てすら
「信じられない、ありえない、こんな事があるなんて、絶対許さない」
ブツブツと呟く一人の女、背を丸めてその身を縮めているものの、カウンターの中でドリンクを忙しなく作っているバーテンダーに早くドリンクを運んでくると急かされると彼女は屈辱的な表情を浮かべつつ、不慣れな足取りで赤いカーペットを踏みながら歩いた。
ここは少し特殊なラスベガスのカジノ──かつて特異点となった特殊なその場所は今やルルハワ同様、カルデアの少しの息抜き場所となっていた。
そしてカルデアのスタッフであり、サーヴァントの記録係を務めているナマエは現在、バニーガールとしてそのカジノで働かされていた。
「これもそれも全部博士のせいなのにッッ!」
そう叫んでも彼女の嘆きは意味もなく、騒がしいカジノの喧騒に飲まれていくのだった。
それは数時間前。
たまにはマスターもサーヴァントもスタッフも関係なく、息抜きをするのはどうかという提案を所長たちから受けたことから発展した。忙しいカルデアだが、それでも多少の息抜きは重要で、解決してある微笑特異点であり、ルルハワのような場所ならレイシフトも含めて問題ないという話になった。
いくつかの候補を出した末に選ばれたのが今回、水着剣豪七色勝負の舞台となったラスベガスの特異点であった。
もちろん、カジノ以外にも実在の現代であるラスベガスと同じ作りとなったこの場所においては、他にといくつかの遊びがあり、ナマエもたまの息抜きとして来ては個人的なマスターとサーヴァントという関係にまでなってしまったニコラ・テスラと共に日中を楽しく過ごした。
「そういえばラスベガスといえばカジノですよね、博士は行ったことありますか?」
「カジノ自体は私の時代はまだ主流ではなかったが、小さな賭場で嗜む程度なら幾度かは」
「そうだ、博士って頭がいいし、きっとそういうの得意でしょ?ちょっとだけ遊びに行きましょうよ、この特異点のカジノはいっぱいありますし、博士もたまには羽目を外しましょう!」
日中は買い物や観光を楽しんでいた彼女はあまり来れないのだからたまにはと言って、人生で経験した事の無いカジノへと強引にテスラの手を引いた。
そしてたどり着いたのはカジノ・キャメロット、かのルーラー獅子王がオーナーを務めるカジノであり、このラスベガス特異点の中でも頂点ともいえる場所である。既に見慣れたサーヴァントやスタッフ、そして数多の客が来ており、流石キャメロット……と彼女とテスラは感心した。
「それにしても博士、なんだかその白スーツはちょっとマフィアじみてませんか?」
「何を言う、その場にふさわしい格好をしているではないか。この美しいかの白鳩のような真っ白なこのスーツ、アシンメトリーなこのカッティングに、帯電しているかのようなこのネクタイ…「あぁもう分かりましたよ、素敵ですね」…君も素敵だ」
よく似合ってる。とテスラは彼女の褒め言葉に同じように返す。それは心からの言葉であることは、彼に助手と任命されて勝手にマスターやらなんやらと色々な位置に置かれた彼女にはわかっている事だった。
恥ずかしそうにしつつも、ここに来る為にと買った純白のドレスはテスラに合わせたものであるため、素直に嬉しいと思ってしまうのもつかの間。テスラは大きな手で彼女の肩を抱くなり「さぁ我らの交流電流を見せてやろう!」と声高々に宣言しては足を進めるため、彼女は呆れつつも初めてのカジノの世界へと足を進めた……のはよかった。
「どういう事ですか博士」
「おかしい、私の計算上、いや理論上はあの回転率と起動からして必ず黒の三十三に入るはずだったんだ」
「さっきもそう言って外してましたよね?というかルーレットだけじゃないでしょ」
バカラも、ポーカーも、ブラックジャックも、ルーレットも、全てテスラは負けが多かったのである。
その割には賭け事をしたがり、彼女が初めに用意していたチップもマイナスになっているのだが、テスラは今度こそ違う。と何度目かの言葉を吐いたが負けたのである。
初めこそ彼の隣で見守ってハラハラドキドキしていたナマエも流石に…となっては、周囲を見渡し、そして自分がサーヴァントの記録係であることを思い出し、テスラを客観的にみては理解した。
ニコラ・テスラは幸運値が高くないのである。
幸運値というのはその名の通り、サーヴァントの幸運度合いであるが、ニコラ・テスラは生前のこともあり、残念ながら下から二番目のDランクである。つまり、彼はあまり運がないということだ。
不運というほどでは無いが、普通の人より少しだけツキがない。その割には熱っぽくなりやすいのだが、そんな時、彼女とテスラの隣の椅子が引かれて、座ってきたのは紺色に赤いネクタイを締めた大男、否、獅子頭の天才発明家トーマス・エジソンである。
「なんだテスラ、君はまた負けてるのかね、ん?」
「なに?私が負けてる……?かのナイアガラの滝での発電所の設置に大勝利を収めたこの私に?」
「過去を持ち出すのはよくない。だがしかし事実負けてるだろう?まぁ仕方あるまい、交流などという甘い考えの貴様ではギャンブルなど……あっ、そういえば学費をギャンブルに当てた癖に負けたことがあったんだったか?」
なんだと、この直流!
