ファルマ
戦争の終結が宣言されたとしてもデルファイの忙しさは変わらない、終わりのない採掘所や近場のディセプティコンから襲われたオートボットなど重軽傷問わずに毎日誰かしらが運ばれる。
番号やカラーをつけてそれぞれを特定の病室に並べる、極力電力を使い過ぎないようにと決まった時間に廊下や必要最低限の電気を消したデルファイはとても薄暗く、暗視モードに切り替えなければ見られないほどだった。
カツン…カツン…と音を立てて歩くファルマは新しい患者達のカルテを片手に赤いマークが記された部屋に入っては、それぞれが死を待つ間近の状態であるのを眺めては一人の患者に手を添える、胸元のスパークに近いその場所に手を置いてゆっくりと彼が開こうとした時
「ファルマ先生?」
ふと振り向いた先には一人の華奢な医療ドロイドが立っていた、患者向けに作られたウーマンタイプのその存在は「どうされましたか?」と声を掛ける為、彼は何も言えずに「いや」と声を声帯モジュールから漏らせば彼女はインプットされた笑顔を使って柔らかく口角を上げた。
「彼らのコグでしたら、もう回収してありますよ、いつもの所に置いています、それ以上なにか必要なことを?」
あぁもしかしてまだスパークが微弱に活動しているから止めさせるべきでしたか?と軽快な口調で話す彼女にファルマは口から態とらしく深い排気音を出して「もういい」と告げて部屋を後にした。
「なにかあれば言ってくださいね」
私は1200時間迄なら無休活動可能です。という彼女にファルマは余計に胸に重しをかけられた気分だった、例えそれが生き抜くためだとしても。
メッサテインは一時期高純度のエンジェックスのある鉱山がみつかったことから奪い合いも兼ねて戦争の最前線にもなった、それ故に負傷者は多数どうしようも無い状況下の中で医療機関デルファイは設立された、しかしながらこの星は殆どDJDの占領地となっていた。
負傷者が増え続ける中でオートボットは優秀な医療者としてファルマをデルファイに従事させることとし、彼は誰よりもこの星で仲間を救っていた、例えどんな犠牲を払っていたとしても。
「人が足りないから寄越せとは言ったが元ディセプティコンの次はなんだ!?ウーマン型の医療ドロイドだと?舐めているのかッ!」
あの怒り方はプロールそっくりだ。とファーストエイドは小さく呟いて新たに配属された新人のウーマン型医療ドロイド(別名ナマエ)の肩に手を添えて施設の話をしてやった。
生憎とデルファイはとても忙しく、人を追加しろと言って来たのが元ディセプティコンのアンブロンであり、それ以外は全て医療ドロイドの追加である、簡単にいえば医者や看護士が足りていない中でロボットを増やされても困るというのがファルマの意見であり、ファーストエイドはそのマスクの下で苦笑した。
「兎に角だ、お前が他のロボットと違うというのなら私の指示に従え、弱音を吐くことは許さない、精々壊れないことを祈ることだ」
分かったな!と声を荒らげて自動ドアをこじ開けるように行ってしまったファルマに対して彼女は「データ以上にストレス値が高いようですね」と呟けば部屋に残された二人のオートボットは仕方がない。と言いつつ仕事を始めた。
彼女が来てから数年の月日が経つ頃、ファルマは多少なりとも彼女を使えるロボットだと認識していた、自分たちトランスフォーマーと違い変形をすることも無ければスパークもない彼女はただの機械でしかない、見た目こそ揃えてきていることでさえ時折無性に腹が立つことも多かった。
「ファルマ、少しよろしいでしょうか」
「なんだ」
「ここ三ヶ月の死者数を数えていましたが…」
「仕方ないだろ、戦争が終結に向かおうとしてるって噂だ、増えるのは自然だ」
二人一組での活動を主とする状態となった今、ファルマと彼女は二人で組むこととなり夜勤の際に彼女はファルマにあるデータを持ち出し相談した、本来死ぬ予定もなかった助かると見込みのあった者たちも時折急激な容態変化により死んでいるということ。
「もういいだろ、話は終わりだ」
「それに彼らはみんなコグをなくしています」
彼女の長い論文を読むような話し方にファルマは手で払いのけようとしたとき、聞こえた言葉に彼は思わず彼女を見つめた、雪の多いメッサテインの空のごとく美しい青いオプティックがきゅるる…と音を立てる。
二人の間には沈黙が流れる頃、彼女は「ファルマ、あなたは動揺してます」と告げると同時にファルマは彼女のタブレットを取り上げて床に叩きつけた。
「お前の仕事は死体をほじくり返すことか?なんて最低なやつなんだ!お前のようなドロイドは検品してもらった方がいいんじゃないのか?」
「で、ですが、あまりにも異常だと思い、ファーストエイド達にも声は掛けました」
「了承したのか?コグがないから調べると」
「いえ、不審な死じゃないのかと」
医療事業者として、そして理想のオートボットとして、彼女はインプットされていたからこその行動だと理解していた、しかしその理想のデータは誰がつくりあげたのかをファルマは理解していた。
