夜は眠れるかい


深夜に小腹が空いて目が覚めた。きゅるると鳴る腹。
サイドテーブルに置いていたスマホで時計を見ると深夜1時前。夜食を食べるには遅い時間だが、一度空腹に気がつくと眠れなくなってしまった。

ふと同じベッドの隣に視線を向ける。一緒に寝ていたはずのアオキがシーツの上にいない。トイレだろうか。そう思いながらも気にせずベッドから降りて、近くにあった上着を羽織ってからキッチンへ向かう。

薄暗い家の廊下を歩く。灯りは窓の外から差し込む微かな光くらいだが、慣れた家だからか何かにぶつかることもなく進んでいける。キッチンに向かう途中にトイレを通ったが、そこに明かりはついていなかった。深夜にトイレに行く時は電気をつけない派なのかもしれない。私もだ。

そんなことを考えながらキッチンに向かうと、そこにはすでに電気がついていた。消し忘れでなければ泥棒かパートナーのどちらかだろう。ダイニングキッチンを覗き込む。

すると、稼働している電子レンジをぼんやりと眺めながらキッチンにぽつんと立っているアオキがいた。
こちらに気がついたアオキが視線を向ける。私とパチリと目が合う。
瞬間、私は人差し指と親指を立てて作った指鉄砲を彼に向けた。

「手を上げろ」
「誤解です」
素直にホールドアップしたアオキは重そうな瞼のままそう言った。
その時、加熱を終えた電子レンジがピーピーと音を鳴らす。アオキはリマインドされないようレンジの扉を開けてからまたホールドアップのポーズに戻った。

「現行犯だよこれは」
「違うんです」
「なにが」
「……小腹が減ったので、夜食でもと思って……」
「じゃあ何も違くないよ。思ってた通りの罪状だよ」
そう返せばアオキはむぅ……と黙り込んだ。営業マンとは思えない口の弱さだ。私は手を下ろすと彼のそばに近づき、レンジから温められた白米の入ったタッパーを取り出す。

「このまま食べるつもりだったの?」
「いえ、焼きおにぎりでも作ろうと思ってました」
その言葉に私は思わずアオキを睨みつける。

「……1人でこっそり?」
「…………疲れて寝てるあなたを起こして深夜のカロリー摂取に付き合わせるほうが迷惑かと思いまして」
「……そう言われるとそうだね」
「無罪ですか」
「執行猶予付きです」
「有罪ではあるんですね」
「オラッ、罪人としての自覚を持てよッ」
「威圧的……」

そんな下らない会話をしつつ、2人して醤油やらみりんやらをキッチンの引き出しから取り出していく。
調味料をレンジで温めた白米に入れて混ぜる。白い米が茶色く変化していき、醤油の匂いが鼻腔をくすぐる。
アオキは私が作業しているのを後ろに立って見つめてきた。肩に顎を置かれたから、頭を揺らしてじゃれるように彼の側頭部に自分の側頭部をゴツゴツとぶつけてみる。そうすれば何故か大きな掌で撫でられた。

「……あなたって猫ポケモンぽいですよね」
「はは、意味わからん。キミはおにぎり握る係ね」
「1番面倒な作業を押し付けてきた……」
「熱いから」
自分を撫でてくる掌を避けて、アオキから離れる。彼が米を握っているその間にフライパンを用意した。

「アオキ、はやく」
「せっかちにも程がありませんか」
「オラッ、きびきび働け罪人ッ」
「威圧的……」

手が大きいからか、アオキが握るおにぎりはサイズが大きくて好きだ。本人に言った事はないし、言うつもりもないが。「う」とか「お」とか、熱そうに声を上げながら握るアオキを眺める。楽しい。大きな四おにぎりを四つ握り終えたアオキがこちらを見つめてくる。

「……あの、握り終わりました」
「ごくろう」
「威圧的……」
ごま油を入れて温めておいたフライパンにアオキが握った大きなおにぎりを入れて、弱火でゆっくりじっくり火をかけていく。何故かアオキに後ろから抱きしめられたので、肘で横腹を打つ。