本当のことだろ、この交流!
ナマエはどうしてこんなに水と油なのに付かず離れずになるんだかと呆れつつもテスラのスーツの裾を摘んで「ねぇ博士もう終わりましょう!」といったのだ。普段なら彼も冷静であるはずで、しっかりと引いてくれると思っていたが、突如としてカジノ・キャメロットの明かりが落ちると同時に眩いミラーボールが周り初めて、派手な音楽が流れる。
そしてアナウンスが流れた【ビッグチャンスタイム】という一言により始まったそれは各テーブルゲームにおいて、勝てば大当たり、負ければ無一文という形。ナマエはそんな危険なゲームに参加できるかと慌てふためくが、二人の天才は顔を見合せては笑った。
そしてあろうことかテスラはエジソンに並ぶために同等のチップを借りた。
大切な助手を担保にかけて。
彼女もそれには気付かなかった。
何せ火がついた彼らを相手するのにも飽きて席から立って近くでカクテルを貰って帰ってきて、テスラの後ろから見慣れないチップと賭けられたそれと、完全敗北を決めたテスラとエジソンの二人を見て怒り散らしたかと思えば、突如黒服が現れては「ナマエ・アヴニールさんですか?」といわれ「はい」と素直に返事をした。
見せられたのは借用書。ニコラ・テスラが先程のビッグチャンスタイムの為に、エジソンと張り合うために借りたチップの支払いを求められたのだが、彼女は財布を開いてもその金額など持ち合わせてない。チラリと椅子に座る彼らを見たが負けた男達は当然払えるわけもない。
そして彼女は払えないことを告げるとオーナーであるルーラー獅子王が現れた。
彼女はカルデアスタッフの一人であり、真面目で苦労人のナマエをみては「借りたものは返してもらわなければなりません」と丁寧に優しく告げた。しかしないものは無いのだというと、少し考えたあと「では身体で返してもらいましょう」と美しい笑みを浮かべると同時に彼女は近くにいたバニーガールに捕まって、スタッフルームへと運ばれた。
「なんでこんなことになるのーー!?」
その叫びも虚しいまま、彼女は冒頭通り、このカジノ・キャメロットで働くことを余儀なくされた。これもそれもあれもどれも何もかも全て、ニコラ・テスラが悪いのだ。
元からトラブルメーカーで、ちょっと紳士的でときめくところも合ったかと思えばいつも何かしらで崩してくる。
広々としたカジノでは多種多様な見た目をしたバニーガールが慣れたような格好で歩いているが、それはあくまでも作業員として自ら雇われて働いているからいいとしても、ナマエには無理だった。
真っ黒な光沢感のある黒レザーのハイレグとなったバニースーツ。つけ襟とテスラを彷彿とさせるネオンブルーの眩い蝶ネクタイ。細かい網目の網タイツに、履きなれない十センチほどはある、黒いエナメルに側面が蝶ネクタイ同様のネオンブルーになったパンプス。手首には白地に金色のボタンの着いたカフス。ご丁寧に黒い大きなうさぎ耳のカチューシャと白いフワフワの小さな丸い尻尾。
彼女のために用意されたものなのかと聴きたくなるバニー服は、作業員一人一人のサイズに合うように、着た者のサイズに自動的に合わせるようなサイズ調整の術式があるのだというが、そんなことに使うなとナマエは声を上げたかった。
「ほら、ドリンク持ってって」
「あっ……はい」
しかしながら悲しいことにナマエも結局働かされると、いつまでも泣きべそをかいていられる女でもなく、ドリンクの配膳ならできるだろうと言われて銀色のトレイにいくつかのカクテルを乗せては注文を受けたテーブルや、ウェルカムドリンクとして客に配ったりとしていた。
それもこれも学生時代の飲食店のアルバイトでの経験が生きているのだろうが、全くもって悲しいことだった。オーナーであるルーラー獅子王の慈悲として今日一日働けばチャラにしてくれるということに関しては頭を下げてもキリがないが、本来は休暇で来てるはずだが?と思いつつも働いた。
「それにしてもなんだ、ナマエくんはやはり適応能力が高いな」
「当然だ、私の助手だからな、おいエジソン貴様!彼女に鼻の下を伸ばすな!全く私の助手だというのに失礼だ」
「なっ!失敬な……私は紳士的に見守っているだけだ。いやまぁ少しそういう目で見なくもないが、貴様もわかっているだろう」
