放したのだ。
彼自身の選択と明確な意思によって。

その理由を竜胆はこれまで何度も兄に問いながら、けれど結局一度として教えてもらえなかった。故に今日この瞬間、義姉がこの話をするまで竜胆は知らなかったのだ。

「私の要求に応えた時の蘭にとって、この世で最も価値のあるものは『灰谷』という名であり、つまるところ、竜胆、お前との血縁だった」
名前は酷く苦しそうな声で言葉を吐き出した。

「……お前の兄はお前を何よりも愛している」

姉がそう言った瞬間に、竜胆は驚きながらもようやくこれまでのことが理解できたような気がした。

何故兄が苗字の苗字を名乗ることを選んだのか、そしてどうしてその理由を頑なに竜胆に教えなかったのか。

単純な話だ。弟に対して本心からの「愛している」をシラフでいえる兄なんてそういやしない。
そして蘭はそういう普遍的なところではごく普通の兄だったというだけのことだ。

「その時、私は初めて後悔をした。蘭にそう言わせてからようやく自分の浅慮を恥じたが、その時にはもう遅かった」
名前はじっと竜胆を見て、それから己の罪を告げるように言葉を口にする。

「竜胆、お前からお前の兄を奪ったのは私だ。私は蘭に大切なものを捨てさせてしまった。あの美しい花を手折り、無闇に枯らせてしまった」

竜胆はその時初めて姉の表情の中に悲しみが差すのを見た。それからもう一度思い出す。

「…‥そんなことをしたかったわけじゃない」
我が姉は、兄とは比べ物にならないほどの善人であり、善人ゆえに罪悪感を持つ人であることを。

「……どうか許してほしい、竜胆」
彼女は弟から兄を奪ったことを罪だと感じた。蘭と結婚してからずっと、その罪を感じながら生きていたのだろう。そのことに気がついた時、竜胆は思った。

なんて無意味な気苦労なのだろうか、と。

「あー、あのさ、姉さん」
「お前には私を殺す権利がある」
「いや重い重い。つかいらねーから、そういうの。俺も困るし」
顔の前でヒラヒラと掌を振る竜胆に、けれど名前は眉間に皺を寄せたまま口を噤む。それさえ気にせず竜胆は笑った。
なんだかんだ言ってもこうやって義姉となんでもない時間を過ごすのが好きだった。だから彼女にいなくなられては困る。自分も、兄も。

「別にいいよ、苗字くらい。苗字が同じとか偶然血液型が同じだった、みたいなもんだろ」
「……いえ、違うと思うけれど」
「結局さ、」
竜胆は手に持っていたフォークの先を天井に向けて立てると、姉を見つめた。
不思議なことに彼女は無表情ながらなんだか少ししょんぼりしているような、困っているような、そんな顔をしているように見える。
珍しいものを見たなと思ってから、多分兄貴はこの顔も見た事ないし、これから先見ることもないんだろうなと思った。何故か不憫だとは思わなかった。兄の一挙一動に振り回されてきた姉のこれまでに比べたら些細なことだ。

「兄貴が大事なもん出せって言われた時に選ばれるくらい俺は愛されてて、その大事なもん捨てられるくらい姉さんは兄貴に愛されてるってことだろ」
竜胆がそう言った時、何故か姉は理解し難いような顔をしていたけれど竜胆は構わず続けた。

「そもそも兄貴がこんなこと気にするわけねぇじゃん。弟の俺がいうのもなんだけどさ、あの兄貴だぜ?苗字とか血縁とか、その場のノリで適当に捨てたり拾ったりするに決まってんじゃん。なんなら絶対「好きな子と苗字オソロでハッピー」とか思ってるよ」
そうだろ?と姉を見つめれば、姉は首を傾げた。首を傾げて、眉間に皺を寄せて、十秒ほどの沈黙。
それからようやく口を開いた。

「お前の兄のことなどどうでもいい」
そうはっきり吐き捨ててから、竜胆を真っ直ぐに見た。

「竜胆」
「うん?」
「お前が、その、……気にしていないのであれば、私が何かを言う事もない」
「あー、強いて言うなら」
「ああ」
「紅茶淹れんのが上手い姉貴が出来て嬉しいけど」

そう返した途端に名前は「何を言っているんだお前は」という顔をしながら「何を言っているんだお前は」と義弟へ言った。

それから彼女はまたグッと唇を閉じて黙り込むと、……再びアップルパイへフォークをグサグサと差し始める。
先ほどより荒れた手つきに、多分照れているんだろうなと竜胆は思った。

「竜胆」
「ん?」
「……紅茶、おかわりは?」
「ん、じゃあ貰うわ」

そうやって二人は静かで穏やかな時間を過ごす。


それは竜胆の兄が帰ってくるまで続いた。

帰ってきて早々「離れろ」と言う名前に抱きついて離れない兄が容赦無くケトルでぶん殴られるのを、竜胆は姉の淹れてくれた紅茶を飲みながら見ていた。

あのケトルが壊れたら姉さんに新しいのを買ってやろう。竜胆はそう思った。

それから後でこっそり兄に聞こう、とも思った。


兄ちゃんさあ、本当は姉さんの好物、最初っから知ってたんじゃねぇの?って。



(2022.01.19)