First RAINBOW FESTA:You are not



「あ、その!私たち、怪しい人じゃないんですけど、その・・・ちょっと、聞きたい事があって、話したかったんですけど・・・」
「何か、あったんですか?」

何かあったかと言われればおおいにあったと言わざるを得ない。しかも嫌なことが。

改めて思い出すとまたこみあげてきて、ぐぐぐと何かがせりあがってきて紀伊梨は下唇を噛んで、女子高生達は慌てふためいた。

「ご、ごめんねごめんね!何か知らないけど、思い出させてごめんね!」
「言いたくないことありますよね!ごめんなさい、言わなくて良いですから・・・」
「それはおいといて、結局お前さんらは何の用事なんじゃ。」

見たら分かるだろうが、今立て込んでるから、どうでも良い用事なら他所へ行ってほしい。
年に一回あるかないかくらいの純粋な親切心で仁王が応対を買って出てやると、2人は顔を見合わせながら躊躇いがちに言った。

「あ、あのー・・・」
「あの!SNSって、何かやってますか!」
「・・・ほえ?」

SNS。
思いもしない方向からの話に、紀伊梨は束の間さっきの事を忘れた。

「おい、どうなんじゃ。」
「というより、五十嵐。SNSという言葉の意味は分かるか?」
「んー、わかんにゃいけどわかるお!あれっしょー、ついったとかインスタとか、何かそんな奴の仲間!」
「して、どうなんだ?何かやっているのか?」
「えとー、紀伊梨ちゃんはたまーにツイッターするかな?一週間とか二週間に一回くらい!」
「あ、ええと、そのね!個人のっていうか・・・」
「ビードロズのアカウントはないの?かな?」
「・・・お?」

それは、ない。
結論から言うとないのだが、紀伊梨は今しがた思い出した事がある。

「あにょねー、ビードロズは!アカウントを作りません!皆で決めました!」
「え!」
「そうなの!?」
「ほう、せんのか今時。」
「普通はするものなのか?」
「義務があるわけじゃないが、まあ昨今やっているのとやっていないのとでは、知名度に雲泥の差が出る。自分達を世に広めたいなら、やらない手はないと思うが。」
「あのねー、管理出来ないってー。後、続けても楽しいことはあんまりないよってなっちんが言ってた。」

勿論楽しいことはあんまりないよ、というのは紀伊梨に分かりやすいように棗がふんわり言い換えてくれた結果である。
正確に言うと、紀伊梨以外の全員がSNSのデメリットという奴に予測がついていた。
例えばそれは、アンチの批判が目に入ったり。知らない所で好き勝手言われたり。失言して炎上したり。
そもそも紀伊梨自身飽き性の気がある上、繊細な仕事に向いていない。不用意な言い回しを避けて、言葉選びに細心の注意をとかそんな真似出来ないので、必然的に管理は他の3人の誰かがやった方が良いという事になるが、そこまでしてやる意味があるとは思えなかった。
ビードロズの目的は完全に娯楽なのであって、別にプロ目指してるわけでも売れっ子動画配信者になる気もないし、知名度に左程熱が入らないというのも土台として大きい。

しかしそう伝えると、2人組は露骨に残念そうな顔になった。

「やってないんだー・・・」
「予定もないんだね、残念・・・」
「して、結局何をどうしたかったのです。」
「あ、あのねー・・・」
「私達、ビードロズのファンになっちゃったの!」


「・・・・へ?」


「今日の演奏すっごく良かったよー!もー、かっこよくってさー!」
「まだ中学なんでしょ!?凄いよねー!何年生?3年生・・・じゃ、ないよね多分、2年生?」
「俺達は1年生ですが。」
「1年!?え、嘘でしょ!?」
「1年生ってこないだまで小学生じゃん・・・え、やばいやばい、中1でこのレベルはやばいって!」
「やばいよね、マジでやばい!これからどんだけ上手くなんのって感じ!」
「ねえねえ、来年もフェス出ます?」

その質問に、柳達3人は紀伊梨の方を向いた。

こればっかりは勝手に代わりの受け答えが出来ない・・・というか、ついさっきまで間違いなく出る気になっていただろうが、いまそれを聞かれても紀伊梨が気乗りするかどうかはわからない。

