ここは密室


「ぼちぼち引っ越そうと思ってんだよね。どっかいいとこある?」
「チャンプルタウンいいですよ」
「えー、チャンプルタウンって治安悪そう」
「偏見です。住んでますがそんなことありませんよ」
「ええーほんとぉー?」
「はい、本当です。過去にはヤのつく職業の事務所とかありましたが自分がジムリーダーになった頃の大規模摘発でほぼ無くなりましたし、駅近5分トイレバス別の1LDKで4万の部屋とかザラにありますし、酔っ払いが広場で寝てても財布を失くすだけで済みますよ」
「自分の発言に疑問を持たないタイプ?」

アオキと、アオキの同僚である名前の限界残業を迎えた2人の会話だったので色々限界だ。

ろくに話したことのない後輩がやらかした案件の尻拭いのために、夜22時に差し掛かる現在もオフィスでキーボードを叩いていた。その後輩とやらはやらかしたことがまあまあデカくてか、飛んだ。
どちらも関わっていない案件だったのに、似た案件を以前対応したことがあるというだけの理由で呼び出され、明日までにどうにかしてくれと言われてどうにかしようと躍起になっている。
が、モチベーションは当然カス以下。
なんで関係ねえジャリの案件のためにこんな時間まで残業しなきゃなんねえんだよ殺すぞ……という言葉を押し込めて「承知いたしました」と死んだ目で答えた。

アオキにしろ名前にしろ、基本的に仕事にやる気はない。上司からは「言われたことはしっかりできてるから、今度は自分からもっと提案とかしていこうか!」とよく言われるタイプだ。するわけねえだろ、言われたことやってるだけで充分だろうが、うるせえよと内心で思って何も改善しないタイプだ。最悪。

なので当然この残業にもやる気がない。あるわけない。
過去の資料のコピペで全てを終わらせようとしているため、喋る余裕があった。この案件が失敗してもどうでも良かった。自分には関係ないし。

「駅近5分トイレバス別の1LDKで4万の部屋って、限界集落かマジな事故物件か、同じ建物にヤクザの事務所があるかの3択だよ」
「それでいうと3つ目ですね」
「一番最悪」

3分に1回やっているctrl +Sで資料を保存しつつ、作成を進める。
アオキの発言に最悪と言いつつ、名前は笑った。最悪すぎて逆に超面白い。笑う彼女にアオキは過去の資料の日付を今の日付にぽちぽち置換しながら「違うんですよ」と何かを否定した。

「ヤクザの事務所はもう無くなって今は空いてるので大丈夫ですよ。ヤクザの事務所があるという噂を聞きつけて若者とか迷惑系ポケチューバーとかが肝試しに来るくらいで」
「マジ?私ナンジャモちゃん好きなんだけど来てくんないかな」
「ナンジャモさんのこと迷惑系ポケチューバーって思ってるんですか?」
「いや文脈で察してよ。っていうか詳しいね、アオキの家?」
「いえ、世話になってる食堂の従業員さんがその辺りに住んでるらしくて」
「ウケる。アオキんちはなんか無いの、そういう治安カスエピソード」
「毎日朝6時に隣の家に借金取りが来るのでアラームが要らないです」
「あっはっはっはっ!」
「まあ、流石に冗談ですが」
「即座にその冗談が出てくるのがイイよ。マジっぽくて」

散々笑った名前はハァーと溜息ついてから言った。

「ボウルタウンとかに住もうかな……」
「何故ですか、こんなにチャンプルをアピールしてるのに」
「もっかい聞くけど、自分の発言に疑問を持たないタイプ?」
「ボウルタウンは芸術への感性が無い人間が暮らす街じゃ無いですよ」
「なに?悪口?」
「自分に合う場所で生きろっていうじゃないですか」
「だから君はチャンプルに住んでるってこと?」
「悪口ですか?」
「ねえアオキもしかしてもう自分の分担終わってて今適当に仕事してるふりしてない?」
「してません」

していた。終わったと言ったら彼女の作業も手伝わなくてはならなくなるからだ。

「日付くらい一括変換しなよ」
「人の作業見ないでください。そんな暇あるんですか」
「クソ……クソ……!仕方ないじゃん!ここ新規に表作んないといけないとこなんだよ……!」
「では口ではなく手を動かしてください」
「雑音がある方が仕事しやすいからアオキなんか喋ってて」
「雑音……」

雑音扱いされたが仕事を振られるよりはマシだと思い、アオキは仕事をしているふりのためにチマチマやってきた文字の置換を一括で終わらせてから、口を開く。

「えーっと、昨日から口内炎に2個できてて辛いです」
「……」
「……」
「オッケー、続けて」
「ありがとうございます」

このカスみたいな話でもいいんだ……とアオキは思った。
クソつまんねー話をしている自覚はあったが、急になんか話せと言われて面白い話ができるほどの技量は無かった。求められても困る。

「しかし続けてと言われてもあまり話せるようなことはないんですよね。あなたが好きそうな金や暴力やセックスの話の手持ちカードも無くてすみません」
「謝んないでよ。ってか私への偏見が酷すぎる」
「でも好きでしょう?」
「嫌いな人間いないでしょ」
「それこそ人類に対する偏見では?……というか、いいから早く終わらせて帰りませんか」
「いや先帰ってていいよ、アオキは自分の分担終わったんでしょ」

名前がキーボードを打ちながらそう言えば、アオキは黙り込んだ。
事実である。もう22時過ぎで、本来の退勤時間はとっくに過ぎている。自分の分の仕事はもう終わっているもの同然で、今まだオフィスにいる理由なんて無い。たったひとつを除いて。

「……腹が減ったんですよ」
「あん?」
「1人で食う気分じゃないので、早く終わらせてください」

名前は一瞬手を止めて、隣のデスクにいるアオキの顔をまじまじと見つめた。それから時計へ視線を向ける。

「……半までに終わらせるから店探しといて」
「はい、あなたが終わらせるまでの間、知人が昔元カノに刺された時の話をしますね」
「店を探せと言っとるに、なんでちょっと面白そうな話するかな」
「チリさんの話なんですけどね」
「プライバシーもくそもない」
「それ以外だと……」

あなたといる理由が欲しくてこの残業に自分があなたを巻き込んだ……という話をしたら、流石の彼女も怒るだろうか。

「それ以外だと?」
「……いえ、今話すことでもないので」
「それを言ったら全部そうだよ」
「口より手を動かしてもらっていいですか」
「ンギィ!」

多分怒るだろうなあ。
それはそれで見てみたい気もするけれど。


(2023.03.04)