ユキ


 

ある朝目覚めたナマエは女になっていた。

ちょうど任務として派遣されていたナマエは個室の兵舎で目覚めると同時に身体に違和感を感じた。どこか普段よりも軽い身体、目覚めと共に目を擦っては目に入った手は普段よりも白く細く柔らかそうだ、そして何よりも上半身を起こした彼のタンクトップから見える大き膨らみと深い谷間。
ナマエは思わず自分で胸元に手を添えてみたところ自分に付随してあるパーツだと感じつつ「なんだぁ?」と漏らした声は普段よりも高いことの口元を覆う。
そしてベッドから起き上がって、普段寝る時の下半身は下着だけであるかれはその黒いシンプルな無地のボクサーパンツを見ては顔を青ざめさせて思わず声を上げたのだった。

「こりゃあ完全に女だな」
「本当か?」
「マジだ……」
「なんでそんなにヒロがビビってんだよ」

そうして目覚めた途端に女となっていたナマエは隣の部屋のヒロが駆けつけると同時に冷静に同じ任務に派遣されたドクの診断のもと正式に女であると告げられた。ベッドで簡単な検診を受けるナマエをみながら、ドクの後ろで神妙な面持ちで唾を飲みながら返事をしたヒロに対して、あっけらかんとした態度をするナマエはどこか軽い様子だった。
立ち上がったナマエは男性であるときの身体的な特徴が反映されていたおかげが、身長は平均よりも低くヒロの胸くらいの高さしかない。ベリーショートヘアだけをみればまだ少年ともいえるのかも知れなかったが、ナマエの胸囲は明らかに発達していた。
もとより男である頃から鍛え上がって、身長と比べて重たい体をしていた彼のそれが女性へと変換されたのだろうが、タンクトップだけではこの男所帯では目に毒だと感じるヒロは兎に角服を着るようにと告げたものの、その女性特有の凹凸が隠されることはない。

「兎に角なったことはいいが原因だけは調べなきゃな、昨日とかでいい、思い当たることはあるか?」

ドクが冷静に見えてしまうのはあくまでもナマエを患者として扱っているからだろう。ナマエとヒロは互いに昨日のことを真剣に考えた。
その中でナマエは「あっ…」と何か覚えがあったように声を出したかと思えば、昨日の爆発物処理の時の煙のせいではないかと呟いたことに、ヒロもすぐに同じチームとして過ごしていたことを思い出す。

──普段通りに任務をしている中で現れた爆発物に似た、罠のような何かを対処したのはナマエだった。しかし開始途中、突如として煙が噴射され慌てて作業を停止したものの催涙でも、睡眠でもなく、ただの目眩し用の脅しのスモークだったのかと安心したのだ──

考えられる不審な点はそれしかないだろうと思いつつ報告をすればドクは少し考えたあと「そういえば今回追いかけてる組織のヤツら、裏に人体のホルモンバランスとかの研究もしてる施設と繋がってたとかいってたな…」と恐ろしい話をされる。ともなればドクの見解ではその研究の一部のガスを浴びてしまった可能性があるということ。しかし現在表の世界でも、裏の世界でも、性別を完全に変えることができた。という報告は聞いたことは無いため仮にこれがそれだとしてもまだ試作段階の可能性がある為、時間経過で戻る可能性があると告げた。
憶測でしかないものの、それ以上はどうしようもないというドクに諦めてはため息をこぼしたナマエも仕方ない。と納得して、兎に角今日は一日基地内の任務に徹することになるのだから問題もないだろうと三人は言い聞かせ、ドクは先に念の為に昨日の件とナマエのことの報告と確認をしておくと告げて部屋を後にする。

残されたヒロは仕方がないと思いつつ自分の用意もあるからと部屋を後にしようとすると名前を呼ばれて振り向くと、そこには申し訳なさそうな顔をしたナマエが彼を上目遣いで見つめていた。

「一番に駆けつけてくれてありがとうな、こんな状況ビビっちまったけど、今日も頼む」
「……あぁ」
「なぁ因みに俺って結構胸デカくないか?ちょっと触ってみるか?」
「いらん、早く用意しろ」

自分の肉体とはいえ女体に対する魅力を感じるのかテンションの高いナマエは自分の大きな胸を下から持ち上げて見せつけるとヒロは呆れた様子ですぐに告げては部屋を後にして隣の自室に戻ってくるなりヒロは深いため息をついた。
それはそれは深いため息だ。
なんせ仕方がない、ヒロは冷静さを装っているが、その実酷く焦っていた、何故なら……

