少なくともここはまだ最果てではない

「うわ、田舎のヤンキーのバイクじゃん」
「あ゛?」
見たいと言うから見せてやった自分のバイクの感想がこれだったので平等院は素直に(なんだこいつ)と思った。
盆の時期、夕暮れのことだ。

「シャコタン乗ってるやつに言われたくねえ」
「乗ってないから。今時シャコタン乗ってるヤンキーとかいないでしょ」
「じゃあ何乗ってんだ」
「普通にセダン」
「ヤンキー車じゃねえか」
平等院の生まれ育った地域を田舎と呼ぶのなら、徒歩圏内にある苗字の家も田舎だし、平等院をヤンキーというなら苗字もだ。
どうせ車もカスタムしてんだろ、と思った。口にはしなかった。平等院も自分のバイクをカスタムしてるからだ。

「言っておくが、デュークも俺と同じ型だぞ」
「えっ、ホント?渡邊くんあの顔で厳ついバイク乗ってんの?やばい、それはギャップでトキメキそう。ジャニーズ顔かと思ったらLDHの男だったみたいな気持ち」
「なんなんだ貴様は」
呆れた声を出しながら平等院は手に持っていたヘルメットを苗字に投げ渡す。
危なげなく受け取った苗字は「え、乗せてくれんの?」と聞きながらいそいそとヘルメットをかぶる。

「貴様が見るだけで済むわけないだろう」
「君から見た私のイメージって何?一回ちゃんと話し合おうな、深夜のガストとかで」
「ヤンキーじゃねえか」
苗字はケラケラと笑って、平等院が乗ったバイクの後ろに跨る。それからエンジンをかける平等院の腹部に手を回して苗字は楽しげに脚をばたつかせた。

「先に言っておくが、」
「なに?」
「バイク事故の場合、死亡率が高いのは後ろに乗っていた側らしい」
「なんで今言った?」
「注意喚起だ」
「脅しかと思ったわ。貴様の生殺与奪権は俺が持ってるぞ、みたいな」
「貴様の生殺与奪権を俺が持ってるのは事実だが」
「脅しじゃん」
「安全運転で行こう」と苗字が言えば、平等院は内心揶揄うような気持ちで「風を感じたいんじゃねえのか」と返した。

「ヤンキーじゃん」
「ヤンキーだろうが」

バイクを発進させれば、苗字は慌てたように平等院にしがみついた。それに少しだけ口角を上げる。車通りの少ない、彼女曰く田舎の道を車体を揺らしながら往く。
世界中を渡り歩いた愛車だ。外に比べればこんな狭い田舎道を走るのはつまらないかもしれないが自分以外の命を背負っている。背筋を伸ばす。

「ねえ」
ごつん、とヘルメットが平等院の後頭部に当たる。あるいは彼女はわざと当てたのかもしれない。気にはしない。

「なんだ」
「コンビニでアイス買おうよ」
「乗りながら食う気か」
「なわけないでしょ。どっか公園とかでさ。それに今の時期なら花火とかも売ってんじゃないの」
「火は……ああ、貴様が持ってるか」
「持ってないっつの。誰が吸ってるって?」
「アメスピとかだろ」
「吸ってないっつの。チョイスが厳ついな」
小気味のいい会話に二人、笑う。苗字は声を上げて、平等院は喉を鳴らして。

夏の陽は長い。まだ明るい空。花火には早いだろう。陽が落ちるまで、走る。
遠く、このまま彼女を知らない街まで連れていくこともできた。その選択はしなかったけれど。
一度きりの夏に興味はなかったから。欲しいものには執着する質だ。手に入れるのならずっと、死ぬまで手にしていたい。

機体の性能に勿体ないくらい緩めたスピードで、切るというよりは撫でるような風を感じながら夜が来るのを待っていた。

まだ、日は落ちない。


(2022.08.12)