「・・・・うーん、多分?」
「「やったー!」」

2人はハイタッチで喜んだ。

「絶対絶対来年も見に来ますから!」
「っていうか、他のとこでライブの予定とかないですか?行けるなら見に行きたいんですけど!」
「お、う、おおう?ええと、ええとお!えーと、次のライブは海原祭りだから、えーと、えー・・・」
「海原祭り?」
「それってどっかの夏祭りですかあ?」
「む・・・海原祭りというのは、俺達の学校の文化祭の事です。」
「あ、文化祭!」
「それなら行っても良いですよね!部外者OKだし!」
「決まり決まり、絶対行きます!」
「お、お、おお、」

「珍しく押されとるの。」
「考えが後ろを向ききっている時に真逆の事を言われて、混乱しているんだ。全否定された後に全肯定されるとああなる。」
「ほう。彼奴にもーーー」
「彼奴にも否定されて人並みに落ち込むことが出来たのか、とお前は言うが、お前はそもそも五十嵐に近い分わかってやりやすい立場だろう。」
「誰が誰に似とるんじゃ、心外じゃき。」
「性格の話じゃない、あくまで立場の話だ。お前達は2人ともパフォーマーたる自分に誇りを持っているからな。」
「・・・プリッ。」

そう言われると俄然ピンと来る気がする。

今までやってきた自分が否定された悲しさ。
他の人に対してはそれなりに評価して貰えるのに、一番欲しい評価が手に入らない悔しさ。
お前に何が分かるんだ、と言いたくて堪らなかろうに、言ってしまったが最後逃げを打つ事になってしまう。

でも柳は分かって欲しかった。

紀伊梨はアイドルたる五十嵐紀伊梨を否定された悲しみに暮れていたが、そもそもアイドルの五十嵐紀伊梨なんてものは「まだ」どこにも存在しない。
今ここにいるのは、ビードロズのリーダーである五十嵐紀伊梨であり、そしてその五十嵐紀伊梨は何も否定されず、まだ生きている。
紀伊梨自身はアイドルたる資格なしの烙印を押されて、今までの何もかもが一気に霧散したかのような錯覚をしてるのだろうと思う。それは無理もないが、それはあくまで錯覚でしかない。


五十嵐紀伊梨は何も失ってはいない。


いつか、その日がやってくる。
そう言われても、いつ来るかも分からない「いつか」になんて任せておけないと、真剣であればあるほどそう焦ってしまう気持ちは、未だに技がない柳もよくよく感じる事であるけれども。

「それでーーーあ!やばい、もうこんな時間!」
「うわ、マジだ!バス出ちゃうって、早く行かなきゃ!あの、私達もう行くんで!」
「文化祭、絶対行きまーす!」
「頑張ってー!」

良美、話が長すぎ!葵こそ!あーん、高校生のくせにって呆れられてないかなー!
なんて言い合いながら、実に足早に立ち去っていく2人を紀伊梨はまだ半分ポカンの状態で見送った。

「・・・あれ?紀伊梨ちゃん褒められたよね?」
「当たり前だ、聞いていただろう。凄いという言葉が誉め言葉でなくて、他の何だというつもりだ。」
「わかってるよー!分かってるけどさー、何かさっきはちょっとこー、ピンと来なくて・・・」
「まあ、忙しい時に褒めそやされても響かんじゃろうからの。」
「しかし、少なくとも気分はこれで変わっただろう。もう少ししたらーーーああ、丁度よかった。」
「・・・!何かおいしー匂い!」

紅茶の香りに紀伊梨が辺りを伺うと、紫希が紅茶を持って帰ってきた所だった。

「ただいま戻りました。」
「それは良いが、それは何だ?この強い香りは・・・・」
「紅茶だよ。あっちに、結構本格的な屋台が出てたんだぜ。」
「この炎天下に繰り出して、持って帰って来るのが紅茶とはなかなかぜよ。」
「どういう意味だよ、美味いんだからその分の価値はあるだろい。」

「これを探しに行っていたのか。」
「そうです、おやつによく合うかな、って・・・」
「おやつ・・・?」
「そうです、紀伊梨ちゃん。おやつ、食べませんか?」
「・・・・・・」
「もう15時ですけど、ライブが終わってから食べ物は全然食べられてませんよね?お昼もデザートはなかったですし、甘いものを食べて落ち着きましょう?どうですか・・・?」
「甘いものなどあるのか?」
「あ、はい。貰った差し入れが、今の所全部甘いお菓子系で・・・」