ナマエがヒロの好みの女性のど真ん中に当たっていたからだ。

そうしてヒロの受難が幕を開けることとなった……。

女になったからと言って隠すことでもないとユキは正々堂々とした態度で朝から普段のようにみんなの前に姿を表した。
男しかいない基地の中で珍しい日本人の女がいることに驚く連中に昨日の原因で女になったが一時的なものだからと笑うナマエは無邪気で普段の姿とは変わらない態度と距離感だった。
しかし、それがいけない…まさにナマエは今、狼の巣の中にいる一匹の子羊であるというのに彼自身は何も気付かずに自分の胸に視線を向ける仲間に対して「デカいだろ」と言って笑うのだ、自分が男だったらそうなる。と理解するが距離の近さとその身体は男たちを簡単に崩す猛毒だ。
ヒロは"オニ"としてあくまでも隊長や仕事に関わる人間としてのことしか言えず、あまり踏み込んだことを注意するのは躊躇ってしまう。それナマエが見た目だけが女で、中身は何も変わらないからだ。

「にしてもあいつら全員馬鹿だよな、俺だっていってんのに…まぁわからなくないけど」

ケタケタと楽しそうに笑うナマエは顔は普通だ。特別整っているだとか美人だとか、そういったものはない。それがまた男を狂わすものだとヒロは知っている。そうした普通の顔だからこそ手が届きやすいと感じてしまう上に、男の頃は常に眉間に皺を寄せるようにしていた為、鋭かった目つきは女になってからは不慣れなせいか眉間に皺が寄らずに柔らかい印象を受ける。
ぷっくりとした唇や、男と違う肌質、見た目は完全な女性でありながらも距離感も話す内容も男と同じで、まさに男からしてみれば理想の女友達に近いほどで、昼食の際に普段よりも人に囲まれたナマエが遊びで「胸触ってもいいぜ」などと言っていた際には流石のヒロも「品がないぞ」と窘めてしまう。

ナマエはもとより男性社会という枠組みに執着していた部分もある。本来はそれを得意としないというのに男性社会の中で生きてきたナマエは"そういう冗談"というのをつい口にしてしまいがちになる。
特に男であった時には、そんなことは無かったが自分の今の状況が面白おかしいと思うのか尚のこと、そのような冗談を言うのだ。
それがますますヒロを不安にさせる。

今日一日、ヒロもユキも基地内の仕事だったが、ずっとそばに居る訳じゃなかった。それ故に狭い基地の中ではまっぱら女になったナマエの話ばかりが飛び交って、驚きの話、身体的特徴の話、女のナマエがイけるイケないの話。そういった話を聞くと、ヒロは公言していないため仕方がないが自分の恋人への言葉であることに苛立ちを感じた。

「さっき保管庫のとこにナマエがいて、あいつ小さいから手伝ってやったけどまじ可愛いんだよ」
「普段と違うから転けかけたの助けたけど柔らかかったし、やっぱ女だからかいい匂いしたんだよなぁ」

昨日の件を確認することもあって調べていたヒロだったが背後で聞こえてくる声に溜息が溢れそうになる。元からナマエは警戒心が少し掛けている。だからこそ他人が彼の世話を焼きたくなる気持ちがあるが、性別ひとつが変わるとそこには下心ばかりが含まれていく。
話を聞いていられないと思いその場を出ていき、ナマエにそろそろ苦言のひとつでも言いたいと思う気持ちを感じて歩いたものの見つからず、近くの者にナマエの居場所を聞けば仲間と近接格闘訓練をしているが随分盛り上がっていた様子だといわれ、ヒロは嫌な予感なしつつも室内の訓練所に足を運んだ。

主にボクシングや近接格闘のための小さなその場所は、普段ならばそこまで人がいないはずだが珍しく人だかりができていた。中心には小柄な女性であるナマエと男がいるが、ナマエは男の時と変わらないテクニックで攻めるような関節技などを相手に決めている姿にヒロは思わず微笑ましくなってしまう。ナマエはどんな姿になっても自分の持ちうる能力を理解し、それを全力で出せる人間なのだと感じた。
負けた相手は仲間たちの元に戻ってくるがヘラヘラと笑っていた。
それは負けたからではなく、完全にナマエという"女"を味わったような言葉だった。

「いてて…相変わらず強いけど、今日のあいつ下着つけてないから直に当たるんだよな」
「わかる、俺もさっきそれで勃ちそうだった」
「やばいよな」

その言葉にヒロは何事かと思っていたが全員の視線や姿を見ては理解する。ナマエは関節技などで相手を負かしているがその相手は全員どこかニヤニヤとした顔で交代する。そして小さな声でナマエのことを話す。それはナマエだけが気付いていない性的な視線と内容であった。
男であるナマエは、男から男に向けられる視線というものには敏感だった、何故なら嫌悪感が来るからだ。だがしかし男から女…しかも自分に向けられる視線には鈍感だった、何故なら彼はそうした男性社会の犠牲者のようなもので、男が女を見る視線を"仕方ない"と感じているからであり、自分に向けられる視線など分かってもいないのだ。
ナマエ自身は女性に不快な思いや視線を向けはしないが周りの人間をみていればそれが普通なのかもしれないと思うのだろう。