エジソンとテスラは静かにウェルカムドリンクを飲みながら広いフロアを忙しく駆け回る彼女を見ていた。というよりも二人だけではなく、周囲の客たちの視線が時折彼女を追いかけるのだ。
無理もない……他のバニーガールと比べても彼女はあまりにも見た目に華が少ない。一般的に見るところ平凡な部類の顔立ちと身体だが、それがこのカジノのバニーガールの中では反対に際立ってしまう。
恥じらいがあり、けれど仕事には熱心で、逆に何かを言われたりされると困り果てては周囲に助けてもらおうとする。初心者マークのついた彼女をみていると、まるで猛獣の檻の中に入れられた子ウサギにも見えてくる。
「なっ!?あの観光客っ……わ、私の助手になんたる」
「あの客、ほほぉ……流石はラスベガスのカジノ、客も楽しみ方がわかっているようだな」
エジソンはまるで他人事のように笑うのみであるが、視線の先のナマエは客に頼まれたドリンクを持っていくと、彼女を気に入った客が彼女にチップを渡した。それも単純に渡す訳ではなく、胸元に挟んだのだ。
ピッタリとしたレザースーツとなったそれに挟めば落ちないし、他のバニーガールも同じことをされているため、何もおかしい訳では無いが彼女は真っ赤な顔をしつつも拒絶出来ずに短い挨拶をして去っていくがテスラの心中は穏やかではなかった。
「あっ博士、エジソンさんも、そこで立っててもも暇でしょ?別のところ行ってて構いませんよ、博士もお金なら私のお財布にありますし、適当にカジノ以外でもいいですから過ごしててください……全くもう」
忙しいんだから。という彼女は通り際に貰ったばかりのチップであるドル札をテスラに乱雑に手渡して去ると、エジソンも少しだけ哀れんだ。まるでヒモの男のようだから。
テスラは「なにもいうな」と釘を刺すため、エジソンもテスラ自身が蒔いた種とはいえ、いつものようは挑発はできなかった。流石に男として哀れだから。
犬猿や水と油といえど二人はつかず離れずで、なんだかんだと仲はいい。
カジノのバーカウンターで並んで座ってはエジソンに「私たちにはギャンブルは合わない」という話をされては、テスラもビリヤードなら完璧なのにと話をしつつドリンクを片手に眺めていたものの、それも長くは持たなかった。
他のバニーガールたちとは違い、ただの素人が一日体験のように働かされているゆえに隙が多いナマエは、本人さえ気付かないほど、いや、気付いていても言えないのか客に触れられたり声をかけられたりと繰り返していた。
「あの客!このカジノはかの裁定者獅子王がオーナーを務めていながら、こんなふしだらでいいのか」
卓についた客がドリンクを受け取ったかと思えばナマエの腰に腕を回して引き寄せては何かを言っては必死に首を振られている当たり、口説いているのがよくわかる。
騒がしい音のせいで会話は聞こえずとも口の動きだけで会話がわかってしまう。
「今夜専属バニーになってくれないかね?」
「無理ですよ、私ここの作業員じゃないですし」
「チップなら弾もうじゃないか」
「そっそうじゃなくて」
しかしながらテスラがどれだけ奥歯を噛み締めてその美しい顔立ちを崩したとしても、ことの発端は彼なのだ、攻める義理はない。
そんな男を見たカウンターの男……それは円卓の愛の騎士トリスタン卿であり。彼は静かにドリンクを作りながら「彼女を取り戻したいのですか」問いかけたことに、テスラは当然だといった。もちろんシンデレラのように日付が変われば開放されるのは理解しているが、そこまでにはあと数時間は優にある。その間彼女は狼の群れの中を跳ね回るウサギでしかないため、テスラの不安は消えることは無い。
しかしバーテンダーをしていたトリスタンはそれならばとひとついいことを教えてやった。しかし彼がこの場でバーテンダーをしているのはオーナーであるルーラー獅子王のためではなく。彼もまたギャンブルに大負けしたからであるのだった。
ナマエは疲れ切っていた。
カジノに来たのはそれなりに早い時間で働き始めて一時間以上、慣れないハイヒールは足を痛めるし、客はチップをくれることはありがたいが些かタッチが多い。過度な場合は黒服に助けてもらえるが時間が経つと客も増えて人の視線も難しくなる。