「ゔっ」
「邪魔。ってか火使ってるから危ない。黙って座って待ってなさい」
「…………」
正論だと思ったのか、アオキも黙り込んだ。そのくせそばを離れないで背後にい続ける。何故か彼の額をうなじに押し付けられるがその行動の意味がわからないので無反応を貫いて放っておいた。
片面に焦げ目がついたあたりでおにぎりを引っくり返す。

「アオキ、皿」
「自分は皿じゃないです……」
「今日からお前の名は皿だよッ」
「横暴……」
「皿、皿を用意して」
「改名された……」
アオキが大人しく皿を用意し始める。いつか2人で選んで買ったシンプルで使い勝手のいい丸皿が作業台に置かれて、それに良い焼き加減になったおにぎりを並べた。

「いただきます」
「いただきます」
ダイニングテーブルで向かい合って、食べ始める。
アオキが握ってくれた夜食にしては大きな焼きおにぎりは四つある。恐らく私に二つ、アオキに二つの半分ずつなのだろうが、一つが大きいから私に二つは多すぎる。

「アオキ、三つ食べていいよ」
「えっ」
「なに」
「いえ、なんでもないです……」
「言って」
「……このおにぎりはあなたには大きいと思ったので、最初から自分が三つ食べる気でいました……」
「…………」
「……むしゃ」

こいつ初めからそのつもりで大きめに握っただろ。
黙り込む私を前に、アオキはこちらを伺いながらも静かに図太く食べ始めた。
……たまになんでこの男と付き合ってるんだろうと思わなくはない。
私も無言のまま箸で焼きおにぎりを切り崩しながら食べる。アオキはよく食う男だが、早食いではないので量を多く食べる分食べ終わりの時間は遅い。つまりは私の方が先に食べ終える。

「ごちそうさま。先戻るけど、片付け頼んでいい?」
「…………」
「なに」
「あの、もう少しここにいて欲しいです……」
「……よかろう」
「威圧的……」
何故かここにいることをねだられたので、椅子に座り続ける。やることもなく暇だったので、食べているアオキを見続けていたら「そんなに見られると食べ辛いです……」ともぐもぐしながら言われた。説得力が無さすぎる。私は息を吐いてから唇を開いた。

「……キミ、よくこうやって夜食食べてんの」
「ごくたまにです。飲み会から帰ってきてから物足りなくてとか、そういう時くらいです」
「今日の晩ご飯足りなかった?」
夕食は来来来軒に行って、それなりにがっつり食べたはずなのに。……まあ、それを言ったら私もなのだが。
テーブルに肘をついて息を吐く。満腹感からか、眠気が舞い戻ってきた。欠伸を開いた口を手で隠してから、目の縁に溜まった生理的な涙を拭う。

「……運動したからじゃないですか」
ぼそりとアオキがそう言った。少しの間を置いてから、その言葉の意味を理解する。明日が休日ということもあって、久しぶりに互いの肌に触れた夜だった。
まだ体に残る情事の時の感覚。私が着ている肌着の下には数多の鬱血跡があり、それは彼がラフに着ているシャツの下も同様だろう。それに脚や腰にはまだあの大きな掌で掴まれた感覚が残っていた。当然、悪い気分ではない。上向きになった気分のまま提案する。

「じゃあ今度からはそうしようか」
「……そう、とは?」
「セックスしたら夜食を一緒に食べるってこと」
「それはその……いいんですか」
「キミが1人でこっそり美味しいものを食べるよりはね」
私がそう返せば、彼はバツの悪そうな顔をした。
我ながらいい案だと思う。セックスして食べて寝る。一気に三大欲求が全て満たされるのはむしろ効率がいいくらいだろう。得意げな顔をして見せれば、何故か微妙な顔をされた。

「なにその顔」
「いえ、なんでもないです……」
「言って」
「……終わった後、あなたいつも動けなくなるじゃないですか……」
「誰のせいで?」
「自分です……」
「それで?」
「すみません……」
「下げる頭の角度が浅くない?」
「威圧的……」
アオキの反応が面白くて足をばたつかせて笑った。
テーブルの下でアオキの脚を、パシパシと足の甲で叩く。
そうすれば何故か「……そういうところが可愛いですよね」と微かに眦を下げて言われた。飼ってるネコチャンを見るような顔だった。
意味がわからんが舐められている気がしたので脛を蹴る。途端に生まれた呻き声に溜飲が下がった。


(2023.03.18)