紫希がお菓子を広げる傍ら、皆がわいわいと会話するのを、紀伊梨はぼんやりと見ていた。

おやつ。
そういえば確かに、全然何も食べていない。
食べたいとか食べたくないとかいう以前に、お腹すいたという発想が吹っ飛んでいた事に紀伊梨はやっと気づいた。

「五十嵐。」

目の前に差し出される、濃い赤茶色のキラキラしたもの。

「おにょ・・・?」
「お前の分だ、受け取らんか!」

そう言われて受け取ると、紅茶の良い香りが鼻をついて、なんだか食欲がーーーおやつ欲が湧いてきた。

「紫希ぴょん、おやつ何あるのー?」
「お、食う気になったじゃん?」
「ブン太、取るなよ。」
「流石にこれは取らねえよ。」
「ふふふっ。紀伊梨ちゃん、ゼリーとええと・・・リーフパイがありますけれど、どっちにしますか?」
「えっとねー、じゃあゼリー!」
「はい、どうぞ。」

忍足のくれたフルーツゼリーは、赤いグレープフルーツや黄色いパイン、オレンジ色のみかんと暖色系の果物が光りながら入った物で、紅茶と並べると良く合った。
綺麗、美味しそう、と思いながら蓋を開けていると、千百合と幸村が帰ってきた。

「五十嵐、良かった。ちょっと顔が明るくなったね。」
「何そのゼリー・・・って、あれか。差し入れか。」
「千百合ちゃんも、要りますか?」
「ああ、貰う貰う。ちょっと喉乾いたし・・・精市か丸井、どっちか食べる?1個余るよ。」
「4つではないのですか?」
「え、何のこと。ビードロズってボーカルとベースと作詞で3人じゃん?」
「お前さん、こんな日まで辛辣じゃな。」

そんな会話を聞きつつ、紀伊梨はゼリーを掬って一口食べた。

つるんとした冷たい喉越し。
甘くて柔らかで冷たい感触が、優しく胃の中に落ちていった。

途端。

「・・・・・う・・・」

「うん?」
「え?」
「何だ?」
「紀伊梨ちゃん、どうしーーーー」


「・・・・ううううう・・・うああああああん・・・・!」


ぽろぽろぽろぽろ、と涙が伝い落ちてきた。

悲しくて悔しくて辛くて、その全ての負の感情が今、ゼリーによって何か丸いものになってくれたような気がした。

誰も泣くな、とは言えない。もっと泣けとも言えない。
ただ、こういう時の涙は出るに任せるのが一番良いことを皆知っていた。

「うえ、うう・・・・うああああん・・・・うぐ、ふぐ、ああああ・・・・」
「紀伊梨ちゃん、ハンカチを・・・」
「ありあ”ど・・・ふぐう・・・」
「紅茶落とすからそっちに置いたら。」
「やだ、の”む”・・・」
「ああそ。」

「落ち着いたようだな。」
「落ち着いているのか?あれが?」
「まあ、泣けるようになっただけ進歩だよ。五十嵐は特に、騒いでストレスの処理をするタイプだから。」

「何か、泣いてられる方が安心するっていうのも変な話だけどな。」
「普段騒がしい奴が静まり返ってると落ち着かんダニ。」
「ま、彼奴はやっぱ煩いくらいじゃなくっちゃあな。」
「そうですね・・・ところで丸井君、そのゼリーは?」
「え?今良いって言われたじゃん?」
「本気に取るのかよ・・・」

プラスチックのスプーンを噛みながら歯を食いしばって泣く。
悔しい、悲しい、の感情の中に時折甘い、美味しい、冷たい、が挟まって、それで漸く受け入れられる。

ああ。
遠いなあ、アイドル。

「ただいまー・・・・」
「棗君、お帰りなさい。」
「ただいまw」
「ふぎゅ・・・なっぢんどご行ってたの”・・・・」
「ちょっと考え事をねw・・・あれ?ねえ待って、ゼリーの数合わなくね?」
「あんたの分は丸井の胃袋に入った。」
「おう、ごちそうさま♪」
「何で!?」
「な、棗君まだ私のがありますから、」
「ふふ!春日、こういう時は貰っておかないと。」
「えええ・・・・」

まだ涙は止まらないけど、もう頭は重くない。
リーフパイも貰おう、なんて考える紀伊梨は、やっとやけ食いできるだけの前向きさが戻ってきつつある。

5/6


[*prev] [next#]

[page select]

[しおり一覧]

1年1学期編Topへ
1年夏休み編Topへ


-