――この世界に美しいものなど存在しない
「ファルマ?」
「充電切れだろう、倒れていたぞ」
「申し訳ございません、あぁ倒れる前のデータまで見つからないとは」
「私達以上に稼働しているからな、仕方ない、たまには言われた通り私たちと同じサイクルで休め」
ふと目覚めた彼女は眩い光に当てられておりオプティックカメラは上手く視界を捉えなかったが、直ぐにファルマの顔が見えたことにより自体を理解する。
「今度キミアでメンテナンスしてもらいます」
「必要なら私がしてやる」
キミアまで行かれると人手が足りなくなって困る、それに私でも君のことは見られる。
そう呟いたファルマに彼女は優しく笑みを返し「それならお願いします」といった、それからの日々彼女は普段通りにデルファイで働いた、倒れることも無くただ只管にファルマの傍で看護師のように彼を支え、患者たちの話し相手となっていた。
「死体のコグがないんです」
ある夜、彼女はファルマに言った、まるで抜かれたようであり、彼らは決してモノフォーマーでもないはずだ、そう必死に告げる彼女にファルマはまた彼女がこうなったのかと感じた。
タブレットを片手に必死に語る彼女がふと顔を上げた頃、ファルマは彼女に向けて緊急脱出用の斧を振り被った「ファルマ?」そう呟いた彼女のオプティックはやはりウーマン型らしい丸くて大きなものだった。
脳外科医や精神科医であればましだったのかとしれないと思いつつもファルマは彼女が同じことを告げる度に破壊し、そのデータを削除した、彼女は目覚める度に「申し訳ございません」と告げることに彼は目を見ずに返事をするのみである。
言い訳は沢山使えた、足を滑らせた、患者が暴れて壊された、過酷な労働環境のため機体が追いついていない、彼自身も我ながらよく出てくるものだと感心するほどであり、暗い廊下を歩いて赤い印のついた最重傷者の部屋に入り意識がほとんど無い連中に手をかけようとした時だった。
「ファルマ先生何をしているんですか」
「…様態を見ている」
「先程私が見ましたよ」
あぁ先週壊したばかりなのにまたか。とファルマが入口の彼女に近付き目の前に立った時、彼は彼女を見下ろした、胸の辺りくらいしか無い身長の小さな彼女の手には大きなトランスフォームコグが三つ
「これ以上はここの人達は難しいですけど…あぁチューブ止めますか?」
「なにを、してるんだ」
「お手伝いですよ、コグがいるんですよね?」
ひとりじゃ大変なお仕事ですからね。と告げる彼女はコグをファルマに押し付けて部屋の中に入りまだ僅かにスパークが動いている者に手を掛けようとするためファルマは静止するように声をかけた。
完璧にデータは破壊していた筈なのだから問題は無いと判断していた、トランスフォーマーではない彼女はただの機械である為データの保管は簡単だ、間違えるわけが無いとファルマは理解していたが彼女は「あ〜」と苦い表情をする。
「エラーでしょうか?数日前患者さんに殴られた時にデータの復元が起きました」
彼女よりも遥かに巨大なオートボットは悪夢に取りつかれたように彼女と他の医療ドロイドをめちゃくちゃにする中、ファーストエイドとアンブロンに取り押さえられたのだ、頭が凹む程度ですんだもののそれまでの削除されたデータが突如戻ってきたことにより、彼女はファルマの行為を理解しようと行動に移した。
医療ドロイドである彼女はプロールの指示で作成され、模範的なオートボットを基礎ベースにして作り上げられていた、しかし重なったバグは彼女に特別な感情回路を与え進化させたのである。
「お陰様で様々なデータにアクセすることが出来ました」
暗い部屋の中に小さく投影したグラフはここ数ヶ月の死者数、そしてその後に投影した見たくもない男の写真にファルマの匿名通話履歴やアクセス内容
「これらをみて貴方はDJDとの取引をされていると知りました」
「上にいうのか、ここは閉鎖される、こんな場所で医療機関をやるっていうのは」
「貴方はとても優秀な判断をされています、きっと他の方も同じことをする」
ただみんな心を押し殺せないからしないだけ。
汚い仕事を出来るのは覚悟がある者だけ。
そう響いた彼女の声にファルマは手の中のコグを見つめた、抜き取られたばかりのコグはエンジェックスを付着させていたことに何も口に出来ずにいれば「まだ先生のように上手くは出来ませんでしたがちゃんと稼働はしますよ」と笑う。
まるで地獄に落ちるなら共にと言わんばかりの行動はファルマの心に僅かな光を与えた、それが例え希望ではないにしても。
そうして時間を重ね、戦争が終結して尚もDJD…もといターンからの依頼は量を増していく、死体から取り上げていたコグをまかないきれず次第にファルマが悩む頃、彼女は自らの意思で生者からコグを取り上げ殺害し、それをファルマに手渡すようになった。
「何も聞かないでください」
