12月も半ばを過ぎ、世間はすっかりクリスマスムード。一方、センター試験を間近に控えた高校3年生にとっては、まさに追い込みの時期。浮かれている暇はないとばかりに、最近は自習室も満員御礼が続いている。今日も二人が自習室に着いたときには、並んで座れる席はなく、仕方なく内緒で旧校舎の空き教室で勉強することになった。
(クリスマス、かぁ……)
黙々と課題に集中する荒北の横顔をこっそり覗き見ながら、心の中で呟く。
これから大学入試に挑む荒北とは違い、真緒は推薦合格が決まっているため、受験生ではない。彼女として本音を言えば、荒北とクリスマスっぽいことをしてみたい気持ちはある。
でも、荒北にとって今が一番大事な時期だと重々承知しているので、わがままを言うつもりはなかった。
「真緒チャン、24日って暇ァ?」
課題に取り組んでいた荒北が、徐に顔を上げた。
「え……うん」
まるで心の中を見透かされたかのような言葉に、少し口ごもる。
「なら、ちょっと遠出しねぇ?」
行きてぇとこあんだヨ、と荒北が視線を反らしながら頭を掻く。珍しく歯切れが悪い。
「いいけど、どこ行くの?」
平静を装って答えたものの、心臓が煩いほど鳴っている。そんな真緒に気づくことなく、荒北は密かに安堵の溜め息をついた。
真緒が待ち合わせ場所の駅に着くと、既に荒北が改札の前で待っていた。黒いニット帽にダウン、ジーンズと今日の彼は全身真っ黒で、一瞬目を見開く。決して愛想のいい方ではない荒北が両手をポケットに突っ込んで立っているだけで、威圧感が倍増している気がして真緒は苦笑する。普段の制服の色が鮮やかなせいか、何となく黒いイメージがないけれど、案外こっちが普段の荒北なのかもしれない。というのも、つき合い始めてからお互い私服で出かけるのは今日で二度目。しかも、今日はクリスマスイブ。荒北がどういうつもりで誘ったかはさておき、いつも以上に気持ちが舞い上がってしまうのは無理もない。
「ごめん、待った?」
少し小走りに真緒が荒北の元へ駆け寄る。今日の真緒はチェックのプリーツスカートにニット、それにショート丈のダッフルコートをはおっている。昨日、悩みに悩んで決めたコーディネートだ。
「……」
真緒に気づいた荒北が、一瞬目を見開くも続く言葉はない。
「荒北くん……?」
「制服みてぇ」
真緒をまじまじと見つめながら、荒北がぼそっと一言。
「ええっ、変かな?」
身も蓋もない荒北の一言に、真緒は思わず苦笑した。
「ちげぇヨ、その、アレだ。可愛い……って言わせんな、バァカ」
「あ、ありがとう……」
その一回落としてから上げるの反則、と心の中で独りごちながら、耳まで赤くした荒北の手に真緒は黙って指を絡ませた。
「ねぇ、まだ行き先教えてくれないの?」
ずっと気になってるんだけどな、と好奇心たっぷりに尋ねる真緒と並んで電車に揺られながら、荒北が小さく笑う。
「洋南大学」
「え?」
「だから、行き先は洋南大学だヨ」
荒北の言葉に一瞬、真緒が目を瞬かせる。
「ねぇ……もしかして荒北くんの志望校って」
「そ、正解ィ」
「そっかぁ。うん。じゃあ、しっかり見てこないとね!」
なんか私が緊張しちゃう、と嬉しそうに笑う真緒の頭を、バァカ、と荒北が小突いた。
「なんか、広かったね」
「つか、なんでンなバカでけぇんだ、大学って」
「ほんとだね。でも洋南は特に大きい気がする」
「はッ!田舎だから土地だけはあんだろ」
帰りの電車に揺られながら、たわいもないことを話す。ローカル線のせいか、車内には荒北と真緒の二人だけ。ずっと繋ぎっぱなしの手の温もりがこそばゆくて、真緒はつい何度も繋ぎ直したり、指を絡めたりしてしまう。その度に、荒北がちゃんと同じように反応してくれるのが密かに嬉しい。
「でも楽しかった。私まともにキャンパス見学とかしたことなかったから」
「オレも来て良かったヨ。まァ、だいぶ時期外れだったけどな」
「荒北くん、春からは洋南大生になるんだね」
「受かれば、の話だけどォ」
「荒北くんなら受かるよ。でも、ちょっと寂しいな」
東京と静岡、遠いなぁ、と真緒が少し寂しそうに呟いた。遠距離恋愛、という何だかとても仰々しいタイトルが不安とともに頭を過る。
「距離とか関係ねーだろ、バァカ。まァ、その、アレだ。会いに行くし?」
