遠くて近い

『平等院鳳凰様へ

本当は平等院鳳凰様へ、ではなく、平等院鳳凰のバカへ、と書こうと思っていました。そうしなかったのはほーちゃんがお友達に宛名を見られた時に恥ずかしい思いをするだろうな、と思ったからです。私の優しさをしかと胸に刻んで心から感謝するように。

君は急にこの住所を私に教えてくれましたが、私はこの手紙が一体どこに届くのかまるでわかっていません。すべては君の言葉が足りないからです。これはどこに届くのでしょうか?ちゃんと届いているのでしょうか?届いたら連絡して下さいね。

前書きが長くなりましたが、お元気にしていますか?おばさまが大変心配しています。海外から私に絵葉書を送る暇があるのならおばさまにもキチンと連絡をして下さい。とても心配しておられました。テニスが楽しくて仕方がないのかもしれませんが、自らの原点は疎かにすべきではないと私は思います。

あと連絡してくれるのは嬉しいのですが深夜に急に電話をするのはやめて欲しいです。外国ではお昼かもしれませんが、日本では夜の場合があります。時差を考えて電話して下さい。別に電話をもらうのが嫌なわけではありません。一旦時差の確認をしてから連絡して欲しいだけです。

送った住所を見る限り今は日本にいるのですね?時間が空いたら電話を下さい。忙しくない時でいいです。おばさまの後で構いません。というかおばさまにはちゃんと連絡をするように!

今どこでなにをしているのかわかりませんが、怪我や病気のないように。体に気をつけて下さい。
それでは、また。

苗字名前』



読み終えた便箋を元の通りに折りたたんで、平等院はそれを懐へ、彼にしては丁寧な手つきで仕舞い込む。
彼はあまり物を持つ人間でも、物に執着する人間でもなかったが、おそらくこの手紙は今後例え何があっても捨てることはないだろうと自分自身で確信できた。

「おや、お頭」
通りかかったデュークがいつも通りの穏やかな笑みを浮かべた。平等院のいつもより機嫌が良さそうな雰囲気につい口が滑る。

「何か良いことでもありましたかな?」
「……フン、なんでもねぇ」
なんでもない訳がないことはわかっていた。

けれども珍しく、本当に珍しく平等院が年相応の青年らしい表情を見せるものだから、デュークはただただそれに安堵した。Genius10だ、U-17のトップだなどと言われる彼がただの青年としての顔を見せられる相手がいる。それだけのことが彼の隣に並ぶデュークには嬉しかった。







君がどれだけすごい選手であるか、私は知らない。どんなテニスをするのか、どれくらい強いのか。私は何一つ知らない。
けれども、君の好きな茶葉だとか、少し癖のある右上がりの字だとか、それから電話をする時「もしもし」じゃなくて「元気か」で始めるところ。そんな些細なことばかりを知っている。

ベッドに投げ出していた携帯が君からの着信を告げた。
少しだけ焦らすように5コール待ってみる。いつも私ばかりが待っているから、またには君を待たせたい。けれどすぐに私の方から耐えられなくなって、パッと携帯を耳に当てる。

「もしもし?」
『…………元気か』
思わず溢れてしまった笑い声に、受話器の向こうの君が不思議そうな顔をしているのが想像ついた。

『なんだ』
「ううん、なんでもないの。私は元気よ、ほーちゃん」
『…………ほーちゃんはやめろ』
「嫌。だって可愛いでしょう」
呆れたような溜息だって聞き慣れたものだ。

私の口を閉じたいのなら傍に来て、その大きな掌で覆ってくれなきゃ。


(2022.07.06)

2018年に書いていたものを発掘。一部加筆修正。