「ナマエ!ドクが呼んでるから来い」

だがそれとは別の感情がヒロの中に沸き上がり、怒気を含んだ声で呼ぶと慌てて顔を上げたナマエが小走りでヒロの元に現れる。小さな顔を真っ赤にさせて肩で息をするナマエはきっといい訓練ができていると思っている。そんな彼の手を掴んで急ぎ足で宿舎へ向かいナマエの部屋に入ると狭い部屋の中を見渡すナマエは警戒心がなかった。

「ドクここに来るのか?」
「来ない」
「じゃあなんで呼んだんだよ」

何も分からないようなナマエにヒロは思わず近くのベッドに押し倒しては上に跨っては苛立ったような顔をする。

「…お前が無防備だからだ!
「は?………ッッ!?」

理解できないまま、訓練のために軽装であるナマエのシャツの上から胸を掴んだヒロは下着もつけていない豊満なナマエの胸の形を変える。身長と見合わないような大きな胸は彼の手のひらからも溢れそうだった。全体的に鍛えていることもあり細すぎない健康的な肉体だと感じつつ手のひら全体で触れる。

「男しかいない場所で、あんな風にして、 他の奴らのことが気にならないのか」
「あいつらがお前のことをなんていってるのか、どんな目で見てるか、分かってないんだろう」
「俺が……どんな不安と、欲望で、お前を見るか…」

ヒロはいつだってどんな時でも冷静だ。反対にナマエは感情的になりやすいところもある。しかし今のヒロは様々な不安と混乱を抱えたが故に冷静さを失っていた。
ナマエのシャツを捲りあげると男とは違いくびれた身体の曲線美がみえて、男と違う女の胸が晒される。大きく形がよい魅力的なそれにヒロの欲望は溢れてしまう。
まるで沸騰したお湯のように湧き上がる感情と欲望。

「こんな身体で現れてあんな距離感でいたら、きっと今日中には輪姦されてるかもしれない」
「お前はそういう恐怖心や警戒心が足りない」
「男のお前の方がずっと…」

まともでマシだ。と言いたかったがヒロは言葉を噤んだ。
それはナマエが泣いていたからだ。顔を背けて必死に言葉を受け止めながらも無抵抗のナマエに思わず冷静さが戻ってきて、静かに手を離して見下ろす。

「す、すまん」

素直にナマエから離れて謝ってしまうのは男以上に女の涙に弱いからだ。
しかも、それが大切な相手であるなら尚のことで、ヒロは自分が今何をしたのか冷静に考えては今すぐ腹を切りたい気持ちになってしまう。
血の気が引いて、申し訳なさとな重なって静かにポロポロと涙を流すナマエにどう声を掛ければいいのかと思う間に上半身を起こしたナマエが目元を拭う。

「ヒロの気持ちはわかるけど……別に俺だって警戒心が無いわけじゃ、なかった…」
「女になったからっていって、あいつらの前で何事も出来ないふりをしてたらバカにされる…役立たずで"女だもんな"っていわれるのは、もっと嫌だ…」

ナマエは朝から自分の身体の変化を嫌という程感じた。普段背負っている装備に身体が耐えきれないこと、手の大きさも大きく違わないと思うのに普段と感覚が違うこと、身長がさらに縮んで生活自体が大変なこと、ありとあらゆる変化が彼を今日一日苦しめていた。

「女だから…ってそう思われて、軽く見られるなら下手な目を向けられても"やっぱりいつものナマエだ"って俺は思われたい」

その言葉の数々は普段のナマエと何も変わらない。
いつだって自分の恐怖を隠して生きている彼だった。
身体の変化のせいで見られる視線は気持ち悪さしかないものの、女であるなら仕方ないと飲み込めばどうにでもなった。しかしそれ以上に"女として扱われる"ということが彼のプライドを傷付けるのだと理解したヒロは自分がとんでもない誤ちをしたと理解する。

「お前の気持ちを理解出来ず、本当にすまない…俺はお前のことを"女"としてみてたようだ」
「いや、わかるよ…ヒロは俺のことを女じゃなくて、そういう相手だからって意味でだろ」

未だに明確な関係を口にできないナマエの"そういう相手"というのは恋人という意味だ。それを指摘されるとヒロはますますバツが悪そうに、人前での態度も重ねて申し訳なさを感じるがナマエも少し悩んだような、少し照れくさそうな顔をした。

「さっきの格闘訓練で、それなりに、この身体でも問題ないって分かったから、万が一があったら、やり返せるって見極めてたんだ、あいつら本当バカばっかだから、俺の身体のことばっかだったけど…」

