First national convention:Bye&bye&bye 3

一方の紫希は、丸井と一緒に歩いていた。


「で?」
「え?」
「俺はドーナツ買いに行くけど、お前って結局何処に何の用事なわけ?」

丸井が今回紫希に同行したのは、珍しくーーーというのもこの場合何かおかしいが、珍しく本当に偶然であった。
新作のドーナツを買いに行くために元々別行動するつもりだったところに、紫希も同じ方向へ行くとの事だったので、じゃあ途中まで一緒にとなったのだ。

「あ、えと・・・その・・・紀伊梨ちゃんには言わないで欲しいんですけれど・・・」
「お。そういう感じ?」
「べ、別にそんな頑なに秘密にしたいわけでもないんですけれど、一応念のために・・・あの、図書館へ行きたくて・・・」
「図書館?」

「はい。イップスについて調べたいんです。」

用事があると言って離脱したが、正確に言うと用事が「ある」わけじゃなかった。用事が「出来た」のだ。さっき急に。
紫希は今までの人生で、今さっきイップスという単語を初めて聞いた。
幸村と仲が良いから少しならスポーツ用語も知っているが、イップスは知らない。

「柳君なら分かるとは思うんですけれど、やっぱりある程度自分で調べないと、質問も纏まらないので・・・」
「五十嵐に内緒っていうのは?」
「一応、です。調べて、どんな事が分かるか分かりませんから・・・もし万が一、痛い事とか怖い事が出てきてしまったら、紀伊梨ちゃん、気にしてしまうと思うので。」
「甘やかしすぎじゃねえ?」
「あ、あはは・・・つい。紀伊梨ちゃんには、いつも元気で居てほしくて。」
「ふうん。」

全く同じことを棗も今言われていることを紫希は知らない。

「お。じゃあドーナツ屋さんこっちだから、またな。」
「はい、また。今日はお疲れ様でした。」

こうして手を振って丸井と別れ、紫希は図書館へと足を向けた。

「・・・・・・・」

その背中を、丸井は少し見つめた。





「ふう・・・・」

こうして紫希は図書館に行き、本を選び出した。
読みはしない。選ぶだけ。
基本的に図書館というものはそう遅くまで開いているものじゃないので、こんな時間に入館しても、もうその場で読む時間はない。開いて目次を見て、有用そうかそうでもなさそうかを判断して取捨選択。貸してもらえる冊数には上限があるし。

(イップスとは何か・・・スポーツ科学と精神の話・・・メンタルトレーニングの基本・・・イップスとは精神病なのか?ううん、どうしましょう・・・)

医学書、スポーツの本、自己啓発本、メンタルケアの本、タイトルにもろに「野球と精神論」なんて、テニスとかすりもしない事が書いてある本・・・取り敢えず、色んなジャンルの本を手に取る。
似たような本ばかり借りても、似たような情報しか集まらない。多少胡散臭い事を言ってても良いから、尖った意見も集めるべきだと紫希は考える方だった。

まあ、そんなんだから色々見すぎて、段々疲れてくるのだが。

(これと・・・これと・・・それから、これと・・・あれ?こっちとこっちを迷って・・・こっちにしたんでしたっけ?あ、違う!そうです、こっちにはこれが書いていないから、こっちに決めたんでした、危なかった・・・)

そもそも今日は暑い中観戦して疲労している中で、更に本を選ぶのに脳みそをふり絞り、色々見すぎて頭はゆだり。
ただでさえスタミナが足りていない紫希は、もうふらふらである。

家に帰る前に、外のベンチでちょっと休もうかしら。

なんて考えていた時。


ブ、ブ、ブ、ブ、ブ・・・


マナーモードにしておいたスマホが振動した。
着信である。

「え!ええと、ええと・・・あ、あの!すみません、」
「あら、電話?良いわよ、どうぞ。」
「有難うございます!」

図書館の常連である紫希の顔をすっかり覚えている司書さんに本を預かってもらい、急いで廊下に出る。
早く出ないとと慌てていたせいで、一瞬しか相手の名前を見なかったが。

「・・・・もしもし。」

『おう、もしもし?まだ図書館?』

耳を擽る丸井の声に若干の緊張を覚えて、紫希は束の間疲労を忘れる。
電話は未だに苦手だ。

「はい、そうですけれど・・・」
『そっか。なあ、腹減らねえ?』
「え?ええ・・・」

減ってる。といえば、減ってるのかもしれないが、ちょっと疲れすぎていて。

「そ・・・それほど、減ってる感じはしないんですけど、」
『そう?あ!じゃあ言い直してやるよ。』
「?」

『甘いもの欲しくねえ?』

欲しい、と珍しく即答してしまったのは、疲労感を覚えている甘党としてはもう避けようのない事ではあると思う。




「はあああ・・・・・」

紫希は、図書館の外にあるベンチで落ち込んでいた。

やってしまった。
つい咄嗟に欲しいと言ったが最後、じゃあ向かうから待っていろと言われ。
完全にドーナツねだったみたいな感じになってしまったと顔を青くして、やっぱり要らないと言い募っても、はいはいと笑いながらあしらわれるばっかりで全然相手にしてもらえなかった。

