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(After Storiesより)



その日、仕事で提携先の病院から戻った名前が屯所に戻ると、何やら門扉の付近に集合している特務隊員たちの姿を見付けた。
雑談を交わしている者もおり、緊急出動という雰囲気でもなく、名前は不思議に思いながら歩みを進める。

「あ、名字先生おかえり」
「ただいま戻りました。皆さん、こんな所でどうしたんですか?」

見慣れた白衣を身に纏う名前の姿に気付いた道明寺が声を掛ける。
挨拶を返し、外に集まっている理由を尋ねると、道明寺の隣にいた秋山が答えた。

「例の集合写真の撮影ですよ。今からは室長と副長、伏見さんと、特務隊のものを」

彼らの撮影は今日だったのかと、名前は先日回ってきた事務連絡を思い出す。
法務局からの指示により、この四月から年度ごとに写真撮影をすることになった。部署ごとにも撮るらしく、名前の撮影は別日に設けられている。

その勇姿が記録として残される特務隊の面々を、名前は柔らかな眼差しで見つめた。
宗像の大義のもと、高潔な意志を持って世界の秩序を護ることに命を賭す彼らを、名前はとても誇りに感じていた。
この写真は公的機関における人員構成に関する情報にもなり、公然の秘密組織であったセプター4がその存在を認められたのだという事実に、嬉しさから表情が綻ぶ。

「あ、道明寺さん。シャツの襟が曲がってます」
「え、どこ?」

ふと、名前は道明寺のシャツの襟元が乱れていることに気付き、声を掛けた。
これから正式な写真を撮影するのだからと、彼女は道明寺の襟元に手を伸ばし、身なりを整えてやる。

その時、屯所から出てきたカメラマンが撮影の準備を始め、それに続くようにして宗像、淡島、伏見が姿を現した。
道明寺の襟を直している名前に、宗像が気付く。

「はい、大丈夫ですよ」
「サンキュー、名字先生」

襟を整え終わった名前に、道明寺が笑みを浮かべて礼を述べる。
すると彼らの元に、宗像が悠然と歩み寄ってきた。

「名字先生、私の襟元も直していただけますか」

名前の対面に位置した宗像が、微笑を向けながら声を掛ける。しかしその襟元は普段と同様に美しく整えられており、わざわざ手を加えて直す必要性は感じられない。
先程襟を直してもらった道明寺もそう思ったらしく、彼は近くにいた加茂に率直な疑問をぶつけた。

「え、室長の襟どこが曲がってんの?」
「道明寺」

そういうことではないのだと、加茂は道明寺を制するような眼差しを向ける。
今や宗像と名前の関係性は、本人たちは特に公にしていないにもかかわらず、大体の隊員が知るところとなっていた。

宗像の襟元に手を伸ばし、軽く整える名前の姿を見て、その場にいた淡島や隊員たちはまるで新婚夫婦のそれだと、温かく見守った。写真撮影という不得手な行事に、不機嫌を露わにしている伏見一人を除いては。

「ああ、もしかして俺が先生に服直してもらったから、室長ヤキモチ?」
「……道明寺、頼むから少し黙ってくれないか」

宗像の行動の意図をようやく察したらしい道明寺が、確認するように加茂へと言う。
悪びれることなく思ったことを口にする道明寺の言葉を宗像に聞かれてはならないと、加茂は声を潜めながら咎めた。

「いつか、二人で写真を撮ってみたいものですね」

宗像の襟元から手を離した名前に、周囲の喧騒を気に留めることなく彼が唐突に同意を求めてきた。
勤務時間中であるにもかかわらず、プライベートを含んだ言葉を口にした宗像に一瞬どきりとしたが、名前は他の隊員たちがいる手前、平静を装いながら「そうですね」と一言返す。

今度二人でどこかへ出掛けたら、一緒に写真を撮ってみようか。
そのような他愛ないことを頭の片隅で考えていた名前に、僅かに上体を屈めた宗像が、彼女の耳元に唇を寄せて小さく囁く。

「……その場合、名前さんには白衣ではなく、純白のドレスを着ていただきたいと考えていますが」

それは、そう遠くない未来を約束するような言葉だった。
当然といえば当然であるが、公私を区別するために、勤務中は今まで通り互いのことを名字と敬称で二人は呼び合っている。
しかし潜められたその声は、明らかにプライベートのものであり、名前は動揺から慌てて宗像と距離を取った。

「な……何ですか、急に……」
「庶務課の吉野君が教えてくれました。白無垢より、ドレスの方がお好きだと」

楽し気に笑う宗像の言葉に、以前、資料室で吉野と昼食を共にした際、テレビで放送されていたブライダル特集を見て、そのような話をしたことを思い出した。
しかし何故、吉野は宗像との交際に気付いていたのかと、名前は首を傾げる。

そういえばあの時は、善条もその場にいた。彼は特集を見ながら、相手を連れてくるのなら、それなりに強い男にしろと名前に言っていた。
その相手が宗像であれば、善条は許してくれるだろうか。というところまで考えて、名前はその思考を止めた。
勤務中に何を想像しているのかと、火照った顔を隠すように自らの頬へと掌を当てる。

「その日が来るのを楽しみにしていますよ、名字先生」

百面相している名前に小さく笑った宗像が、再び勤務時の呼び方に戻す。
それに対し何か言いたげな表情をする名前だったが、彼女は言葉にはせず小さく頷くことで返事とした。

そんな二人の様子を、屯所の門扉に背を預けながら見据えていた伏見は、戯れるなら他所でやってくれと舌打ちをする。
けれど宗像や名前が見せる柔らかく温かな表情を、それほど不快に感じない自分がいることに、彼は気付いていた。

そう思いながら、二人の絆は、この先何があっても解けることはないだろうと考える。
そして空を仰げば、宗像の色である秩序の青と、名前が身に纏う白衣の白が交わり合ったような、どこまでも澄み渡るスカイブルーがそこに広がっていた。



END/あとがき



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