ブラックペパーラブ

※BL夢

「そこでなにをしている」
ロロが鋭い声音でそう問いかけた瞬間、厨房に立っていた名前はびくりと肩を揺らしては素早くホールドアップした。それからおずおずとバツの悪そうな顔でロロの方へ振り向く。ばちりと二人の視線が噛み合った。

それは夕食の時間などとうに過ぎた夜21時前のことだった。寮の厨房に灯りがついていることに気がついたロロが顔を出すと、そこには同級生の名前がいた。思わずロロの眉間に皺がギュッと寄る。それからわざとらしく厨房の時計に目を向けた。

「名前、お前に目がついているのなら時計くらいは読めるのではないか?夕食の時間はとうに過ぎているのだがね」
「あー……フィールドワークに出掛けていたら夕食の時間に待ち合いませんでした、スミマセン……」
本来寮生全員が集まるべき夕食の時間に不在であることも、夜に私用として厨房を利用することも、別に校則で禁止されたことではない。が、褒められたことでもない。

ロロは普段通りにピンと張った背筋のまま厨房に入り、あたりを見渡す。中にいるのは名前一人のようだ。
ちらりと視線を向けた先にあるフライパンの中にはリゾットがあった。それだけならまだしもリゾットの中にはゴロゴロと大量のベーコンが転がり、過剰にかけられたチーズが溶け切らずに米を覆っている。
深夜の強烈なカロリーの香りにロロは思わずハンカチで鼻元を覆った。そんなロロの様子に機嫌を損ねたと思ったのか、名前は縋るような媚びた声を出して両手を合わせた。

「見逃してくれよ〜ロロ。今日昼から食べてないんだ。何も食わねえで寝たらオレ明日の朝には死んじまうよ」
「お前が死んでも私には何の影響もないのだがね」
「そんなこと言うなよ、オレがいないとロロも寂しいだろ?」
「…………何の話だ?」
ロロが半ば本気でそう言うが、名前はジョークだと思ったのかヘラヘラと笑うばかりだった。
名前は棚から取り出した食器にリゾットを盛ると、厨房の中にあるテーブルの上にそれとスプーンを置いた。それから残りが入っているフライパンに調理用の大匙を突っ込んだままテーブルに置く。

「そっちの皿の方、ロロのな」
「……食べたいなどとは一言も言っていないのだが」
「賄賂だよ、賄賂。見られたからには仕方ない。共犯者になってくれ」
「お前の思惑通りにならず残念だが、私はすでに夕食を終えているのだよ」
「クゥーン……」
突き放すと途端にしょぼんと肩を落とす名前に、ロロは眉間に皺を寄せながら小さく溜息をついた。

「……だが、出された食事を口にしないというのもマナー違反だろう。今回だけだと肝に銘じたまえ」
「ロロ」
「なにかね」
「ロロぴ……超絶好きぽよ………」
顎の下に両拳を当て目を瞬かせてはそんなことをのたまう名前をロロは当然無視する。正直なところ、この男を置いて今すぐ寮室に戻りたい気持ちになったが、それをこらえて席に着いた。分けられたリゾットに罪はない。それに少しばかり名前と話したいこともあるのだから。

椅子に腰掛けたロロは温かい皿を前に手を組んで祈りを捧げる。祈りを捧げるような信仰を持たない名前はロロの祈りが終わるのを静かに待った。
沈黙の後、ロロはゆっくりと瞼を開ける。開いた視界の中には自分を穏やかに見つめる名前がいた。

「なにか?」
「いや、相変わらず綺麗だなと思ってな」
「……お前のその軽薄さには本当に頭が痛くなる」
「軽薄じゃないよお!オレ本気だもん!!」
「もう夜だ、大声を出すものではないよ」
「はい」
ロロは匙を手に取ると食事を始めた。柔らかく煮られた米。掬うと糸を引いて伸びるチーズ。その上に適度にかけられた黒胡椒。他人の料理など何が入っているかわからなくて食べられたものではない……とは思わない。名前の料理に限っては。
同輩である名前は1、2年の頃は寮の同室で、個人部屋が与えられる3年でも同じクラス。3年もの付き合いの結果、彼の為人をそれなりに把握しているからだ。

見ての通り、名前は真面目な生徒ではない。制服は着崩すし、夜食は作るし、魔法も勉強もロロのように目立って優秀というわけでもない。けれどいつもヘラヘラしていて、親しみやすく、人懐っこく、交友関係も広い。
料理が得意で休日には友人に昼食をふるまったりしているのを知っているし、魔法植物が好きでそれを学ぶためにノーブルベルへやってきたことも聞いている。とかくその性格から人から好かれる質なのだ。
そんな誰からも好かれるような男が、何故か妙にロロに構ってくる。初めて出会った頃からずっとだ。