「・・・・・・・」

絶対に食べないと言い張るべきか。
もしくは貰ったら貰った分だけの代金を払うか。
いや。いずれにしろダメそう。

そう思った紫希は、一応今、対抗策を用意しておいた。一応。
結果に結びつくかはわからないが。

緊張しつつ座り続けていると、とうとう甘い香りが漂ってくる。

「よ!お疲れ!」

嬉しそうな顔ーーーというよりも、ほくほく顔としか言いようのない丸井を見て、紫希は思わず笑った。どうやら満足な買い物が出来たらしい。

「お疲れ様です。」
「おう。買ってきたぜい♪そっちはどうだっ・・・・」
「・・・・・丸井君?」
「・・・お前、それ全部読むの?」
「?はい。」
「いつまでに?」
「ええと、そうですね2、3日くらいはかかるかと・・・・」

冗談だろ、と丸井は言いかけてやめた。
紫希が読むと言ってるのだから読むんだろう。
指3本揃えたみたいな厚みのが5冊もあるけど。

読書だけに時間割いてるわけじゃないだろうに、一体どうやって・・・とも思うが、まあ読書家でない丸井に読書家の事は分からない。
丸井は気にするのを止めて、ドーナツの箱を開けようと手をかけた。

「あ、ま、待って!ください!」
「え?」
「・・・・あの、お金を、」
「やだ。」

言うと思った。
そして、何故かと聞いたらなんとなくと言うのだろう。それももう分かっている。

次だ。

「・・・じゃあ、どうぞ。」
「ん?」
「アイスカフェオレです。さっき買ったんです、どうぞ。」

ここの図書館は、実は飲み物だけは売ってくれている。
本の汚損を防ぐために食べ物は無いが、読書のための長居は歓迎しているため、コーヒーと紅茶はちょっとお高い物をショップで販売してくれているのだ。

美味しいのは知っている。常連だから。

丸井は一瞬わけがわからない顔をしていたが、段々紫希のやりたかった事が分かってきて、おかしそうに笑った。

「へえ、考えたじゃん?じゃ、お言葉に甘えて。」
「あ、浅煎りと深煎り、どっちが良いですか?」
「その2つあんの?割と本格的なの出してんな、図書館なのに。」
「ふふ。此処のコーヒーは、結構美味しいんですよ。紅茶も美味しいですけど。」
「へえ。俺こんなでかい図書館来ねえから知らなかったぜ・・・と、ほい。」
「え?」
「春日用に買った奴。取り合えず1個はそれな。」

そう言って丸井が出してきたドーナツは、濃いピンクのチョコレートがかかっているココア生地のドーナツだった。

「これは・・・苺・・・じゃなくて、」
「ラズベリーの方。で、生地の中にガナッシュ入ってるって。」
「わあ・・・すごい、凝ってますね。」
「甘そうだろい?」

こういうのが欲しかったんだろ、と言いたげな丸井の笑みに、紫希はちょっと顔を赤くした。

「・・・私、そんなに物欲しそうな声してたでしょうか・・・」
「してたしてた。もう疲れきってて、燃料が足りません、って声してたぜい?」
「すいません、お恥ずかしいです・・・あ、」

一口齧って、思わず言葉を切った。

「美味しい・・・」
「お。気に入った?」
「はい、凄く。有難うございます丸井君、なんというか・・・・とっても好きな味です。」

もう一口齧ると、今度は驚きより美味しさが先に立ってより美味しい。
疲れも相まって、いつになく綻ぶ紫希の顔を見て、丸井は何とも言えない満足感のようなものが胸に広がるのを感じた。

「・・・俺も。」
「え?」
「好きな味。」

丸井も今日試食で色々と食べたけれど、新作で一番気に入ったのはこれだった。
甘そうだったから、なんて言ったけどあれは嘘というより、理由の半分でしかない。もう半分は、自分が気に入ったこれを紫希も気に入るかどうか知りたかったからだ。

自分の好きな物を誰かも好きだって言ってくれるのは、こんなに嬉しい事だったろうか。
カフェオレが甘くなくて、甘いドーナツに合う事すらもなんだか嬉しい。

だから。

「冬はヘーゼルナッツが出るらしいぜ?」
「あ、美味しそうですね。」
「おう。またな。」
「また・・・」
「一緒に食うだろい?」

だろ、とか語尾に付けているけど、丸井の中ではもう半分決定事項みたいなものである。

やりたいから、やる。
それだけのシンプルな話。

「冬になったら、ホットのラテの方シクヨロ♪」
「はい、勿論です。でもあの、それはそれとしてドーナツ代は、」
「え、要らねえ。」
「ええええ、もう・・・・・」



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