コーヒーシュガー

「二宮くんにあだ名つけていい?」
「ダメだ」
「ニッキー」
「キーはどこから来たんだ」

そこ気にするんだ。

二宮くんの反応に少し笑う。今、適当に思いついて適当に口にしたあだ名だったから、そんなことを聞かれてもちょっと困る。「あー」と音みたいな声を出しながら視線を下げる。これは私が考え込む時の癖だ。

「匡貴の「か」からKを取って……あと、二宮の「や」からYを取って、キー」
「Cが足りない」
「C足りないの?」
「スペルはNICKY。もしくはNICKIE」
「えぬあいしーけー……なんて?」
聞き返した時、二宮くんはコーヒーに口をつけていた。持ち手に指をかけ、カップを持ち上げる。彼はそんな何でもない所作がやけに様になる人だった。


駅から少し離れたところにある、カフェと呼ぶよりも喫茶店と呼ぶ方が似合う店が私たちの最近のデート場所だった。
明度を落とした照明。当たり前のように置かれた灰皿。アンティークみたいなシュガーポット。赤いベロア素材のソファ。新聞を広げる店主。とかくゆったりと流れる時間。
近頃の私たちはすっかりこの喫茶店の常連になりつつあった。

というのも、この辺りでカップルが行くようなところには大体行ってしまったし、二宮くんはボーダー隊員だから本部から2時間以上かかる場所に行くにはややこしい申請が必要らしいのだ。……3時間だったかも。とにかくそういう制約があるものだからあまり遠くに行くことも難しい。
けれど、私も二宮くんもそこまで恋人らしいことにこだわる質でもなかったから、最近は時間が合えば二人、この喫茶店で何をするわけでもなくのんびり過ごすことにしている。問題はない。旅行も食事も、何処に行って何を食べるかよりも、誰といるかが大事っていうし。

そんなわけで、この喫茶店のコーヒーチケットを買った。20枚綴り。使い切るまで、デート場所は変わらず此処だろう。

壁際のソファに座る私の向かい、フロア側のチェアに座った二宮くんは口をつけていたコーヒーカップをソーサーに置いた。会話の邪魔にならない程度に流れているBGMに一瞬、陶器同士が当たる音が混ざる。

そんな二宮くんを眺めたまま、私は頬杖をつきながら「コーヒーのC」と口にする。途端に二宮くんは呆れたような目を私に向けて「トンチか」と突っ込んだ。二宮くんの貴重なツッコミに口角が上がる。

「いいじゃない、コーヒーのC」
「その理屈じゃ俺が常にコーヒーを持ってなきゃならないことになる」
「似合うよ。カッコいいし」
「そういう話じゃない」
「じゃあコーヒー持ってる時だけニッキーって呼ぶね」
「やめろ」
嫌そうな顔をしているが、多分あだ名で呼んだらイヤイヤながら振り向いてくれるんだろうな、と思った。素っ気ない顔つきと口調ながら、二宮くんにはそういうところがある。優しい、というと少し意味合いが違うけれど、第一印象ほど気難しい人ではないのだ。

「二宮くん笑ってみて」
「何だ急に」
「二宮くんの笑った顔が見たくなっただけだよ」
「脈絡が無さすぎる」
「ニコーってしてみて」
そう言ってから私はお手本みたいにニコーっと笑ってみせたけれど、二宮くんは「何を言っているんだお前は」と思っていそうな顔で、「何を言っているんだお前は」と言った。こういうところが素直すぎる人だな、といつも思う。

「二宮くんってあんまり笑わないから」
「面白くもないのに笑えないだろう」
「まあ、確かにそれもそうか」
そう言われたら、そうだね、と肯定の言葉しか返せない。
彼はきっと作り笑いとか忖度とかしたことない人なんだろう。ある意味嘘のつけない人なんだな。それはそれとしてお笑い芸人のライブとかに連れて行って、周囲が爆笑してる中真顔を貫く二宮くんとか超見たい。……などと思っていると、不意に二宮くんにじっと見つめられる。
バカなことを考えているのかバレたのかもしれない。内心慌てて真面目な顔をキリッと繕う。そんな私の表情の変化を気にすることなく二宮くんは唇を開いた。

「先程ああ言ったが、」
「うん?」
「別にお前といるのがつまらないという意味ではない」
「え?ああ、うん、それは大丈夫。伝わってるよ」
「そうか」
「うん」
「ならいい」
そういうこと気にするんだな、と思って笑ってしまった。

「二宮くん」
「なんだ」
「二宮くんってそういうところ、可愛いよねえ」
彼の言動があまりにも可愛らしいものだったからそんな言葉が思わず口をつく。言葉を発してからもしかしたら可愛いと言われるのは嬉しくなかったかもしれないと思った。
けれど、当の二宮くんは満更でもない顔をしていたので目を丸くする。そんな私に気がついてか、二宮くんは軽く息を吐いてから言葉を紡ぐ。

「今のはお前からの褒め言葉なんだろう」
なら構わない、とばかりに二宮くんは軽く片眉を上げた。それがあまりにもフラットな様子だったから、少し拍子抜けする。(……二宮くんって本当そういうところあるよねぇ)と思う私を置いて、彼は「そんなことより、」と言葉を続けた。

「来月の中頃なら二日ほど丸々休みが取れる」
「おお、そうなんだ。よかったね」
「行きたいところがあるなら決めておけ」
「……ん?あっ、これってそういう話?」
「……? それ以外になにがある?」

まさか来月休みが取れそうだから何処かに出かけよう、というデートのお誘いだとは思わなかった。
一言目で察せないあたり、私もまだまだだ。はやく二宮くん翻訳者のプロになりたい。

「嬉しいけど、申請とか面倒だったんじゃない?」
「面倒だった」
「でもしてくれたんだ」
「ああ」
「私のために?」
そう訊ねると二宮くんは馬鹿げた質問だとばかりに鼻を鳴らした。
まだまだ二宮くん翻訳のプロでは無いにしろ、それなりに付き合いのある私には二宮くんがその時に何を考えているかなんとなくわかった。わかったけど、今はなんだか言葉が欲しく問いかけを重ねる。

「……私のこと好きだから?」
「じゃあ、それでいい」
二宮くんはそっけなくそう答えた。

それでいいんだ。




◇後日談

「お、二宮くんなに飲んでるの?」
「ジンジャーエールだ」
「じ、ん、じゃー、えー、る」
「……Cは入っていない」
「じゃあ今日はただの二宮くんか」
「俺はいつも二宮だ」


(2022.02.17)