ファルマは自身に覚悟はないと思っていた、仲間もこの場所も守りたいと願いながらも彼はプレッシャーに押しつぶされて消えてしまいたいと何度も願う、人のいない夜勤のメインステーションで彼女と二人の時、ファルマはただ彼女の手を繋いで簡易充電を行った。
愛や恋という枠組みを理解できずともただ、共犯者がいるということは彼の些細だと感じられた、間に合わない納品個数に対してファルマが悩んでいた頃、彼女はふと声を掛けとあるものを差し出した
「もしどうしてもダメだと感じましたらコレをばら撒きましょう」
赤い液体にファルマはそれが何かを理解した、レッドルストであった、致死率100%ともいえるそれを差し出した彼女はもうここが限界だと理解していた、彼女は医療ドロイドとしてあまりにも優秀であった、そうした原因がファルマにあったとしても彼は自分は関係ないと感じられるほど評価していた。
「ばら撒いたら全員が犠牲だ」
「ここは死人しかいない、パンデミックが起きたら上層部は無視できないので封鎖になるでしょう」
「それでも」
「手段ですよ、どうしてもダメだと感じた時」
ワクチンのレシピは送っていますから。と告げる彼女は自身の死期を悟っていたのかとファルマは感じた。
ある日、患者の一人が暴れた、それはいつもの事のはずだったが彼女は原型もなく破壊されており、ファルマが駆けつける頃にはただのパーツに変わっていた、警備用ドロイドと他の二人が押え付ける中ファルマは床に転がる彼女を見つめた時、初めて彼女のオプティックパーツが自分に似た色をしていると知る。
『先生のオプティックはとても綺麗ですね』
『世辞を話すようにプログラミングを増やしたのか?無駄なことをするな』
『本音です、私も同じ色がいいです、この惑星の空のような色』
『年中雪が降ってて薄暗いじゃないか』
『雲の先にはとても綺麗な色があります、一度見ました』
休憩時間に新しい論文を読んでいたファルマに珍しく口数多く話しかけてくる彼女に彼は呆れたような排気音を零して、何が言いたいんだかと苦い表情を見せる、無駄話は嫌いだった。
彼女は生命体のように足をぶらぶらとさせて照れ臭そうな作られた表情を見せる、そう…全て彼女は作られた存在でしかないのだ、コンストラクテッド・コールドとは違う、トランスフォーマーでもない彼女にはスパークもコグもない。
『空が好きなのか』
ファルマは問いかけた、彼女はファルマの返答に意外そうな表情を作ったがその後すぐに「いつか自らの手で飛んでみたいです」と返事をした。
ジェット機になれる彼にとって確かに空は心地よいものだった、医者でなければきっと航空部隊に所属していたのかもしれないと思う程には嫌いじゃないからだ。
「かえ、た…ん、です、きれい、でしょ?」
ふと聞こえた声にファルマは彼女の潰れた頭部パーツをみれば、声帯モジュールから音を出していた。
「せんせ、の、きれ、い、だ、から」
表情はなかった、彼女はもう元の見た目では無いのだ、ファルマは近くのパーツから彼女のメインチップを探した、ゴミのような機械の残骸の中でとても小さなマイクロチップだが、それさえあれば彼女は見た目は異なって戻る、そのチップさえと思えば彼女はチップは破損しておりもうあと数分で機能停止する。と告げた
「ごあん、しんを、あたら…しい、わたしは」
「用意されたとしてもお前じゃないんだろう」
「わ、たし、でしょ」
「違う、お前はお前だ、このオプティックの色も、私と過したのも、お前なんだ」
医療ドロイドとして新しく用意された者は彼女と同じ見た目の別物、それこそロボットでしかないのだとファルマは必死に彼女の手を探した、ぐしゃぐしゃに踏み潰されたそのパーツを手に取って破片を手繰り寄せるファルマは声を漏らす。
「ナマエ」
初めて呼んだ名前に対して彼女の返事はなかった。
聴音センサーに響く程の鋭い風と雪の音を感じ、全身に受けながら待ち合わせ場所に到着しては目の前の男に「依頼されたものだ」と言って差し出した。
「ご苦労ドクターファルマ、君の腕は本当に素晴らしい」
「無駄話は結構だ」
「次はこれの倍の量を、遅れたら分かっているだろう」
「あぁ」
最も嫌悪する形のマスクを被った男を見送ってファルマはその背中に対して「問題が起きなければな」と呟いた。
一人残された彼は吹雪の中で小さなドロイドを見たような気がした、美しい青い空のような色をした瞳のその存在は微笑みかけているようで、ファルマは手の中の小さな試験管を眺める、赤錆色の液体は小さく揺れていた、その鈍色はまるで彼のスパークの色のようだった。
戦争が終わったからといってこの世に平穏など訪れるわけが無いのだとファルマは考えつつも吹雪の中で笑った、その声に呼応するように吹雪はゆっくりと止んでいけばあまりにも美しい晴れた空が広がるのをみてファルマは呟いた。
「……クソ」
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