どうしようもないけどまぁ仕方ないよな。と語るナマエが何も考えずにしていた訳では無いのだと知るとますますヒロは申し訳なさに背中に石でも積まれたように背中を丸くしてしまう。
気付けばベッドに腰掛けるナマエと、床に膝をついて正座するヒロという構図となっており。ナマエは真剣に自分を想ってくれる彼に対しては怒りなど抱いてはいなかった。

「とはいえ、俺がしたことは最低だ、お前を泣かせた」

性別を問わずに愛する人を傷つけることなど以ての外だと自負するヒロは苦悶の表情を浮かべるが、ナマエはホルモンバランスによる肉体変化の可能性をドクから伝えられていたこともあり、感情の制御が普段よりできないことを告げて、泣いてしまったことは気にしなくていいといったがヒロは納得出来ずにやはり切腹せんとばかりの勢いを持っていた。
しかしそんな彼に対してナマエは少し申し訳なさを感じたあと自分の想いを告げた。

「抵抗出来るならしたさ、でもヒロだからいいって思った。女の俺でも触れたいって思ってくれたのは嬉しいし、抱きたいって思うなら…まぁ、うん…」
「それは」
「だから別にお前に胸触られても嫌じゃなかったって、ほら!!」

そういって俯くヒロの手を取っては自分の胸に押し付けるとナマエの顔は真っ赤であるが、それは普段の彼と変わらない顔だった。恋人に触れられて照れるようなかわいい表情。
手のひらに広がる温もりと柔らかさにヒロは先程とは打って変わって照れくささを感じては「ナマエ…その…やめ…」と普段とは違う小さい声で反応を示すが彼は両手を取って自分の胸にヒロの手を触れさせた。
柔らかくてずっしりと重たい女性の肉体。
真っ赤な顔をした好みでしかない自分の恋人。

「…お前なら、何されたって…俺はいいって、言ってきただろ?」

その言葉にヒロは敗北を感じてはやはり触れることを止める方に判断した。思ったこととは違ったと思い呆気を取られるナマエだったが、ヒロはナマエを強く抱き締めては二人でベッドに倒れ込んでしまう。
いつもとは違うがやはりそれはナマエだと感じるヒロは深く深呼吸する。

「それなら尚のことだ、俺はお前を大切にしたいからな」

ヒロの言葉にやはり彼は彼なのだと理解してナマエの胸が暖かくなる。
冗談気味に別にいいのに。と伝えるナマエに対して頼むから煽るのをやめて欲しいと伝えるとヒロはあと数時間は仕事が残っていたがナマエの管理を名目に仕事をサボることを決意し、ナマエもまだ残った仕事があるがまぁいいか…と納得してはヒロに自ら小さくキスをしてやると、珍しい彼の行動にヒロは目を丸くした。

「抱かれなくて安心した。抱かれてたら良すぎて男に戻れなくなるかもだし」

ナマエの冗談か本気か分からない言葉にヒロは何も言えずにナマエの柔らかい胸に顔を埋めては勝てないと感じるのだった……。

翌朝、無事に男へと戻ったナマエはヒロと二人で基地の外の任務に駆り出されており、ナマエが車の運転をしていた頃、ふと昨日ことで気になっていたことを問いかける。

「そういや、女の俺ってどうだった?素直に教えてくれよ」

ヒロの好みはそもそも知らないが美人?クール?かわいい?と珍しく楽しそうに質問をするナマエはヒロが普段女性と接している姿も見ないせいで興味深ったのだろう。
少し黙り込んだヒロにやはり答えたくない質問だったか?と内心女だった自分の容姿を思い出すと可もなく不可もなく…いや、一般的にはベリーショートよ低身長巨乳なんて…と色々と考える頃、静かな声が届いた。

「胸は興味ないが……正直、有り得ないくらいタイプだった」

重々しい声で伝えるヒロにそれはもう真実なのだろう。と感じたナマエは妙な照れくささを覚えつつも少し間を開けてはゲタゲタと大きな声で笑い声をあげた、あの渡辺広ともあろう男の好みがね。と感じると隣から訂正の声がかかる。

「もちろん顔で選んだつもりはないが、男のお前も好みのタイプだ」

つまりナマエが好きだ。と真顔で語るヒロにナマエは気恥しさに耳を赤くしてぼーっとしてしまうと対向車にクラクションを強く鳴らされてしまう。
好みのタイプか…そうか…と噛み締めるナマエに僅かに口角を上げるヒロだったが、後部座席に座っていたドクは「頼むから他所でやれ」というのだが、二人はしばらく互いの胸で相手を強く思いつつ、どんな姿でもきっと彼が彼であるなら愛するだろう。と感じるのだった。

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