First national convention:Bye&bye&bye 3
その後、やはりーーーやはりと最早言いたくない気持ちもあるが、やはりS3は幸村が不戦勝。その後S2の柳が6-4で勝利を納め、準決勝が終了した。
その直後、観戦していたビードロズ全員のスマホが鳴った。
柳からだった。
話がある、時間があれば残って欲しいと言われて、元より予定を空けておいて今日に臨んだ4人が残れないわけもなかった。
いや。もし予定があったとしても、おそらくそれを後回しにしただろう。
話とやらの想像がつくからこそ、必ず行かねばという思いが生まれてくるのだった。
あくまで部活動の一環として大会に出ている故に、立海テニス部の解散は立海の校舎に戻ってからである。
一応校内にいくわけなのでという事で、ビードロズ達は私服から一度制服に着替えて、音楽室で待機していた。
普段だったら待ってる間1曲弾こうかという所だが、千百合も棗も紫希もとても活動する気になれなかった。
紀伊梨だけは普通だったが、周り3人揃って薄暗い顔をしている中、流石に一人だけ楽しい気分にはなりづらい。折角勝ったのにとは思っていたし、それは他3人も思ってはいたけど。
まあ何にせよ、これからある程度ははっきりするとは思うが・・・と感じつつ待っていると、とうとうカララ・・・と戸の開く音がして、着替え終わって制服姿のテニス部が顔を見せた。
「やあ皆。待たせてごめんね。」
「あ!皆お疲れー!」
「お疲れ様です。」
「お疲れ。」
「お疲れー・・・って、あんまり疲れてなさそうねwもう準決勝まで終わったのにw」
「ふふ、まあそんなギリギリの勝利っていうわけでもなかったしね。」
「・・・・・・」
「さ、真田君?どうなさったんですか?」
「ああ、Dで1戦落としたのが気に入らないらしいぜい?」
「えー、それだけじゃーん!」
「「だけ」とはなんだ「だけ」とは!良いか、そもそも我が部はーーー」
「真田、その話は後だ。」
「むーーー」
「そうですね。今の本題は、それではありませんので。」
「今は他に聞いておかないといけない事があるからな。」
「あり?桑ちゃん達知ってるんじゃないの?」
「いいや、俺らも知らんぜよ。」
「マジか。なんで。」
「まあ、纏めて話をするよ。皆、適当に座ってくれるかな。」
幸村に促されて、各々適当に椅子を引いて座った。
前には幸村、真田、柳の3人が並ぶ。
「先ず、今日は皆それぞれ疲れてるだろうに、時間を割いてくれて有難う。これから話す事は、テニス部でもまだ知ってる人が少ない事でーーー基本的に自分のプレイスタイルっていうものは、人に向かってわざわざ発表したりするものじゃないから。でも、俺は此処に居る皆には知っておいて欲しいんだ。特に、テニス部じゃない皆には心配をかけてるみたいだしね。」
苦笑してこっちを向く幸村に、棗は苦笑で返した。
紫希は苦笑でも笑おうとしているが、あんまりちゃんと出来ていない。
紀伊梨はいつもと変りない顔をしている。
千百合は真顔だった。
どんなに心配していても、それを顔に出す趣味はないから。
「話っていうのは、他でもない最近の俺のテニスについての事なんだ。皆分かっていると思うけれど、最近の俺は兎に角不戦勝が多くてね。試合していないわけじゃないんだけれど、最後まで出来ないんだ。この事について、柳がデータをこの間から集めてくれていて、今日仮説ながら原因がわかったらしいんだけれど・・・」
幸村が柳に視線をやると、今度は柳が口を開いた。
「信じい難い事だが、幸村のテニスはーーー早い話、対戦相手をイップスに追い込んでいる事が分かった。」
聞いていた、ほぼ全員が呆然とした。
平気な顔をしているのは、もう既に話を知っていた3強3人と、紀伊梨だけ。
「・・・・は?」
「イップスに、追い込む・・・・」
「ねーねー紫希ぴょん、イップスって何ー?」
「わ、私も初めて聞く言葉で・・・」
「イップスというのは、運動障害の一種だ。緊張、不安、その他精神的にプレッシャーがかかる事によって、今まで簡単に出来ていた動作が急に出来なくなってしまう。そういった現象の事を言う。」
「・・・それって、びょーきなの?」
「病気と言うと、またニュアンスが変わってくるな。あくまで精神的なものだから、薬もなければ、こうすれば必ず治るというような治療法もない。」
「・・・・んーと、んーと、」
紀伊梨が一生懸命話をかみ砕こうとし始めた。
こういう時は、誰も馬鹿だなとは言わない。
紀伊梨がかみ砕いた後のシンプルな話こそ、その話の核だと皆分かっているから。
「・・・イップスって言うのは、体が動かなくなっちゃう。」
「ああ。」
「だから、テニスしてる人がイップスになると、えーと、テニス出来なくなっちゃう。」
「そうだ。」
「・・・ゆっきーと試合すると、イップスになっちゃう。」
「そう。」