苦笑いをして断りきれずに流されがちになるのは良くないもわかっていても、対人構築に慣れた彼女はあまり波風を立てたくないとして、対応をしているが、それでも触れられることには嫌な気持ちにもなってしまう。
酒も入ってギャンブルにも勝って気持ちよさそうな客はドリンクを持ってきたナマエをみては、その腰を抱いて隣で見守って欲しいと熱心にアピールするが断っていたはずなのに聞き入れてはくれない。
「(さっきからずっと足触ってくるし嫌だなぁディーラーの人も忙しいし黒服もいないし)」
本当すみませんごめんなさい、と繰り返しても酔った相手は聞き入れずに機嫌よくナマエの胸元や背中にチップを入れてくれるが、ナマエは困り果てるとき、相手はより強く抱き締めて彼女を口説こうとすることにナマエは左腕のテスラから渡されているブレスレットをみて、事の発端は彼であるのだから、なおのこと助けて欲しいと思っていた時。
彼女と客の間に手が伸びて、大きな白い手袋をはめた手が彼女の肩を掴んで後ろに引き寄せると、彼女の背中にトン…と何かが触れて、振り返るとテスラがいた。
「我が助手…いや、我がバニーガールよ、仕事の時間はここまでだ」
「え?博士?あっ、エジソンさんも、どうしたんですかそのチップ!?」
「いやなに私の能力があればこそ、得てきたものだ」
フフンと自信満々にいうがエジソンが声高に「貴様だけの力ではないだろ!」と叫んだため、何事かと思うが、エジソンが指をさしたのはカジノの中央にある純金のスロットのような機械。それはスペシャルゲームであり、チャンスタイムとは比ではないギャンブルマシンであった。
曰くテスラとエジソンはそれで一攫千金を狙い、見事大当たりを引いたのだという。お陰様で二人とも空になったものを数倍にまで膨れあがらせて帰ってきたらしい。
それでも先に彼女に目をつけていた客が自分が彼女を口説いていたのだと声を荒らげるため驚いてしまう彼女だが、テスラは紳士的に薄い笑みを浮かべて一枚のコインを見せた。
分厚いカジノ用のチップなのかと思うが、純金のチップにはプレイボーイのウサギのようなマークが描かれており、ナマエがなんだ?と傾げると相手は知っていたようで、すごすごと悔しそうに引き下がった。
「なんですかそれ?」
「なんだバニーガールなのに知らないのか、これはカジノ・キャメロットの"バニーチップ"と呼ばれるアイテムで、換金難易度一位のものだ」
「へぇ……で?それがあるとなんですか?」
「指定したバニーを一日好きにできるらしい」
「それ何と交換したんですか?」
「私の先程勝ったチップ全てと交換した」
エジソンさんが持ってるものは?
あれは彼のものだ、私のはもう使い切った。
・・・
・・・・・・
「結局私バニーやめれないじゃないですか!!馬鹿なんですか?!普通そういうのは先に借金返してからでしょ!!」
バカバカバカバカ!!
アホアホアホアホ!!
ナマエは泣きそうになりながらテスラを叩くがテスラは気にせず近くのスタッフにバニーチップを渡すと、何かと引替えされたようであった。
エジソンはもう呆れたような顔をしつつも、まぁ一応はテスラの元に戻ったのだからこの後は働かなくてもいいと言ってくれたが、ナマエはそんな問題じゃないと叫んでいる間に、ふと自分が宙に浮くのを感じ、何かと思えば自分よりも三十センチ程は身長の高いテスラに抱えられたのだと気付く。
「博士なにしてるんですか?」
「バニーチップの権利を早速行使させてもらうとしよう、さぁ今からは私と二人の時間だ!」
「な、な、なんか嫌な予感がする!エジソンさん助けてください!」
エジソンさーーん!とナマエがテスラにお姫様抱っこをされる形で連れられていくのを見てエジソンはなんとも言えない顔をした。
そして手の中のチップを見ては、もう一勝負楽しむかと空いていたポーカーの席に着いた。卓を見てみると槍のクーフーリン、岡田以蔵、モーツァルトが並んでおり、どうしてこうもまぁ幸運値の低い者がとなりつつも、ギャンブルとは勝敗があるからこそ楽しいのかもしれないと思いつつ、手渡されたカードをみてはチップを賭けるのだった。
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