Rest 2

「だからね、フォアハンドはこうやって・・・」
「じゃあバックの時はー?」
「バックの時は、こっちから来られるとこの位置じゃ打てないよ。先ずは位置をこっちにずらして、それからーーー」

「・・・・・・」

いかにちびっ子たちといえど、テニススクールの生徒というだけのことはある。
千百合より断然テニスに詳しい。

皆熱心に幸村にくっついて、色んな事を聞いている。
千百合は話に入れない。千百合の分かるレベルの話じゃないからだ。

「ええと・・・黒崎、千百合ちゃんだったかな。」
「?」
「どうぞ。お茶を入れたから。」
「ああ。どうも。」

ベンチに座ってぼーっと見ていた千百合に、コーチはお茶を入れてくれた。
冷たくて美味い。
中は涼しいのに、外が暑いと冷たいものが欲しくなるのは何故なのだろう。

「ごめんね、暇だろう?」
「ん?ああいえ。まあ、やる事ないっていえばないですけど。」
「ご、ごめんね・・・」
「いやでも、暇はしてないんで。」
「え?」
「見てるのも、まあまあ楽しいし。」
「・・・そう?」
「はい。」

それこそ、こんな機会でもないと、ちびっ子の指導する幸村なんて見られないし。

部活の仲間に対してとはまた違う態度で、あからさまに手加減している幸村を見るのは新鮮そのもの。
まあ、そうしなければ子供達がイップスで参ってしまうというのもあるだろうが。

呑気にお茶を啜っていると、隣のコーチがふと遠くの方をじっと見ていた。

「彼奴、また・・・」
「?」
「ああいや、気にしないでくれ。」
「でも、客的なものじゃないんですか。」

視線の先には、多分高校生くらいであろう少年が窓から覗いている。
ウェアとラケットバッグで、テニスプレイヤーである事はすぐに分かる。
高校生なのに、中学生以上対象のこのスクールの周りをうろついているのも、変と言えば変な話だが。

「彼奴は違うんだよ。何というか、その・・・ま、勘違いした少年だ。自分が偉いと思ってる。」
「???え、ここにちびしか居ないから、的な事ですか。」
「いや、その・・・ううん・・・まあ一般の人に内部事情を話すのも気が引けるんだが、実は今、うちのスクールは売れと交渉を持ちかけられていてね。」
「えっ。」
「この施設を丸々売ってほしいと持ちかけてきた男が居るんだよ。自分の方が上手く教えられる、コーチとして上だからと言ってね。まあ、私は売る気もないし、コーチ業をやりたいのなら他所で存分にどうぞ、という感じなんだが・・・まあしつこくて。」
「へー。」
「で、あの少年はそいつの息子なんだ。自分の父親の方が偉いから、こっちに何しても良いと思ってるんだな。まあ確かに、テニスの成績という意味では、あっちに軍配が上がるんだが。」
「ほおん・・・・」

しかしそうは言っても、テニスの実力と人に教える力が正比例しないことを、千百合はよーく知っている。
もし比例するのなら、真田と桑原を並べた時、真田の方が桑原の数倍指導上手ということになってしまう。

まあ、持ち主が売らないと言ってるから。
日本の法律的に、売らないと所有者が言ってるものを、無理やり取り上げる事は出来ないので。

そう思い気楽にしていると、少年は窓から見える範囲から消えて、横に逸れた。

あの方向は、入ってくるな。と、千百合もコーチも思った。

そして僅かに数分後、はたして入口から、知らない少年が顔を覗かせた。

「どうも、コーチ。」
「どうも。というか、また来たのか。いい加減にしなさい、君は高校生だろう。此処は小学生までだ。」
「まあまあ。もうすぐ俺のとこの経営になるんだし、固い事言わないで・・・っていうか、中学生入ってね?」
「彼らは私が呼んだんだ。招かれざる客の君とは違うよ。」
「お、随分じゃん。俺は招かれてなくて、こんなちんちくりんどもはお客様ってわけ?」

今、あからさまに千百合を見て少年は言った。
別に自分がいけてる女子だと思ってるわけじゃないが、こんないけ好かない男から、ちんちくりんなどと言われる筋合いはない。

だが、うるせえ誰がちんちくりんだ、と口に出しそうになったのを、千百合はぐっと堪えた。
幸村に聞こえたら、えらい事である。自分じゃなくて、この高校生が。

「こんにちは。」
「ん?ああ、おう。」
「コーチ、この人は?」
「ああいや、幸村君は気にしないでくれ。すぐに出て行ってもらうから。」

ぴく、と高校生の眉が動いた。

「お前、幸村精市か?」
「はい。俺をご存じですか?」

く、と千百合はちょっと腹筋に力を入れた。
幸村が親しくもない年上に向かって俺、という時は、尊敬に足りえないと判断された時である。

「もちろん!中学1年生にして、立海中等部テニス部のS1を務める男だ。まあ、全国では何故かS3だったが・・・怪我でもしたか?ん?」
「げほっ。」
「あん?」
「ただの咳。」

千百合は笑いそうになるのを抑えるのに必死である。

怪我したんじゃない。
怪我させるのだ。こっちが。
むしろただの怪我なら良い方だろう。基本的には直るんだから。

しかし幸村は、全く別の事を考えていた。

今の発言から、何か侮蔑というか・・・幸村を下に見るようなニュアンスを感じたのだ。

好都合。

「一応念押しをしますが。」
「は?」
「コーチは先ほどから、出ていくように促していますが。出て行かないんですか?」
「まあ、俺の物になる予定だしなー。ここ。」
「・・・なるほど。」

今のなるほど、は勿論、納得しましたのなるほどではない。
なるほど、そういう話の流れね、という了解である。

「それでは、俺と勝負をしませんか?」
「へ?」
「俺と、勝負しましょう。今ここで。テニスで。」
「・・・・はあ?」
「俺は、あなたに出て行って欲しいんです。ですが、そっちにはその気はないのは良く分かりました。となるともう、無理にでも出て行ってもらうしかないので。」

少年は、いらつきを感じた。
誰がどう見ても、幸村は勝つ気で勝負を持ちかけている。

「お前ね・・・いくら強いって言ったって、中学生が高校生にかなうと思ってるのか?」
「ふふ。まあ、敵う敵わない以前の問題ですから。」
「あ?」
「やらないといけない勝負、というのがあるんですよ。」
「・・・!ははあ、なるほどね。僕のコーチを困らせる奴は許せない、的な事ね。」
「・・・ええ、まあ。」

それが4割くらい。

6割は、人の彼女に向かってちんちくりんとか言ってくれたお返しである。

「でも精市、」
「大丈夫だよ。大丈夫。ちゃんと・・・うん、ちゃんとするから。」
「ちゃんと?」
「こちらの話です。本当に、内輪の話なのでお気になさらず。」

だって、ちゃんと手加減してやらないと。
ちびっこのトラウマになっちゃうもん。

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