……この男とは無闇に付き合いばかりが長くなっている。長くなった果てに妙な関係性まで抱えてしまったというのに。
ロロは名前のマヌケ面を睨んだが、彼にとっては些事だったらしい。気にすることなくこちらに微笑むを向ける。

「ど?ど?うまい?」
リゾットをいくらか口に運んだロロに名前は期待の籠った目でそんなことを問いかけた。わかりやすく「褒められたい!」という顔をしている。
……名前のそういう顔を見るとロロはいつも、わざと素っ気無くして悲しませたいという気持ちと、素直に褒めて喜ばせてやりたいという相反する気持ちを抱いてしまう。
いつも通りの仏頂面のまま、どちらを選ぶか少し迷ったロロは少しの間を置いてから唇を開いた。

「名前」
「うん」
「私はお前に対して、魔法史の成績が上がることも制服の着崩しが改善されることも期待してはいない」
「クゥーン……」
「だがね、お前の魔法植物への知識と料理の腕だけは信頼しているのだよ」
「……えっ、好き。好きです。真面目に一生ラブフォーエバー」
「真面目に気持ち悪いのだが」
素っ気ないロロの言葉にも気にせず嬉しそうにニコニコヘラヘラと笑う名前。それから「今度はロロが好きなもの作らせてくれよな」と言った。

名前のくだらない話をロロが聞き流すような形で二人の時間は続いた。その果てにやがて空になった皿とフライパンを前に名前は「オレ洗い物をするからロロは先に部屋戻りなよ」などとそんなことを言うものだから、ロロは思わず片眉を上げて不快感を示した。

「え、どしたの、その可愛い怒り顔」
「お前のような察しの悪い人間を前にすると腹の底から怒りが湧くのだよ」
「えー!うそうそなになに?なんかしちゃった?ごめんってぇ」
何故怒られているのかわかっていないくせに、オロオロしてはロロの周りのくるくる回ったり顔を覗き込んだりして機嫌を測ろうとする名前に、もうため息しか出なかった。

「……休みとなればお前はフィールドワークへ出るし、私も生徒会の仕事がある」
「そうだね」
「では私たちは一体いつ二人きりで話をするというのだね?」
「え?」
「今日こうして話せたかと思えばお前はすぐ帰らせようとする。お前は恋人を、この私を一人孤独に部屋まで帰らせるつもりなのかね?」
ルームメイト、友人、クラスメイト。
そんな関係性に「恋人」というものまで追加されたのは3年に上がるほんの少し前のことだった。人にそれを吹聴したことはない。人前でそれらしいことをしたこともない。きっと二人の関係を他の誰も知らない。
始まりは当然名前だ。彼があんまりにもロロのことを好きだというものだから、恋愛などくだらないと思いながらも渋々付き合ってやった。……そうだ、とロロは思い直す。

そうだとも、私は名前のことなどちっとも好きなんかではないのだ。けれど名前がどうしてもというから仕方なく付き合ってやっているだけ。名前の方から求めた関係なのだから、お前は私をこの世界の何よりも優先し、愛し、必要としなければならない。

……だというのに、お前は休みの日はいつもフィールドワークを優先するし、すぐ有象無象に好かれるし、料理を誰彼構わずに振る舞うし、ロロの寮室には滅多に尋ねてこないし、愛しいという目で見つめる割に手にさえ触れてこない。
……まったく、一体なんなのだ、お前は!

わかりやすく機嫌を急降下させたロロに、名前は顔を青くしたり赤くしたり手をフラフラさせたりあたりをウロウロしたりした。かと思うと、最終的に顔を真っ赤にしながらロロの前に立った。

「あ、あの、ロロ、ロロさん」
「……なにかね」
「速攻で皿洗うのでお待ちいただけませんか?」
「何故だね?」
「お部屋まで送らせてほしいからです」
「それで他には?」
「あっ、あっ、あの、道中手を繋がせていただいてもよろしいでしょうか?」
「それだけかね?」
「……エ!あっ、就寝時刻までお部屋にお邪魔してもいいですか!?」
「……んっふふ!お前がそこまで懇願するのならば仕方あるまいよ。部屋には私の椅子しかないが構わないかね?」
「大丈夫です!オレ床に座ります!オレ床大好きでェす!」
「汚いな」
そう吐き捨てながらもロロは自分の機嫌が右肩上がりになるのを感じていた。

そうだ、そうだろう。それでいい。お前は私の一挙一動に人形のように振り回されるべきなのだから。

そんなわけで、洗い物を終えた名前とロロはひと気のない廊下を寮へ向かって歩いた。
……のだけれど、緊張した名前がいつまで経ってもロロの手を繋げないものだから、仕方なく煩わしくなったロロのほうから手を握ってやったのはまた別の話である。


(2022.11.09)

イメソン「ペパーミントラブ / ピーナッツくん」