「・・・じゃあ、ゆっきーと試合したら、その人はテニス出来なくなっちゃうの?」
そう。
つまり、そういう事になる。
「・・・・待ってください、いくら何でも荒唐無稽では?」
「俺もそう思うぜ。対戦相手がイップスになるなんて・・・」
「っつうか、そもそもそれがなんで?幸村君って、普通にテニスしてるだけじゃねえの?確かに強えけど、特別な事は何もしてねえだろい。」
丸井の言う事は非常に正しかった。
確かに幸村は、対戦相手に向かって取り立てて特別な事などしていない。
しかし。
「丸井。お前の言う事は正しいがーーー寧ろその、特別な事をしていない、という点が肝なんだ。」
「・・・どういうわけ?」
「人間というものは、絶望に対して理由を求めたがる。その方が楽だからだ。
これがこうだから自分は負けた。これさえなければ勝てたかもしれない。そうやって敗北に理由を付けることで、「仕方がなかった」「この点さえ修正できれば物事は良い方へ向かう」そう自分を励ます事が出来る。
所謂決め球と言われる得意なショットや、各個人の持ち味と言われるものがそれだ。あのショットは強力だから、決められると取れない。この相手は自分と相性が悪い。
これらの行きつくところは、とどのつまり「だから負けても仕方がない」なんだ。」
ふん、と真田が軽く鼻を鳴らした。
こういう考えは真田が嫌う所である。
「だが、幸村にはそういうものはない。決め技もなければ、取り立てて能力の偏りがあるわけでもない。」
「つまり、言い訳が相手にないんじゃな。」
「そうだ。ただただ地力で圧倒され続ける事によって、相手は無力感を覚えてくる。相手に決め球や、突出した能力がある場合ーーー多くの場合はこれに当てはまってしまうわけだが、これが猶更追い打ちになる。磨いてきたはずの自分の強みは相手に通じず、ものの一球か二球で返される。そうしている内に、心理的に強いストレスにさらされ続けた事で段々と身体的に影響が出てくるわけだ。」
「・・・それがイップスってわけ?」
「そうだ。」
「でも、そんな・・・確かにその状態はストレスだろうって思いますけれど、だからってそんな事には・・・」
「春日。信じられん気持ちも分かる。俺とて、柳を信頼していてもそう忽ち信じられるものでもなかった。だがーーー」
「まあ・・・皆見ていてくれたからこそわかっていると思うけれど、実際俺はここ最近、全然まともに試合出来ていないんだ。」
そうなのだ。
何よりも、実際不戦勝が積み重なっているこの現状こそが、何よりの裏付けになっている。
柳の仮説に向かってそんな馬鹿なと思う前に、まずこの現実が既にあり得ない事態。
「・・・それで、良いかな。今の話を踏まえた上で、改めて言おうと思うんだけれど。」
幸村は目を閉じて。
そしてゆっくり開いた。
「・・・例えこの仮説が真実だったとしても。俺はテニスを止める気はない。」
この仮説が本当だった時。
それは即ち、幸村と試合した者は高い確率で皆トラウマ持ちになる、と言ってるようなものである。
勿論それを免れる者も居るだろうが、免れない者の方がまあ多かろう。
何せ、全国準決勝に於いてS1を勤め上げるレベルの選手でさえも、この例に漏れないのだから。
勝ち負けは勝負につきものだが、本当にイップスを引き起こしているのだとしたら、勝ちとか負けとかそういう問題ですらなくなってしまう。何せ、まともに試合させて貰えない。
これは最早見ようによっては、競技人口を減らしにかかっているようなものと捉えても、残念ながら間違いとは言えない。
それを分かっていて、そんな事していいのか。倫理的に許されないのではないか。
例え幸村自身に何の非もなかったとしても、幸村の対戦相手だって別に何か非があるわけじゃないのに。
という一連の事を、幸村は勿論分かっている。
分かった上で、自分はそれでも辞めないと宣言している。
そうだろうな、と此処にいる皆が思った。
幸村ならそっちを選ぶだろう。
もしも誰かに後ろ指さされる事になったとしても。心無い事を言われても、良心が咎める事があっても。
でも、テニスを手放す事なんて出来ないから。
千百合は小さく息を吐いた。
「・・・・・・うん。」
「・・・分かってくれる?」
「私テニスの事は知らないけど、精市からテニスを取り上げるとか誰にも無理な事はよくよく知ってるから。」
ああ。
幸村は内心で溜息のように言った。
この女の子は、どうしてこんなに自分の欲しい言葉をくれるんだろうか。
幸村は千百合に対して、テニスを理解してほしいとは思わない。
してくれればそれは嬉しいが、そこは重要そうなようでいて、左程重要でもない。結局どこまで行っても、千百合はプレイヤーじゃないからだ。
でも、幸村は千百合が好きだ。
好きだから、自分をーーー自分の、テニスに対する思いの深さは分かって欲しいと思う。