「うん……私も会いに行くし?」
「真似してンじゃねぇヨ」
少し顔を赤くした荒北が真緒のおでこを小突くと同時に、次の駅へ到着を告げるアナウンスが流れる。乗り換えの為に立ち上がろうとした真緒の手を掴み、荒北が引き止めた。
「あれ、次降りるんじゃないの?」
「まァ、ちょっと寄り道してこーぜ?」
まるで最初から決まってたみたいに、荒北がどこか楽しそうに口の端を上げた。
荒北と降りた駅は、全国的に有名な海沿いの温泉街のある駅だった。改札を出ると予想以上に人が多くて、真緒は少し驚く。と同時に、はぐれないように、荒北の手をもう一度ぎゅっと掴んだ。
人の流れに沿って、二人もゆっくりと歩き始める。どうやら、方向的に海岸の方へ向かっているようだ。苦手な人混みの中にいるせいか、荒北はさっきからずっと黙ったままだ。そっとその顔を伺えば、存外に優しい視線とぶつかって、思わず頬が緩む。駅を出たときにはまだ黄昏だった空も、今ではすっかり漆黒に染まっていた。
「―――!」
真緒が荒北くん、と呼びかけようとしたとき、季節外れの轟音と共に、空に大輪の花が咲く。連続で咲いては消える光の花に、真緒は思わず目を奪われたまま立ち止まる。冬の澄んだ空気のせいか、夏よりも鮮やかな光が瞬いては消える様子を、じっと見つめていた。
そんな真緒を荒北が満足そうな顔で見つめていたことに、真緒はまるで気づかなかった。
「きれいだったね」
人の流れでごった返す駅までの道を戻りながら、真緒が満面の笑みとともに荒北を見る。
「私、冬の花火大会なんてはじめてかも。なんか感動しちゃった」
「……ハッ!」
「え?何で笑うの?私、変なこと言ったかな?」
「悪ィ、あんまり予想通りのこと言うからァ、マジで連れてきてよかったって思ったンだヨ」
してやったり、というのがぴったりの顔で、普段よりも上がった口角で荒北がくつくつと喉の奥を鳴らす。
「荒北くん……」
「まァ、クリスマスに花火っつーのも、悪くねぇだろ?」
「ありがとう……なんか最高のクリスマスだね」
忙しいのに、色々考えてくれた荒北の気持ちが嬉しくて。でも、大事な時間を奪ってしまったことが申し訳なくて。二つの相反する感情から、どうしようもなく込み上げてくるものをどうにか堪えて、真緒は笑った。
「遅くなっちまったから、家まで送ンヨ」
朝待ち合わせた駅で電車から降りながら荒北が、真緒に言う。
「じゃあ、うちでお茶飲んでいかない?」
「はァ?さすがにこんな時間に失礼だろ」
「大丈夫。今、うち誰もいないから」
「……真緒チャン、あのさァ」
昨日から夫婦で海外なの、と、とんでもないことを事も無げに言い放つ真緒に思わず荒北の眉がぴくり、と動く。
「ん?」
「ん、じゃねぇ!ンな簡単に男をほいほい家に上げてんじゃねぇヨ、バァカ!」
この先、心配になんだろーが、と荒北が頭をがしがし掻きながら盛大な溜め息をつく。
「心配しなくても、こんなこと荒北くんにしか言わないよ?」
安心して、と少し困ったような顔で真緒が荒北を上目遣いに見上げる。
「……それって期待してもいいわけェ?」
目の前の恋人の見事なまでの天然小悪魔っぷりに心の中で頭を抱えながら、せめてもの仕返しとばかりに、荒北がわざと顔を近づけて覗き込んだ。
「……!」
「ハッ!冗談だヨ、バァカ」
「荒北くん、待って!」
「……あァ?」
一瞬言葉を失って固まる真緒を後目に、スタスタと歩き出した荒北のダウンの裾を、咄嗟に真緒がぎゅっと掴む。
「あのね、その……荒北くんの期待にはこたえられないかもしれないんだけど、もう少しだけ一緒にいたいなって」
俯いたまま真緒が絞り出すように言う。ようやく現状に気づいたらしく、耳まで真っ赤に染まっている。
「真緒チャン、案外ワガママだよネ」
「ごめんなさい」
「オレの部屋に来るゥ?」
本日2度目の盛大な溜め息をついた荒北が、横目でチラリと真緒を見た。
「えっ?だって荒北くん寮でしょ?」
「あー……そこは気にすんな。で、来んの?来ねぇの?」
「い、行く!」
どうすんだ、と言わんばかりに差し出された荒北くんの手に、真緒が勢いよく指を絡めた。
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