今の幸村には、どうしても捨てられないような、人生に根を張っている存在が幾つかあるけれど、テニスは間違いなくその中でも一番と言っていいくらい大きい一角である。
捨てられない。テニスを辞めることは絶対に出来ない。
その執着と言い換えても良い入れ込みを、幸村は他の誰でもない千百合に理解していて欲しかった。
千百合はプレイヤーではないから、プレイヤーであるテニス部メンバーよりも、より分かりづらいだろう。分かりづらいだろうことは分かっていても、それでも分かって欲しかった。
それこそこんなーーー倫理に関わるような話になってしまっても。いや、なったからこそ。
うん。知ってる。
貴方ならそれを選ぶと、私は知ってる。
そう言ってくれる恋人が、こんなにも愛おしい。
「いやまあ・・・俺もぶっちゃけ、知らん奴より知ってるお前の方の味方をしたい感じだけどねw」
「ふふっ。まあ、棗ならそう言うかなと思っていたよ。それで・・・」
後のテニス部でない2人。紀伊梨と紫希。
紀伊梨はんー・・・と口を尖らせている。
「何じゃ、お前さんらは反対か。」
「んー・・・だってー・・・ゆっきーも可哀想だけどさ、相手もテニス出来ないのはかわいそーだしー・・・」
「あの・・・質問があるんですけれど、良いでしょうか・・・」
「良いよ。とはいっても、俺にも多分答えられない事もあるけどね。」
「あの・・・幸村君のプレイは、イップスを引き起こすんですよね?」
「ああ。その可能性が高い。」
「じゃあ、どうして真田君は今でもテニスが出来てらっしゃるんですか?」
テニス部も含めた視線が真田に集まった。
そう。
単純に幸村と試合した数だけを上げたら、おそらく世界中探しても真田には誰も敵うまい。
真田は確かに幸村の親友だが、それと同時にお互いに切磋琢磨しあう良いライバルでもある。
自然、手合わせの回数も増える。関係が近いのだから、猶更増える。
そして其の度に真田は負けているわけだが、でも真田はちゃんとテニス出来ている。
紫希の質問に、真田は少し笑った。
「流石に、良い所に気が付くな。」
「え?」
「それは俺達も考えたんだよ。それこそ部内でだって、俺と試合した事のある人ばかりだしね。」
「この点については推測ながら理由が幾つかあるがーーー先ず一つとして、これはあくまで最近の傾向である事。」
「ああ、昔からイップス使いだったわけじゃないんだ。」
「そうだ。だから周りも、ただ負けるだけで済んでいた。これが理由その1だ。」
「その2は?」
「先も言ったが、イップスというのはあくまで心理性の障害だ。普通の病気でもかかる人間によって症状に個人差が出るように、イップスにも個人差が出る。人の心は千差万別で、そうであるが故に普通の病気などよりイップスの方が個人差は大きい。」
「せんーーー「後にしろい、後に。で?」
「要は、その個人差が問題だ。イップスがどれくらい酷くかかるのかーーー部活を辞める程なのか、その試合が嫌で堪らない程度で済むのか、という差も出る事ながら、そもそも人によってはイップスが起こらない場合もある。
真田が正にその例だが、幸村が不戦勝するようになっても真田とは毎日練習している。だが、真田は今のところイップスにはかかっていない。これはその分だけ、真田がイップスを発症しにくいという事だ。」
「それは、ストレス耐性が高いっちゅう事になるんか?
「それもあると思う。それから、単純に地力の問題もあるかな。例え話だけれど、もしも今の俺じゃ歯が立たないようなプロテニスプレイヤーと対戦するとして、本来敵わないのに試合をするとイップスを起こして勝てるのかって言われると、それは出来ないと思うから。」
「おー・・・そーなんだー。」
「だ、大丈夫か?話分かるか?」
「うん!今のは分かるお!ゲームにそっくりだもん!相手のレベルが低かったら即死技がよく効く!って感じでしょ?で、ボスキャラに対してはそーゆーの効かないから、ちゃんと戦うしかない!って事っしょ?ね?」
「お、おう・・・」
「奇跡的に、凡そあっていますね。」
「そうか・・・全員が例外なくイップスにかかる、というわけじゃないんですね。」
問答無用で相手をテニスから遠ざけるようなものではない。という点は、こういう時に相手の事を慮りがちな紫希と紀伊梨に納得の理由を与えた。
相手が強ければーーー妙な言い方になるが、相手が強く「あってくれれば」、幸村は普通のテニスプレイヤーとして勝負が出来るわけだ。
何も皆が例外なくテニスから縁を切るなんてわけではない。
この2人が納得すれば、テニス部はそもそもテニスにかける思いが分かるだけに、自分が辞めるという選択肢が最初(はな)から無いのはもう分かり切っている事だし。
こうして幸村のテニスとイップスの関係については、全員が納得ずくの上で周知されるという事で決着したのだった。
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