Outing 5
「それでだ、その時のイギリス文学というのは・・・」
「はい。」

「景吾様。そろそろ到着なさいますので。」

「良い所で・・・まあ仕方ない。続きは又いずれ教えてやる。」
「はい!それまでに勉強しておきます。」
「ああ。おい、お前ら!立海に到着するぞ、準備をしろ!」

「えー!待って、まだLINEの交換してないよ!がっくん、ふるふるして!ふるふる!」
「ちょっと待て、フルフル使った事ねーんだよ!」
「ねーねー、皆のもー!可憐たんしか登録してないよー!おっしー!まあちゃん!」

「おっしーて俺?」
「そうでしょうねw」
「あら良いじゃない、おっしー?」
「止めてや茉奈花ちゃんまで。」
「おっしー・・・!」
「可憐ちゃん?普通にしといて?」

「ほら宍戸、あんたも早く。」
「俺もかよ!」
「私は別にどうでも良いけど、紀伊梨から逃げられると思わない方が良いわよ。」
「マジかよ・・・」

「あ、あの・・・」
「アーン?何だ?」
「えと、あの、えー・・・」

LINEとか聞いて失礼にならないだろうか、なんて紫希がおろおろ考えていると、紀伊梨が後ろから飛びついてきた。

「いぇーい!」
「紀伊梨ちゃん!」
「あとべー!LINE教えてー!」
「俺様に向かってそんな頭の悪い呼び方する奴に、教えてやる連絡先はねえ。」
「えー!じゃ、なんて呼んだら良いのさー!」
「跡部様。」
「・・・べ様!」
「お前だけパラシュートでダイブするか?アーン?」
「こっちのが綽名っぽいじゃーん!」
「あ、あの!悪気は無いんです、紀伊梨ちゃんなりに仲良くしたいと思っての事でして、あの・・・」

俄かに騒がしくなる機内。
立海屋上迄、後少し。

「あ!そうです、可憐ちゃん。」
「?何かな、紫希ちゃんっ!」
「・・・あの、やっぱり要らないって言われるかもしれないんですが・・・」
「?」







「うっそだろい・・・」
「マジだったのか・・・」

あぜーん、な顔で呟く丸井と桑原。

今、テニス部の位置からでも確かに視認出来る。
此処、立海に向かってくるヘリコプターの姿。

「幸村、その・・・お前を疑うわけではないが、本当にあれに彼奴らが乗っているのだな?」
「弦一郎の言う事も分かるよ。でも、千百合はこういう冗談は言わないから、乗っているんだと思う。」
「高度、方向、速度からしても、立海を目指している確率97.402%だ。」
「本物のヘリコプターか。初めてお目にかかるぜよ。」

バラバラバラバラ・・・というヘリ独特の音は近づいてくるばかりだ。

もう今は練習も片づけも終わり、皆制服姿。
迎えに行きたいとか、こんな機会滅多にないしとか、経緯が気になってこのまま帰るなんて出来ないとか、各々の考えを抱きながら一同は1号館屋上を目指す。

普段は鍵がかかっている、あの屋上。
ヘリポートのある場所だ。

「仁王、本当に職員室に行かなくて良いのかい?」
「任せんしゃい。」

当たり前みたいな顔をして安全ピンを取り出す仁王に、最早誰も何も言えない。

「お前その気になったら、人のロッカーでも開けられそうで怖えぜ。」
「・・・・・」
「おい、返事しろよい。」
「ピヨ。」
「おい!」
「まさか仁王、貴様・・・!」
「弦一郎、むやみに人を疑うのは良くないよ。」
「む・・・」
(むやみじゃないよな?根拠があるよな?)
(桑原、正論だが今真田を刺激しない方が良い)

否定して欲しいポイントに限って否定してくれない立海のイリュージョニスト様は、素知らぬ顔をして屋上への鍵を開けた。

「わ、ぷっ!」
「すごい風だね。」

ヘリと言うのは動いている限り、周りに風を巻き起こす。
機体はもう、すぐ其処まで来ていて、一同の目の前で段々羽の速度を落とし、やがてアイドリング状態になった。

浮かび続ける機体の入口が、ガチャ。と開く。

「たーだいまー!!!」

「「「「「「五十嵐!」」」」」」

能天気そのものの明るい声と共に、笑顔の紀伊梨がぴょんと飛び下りてきた。
その姿に、一同は安堵の溜息を吐く。良かった。元気そうだ。

「五十嵐。」
「ゆっきー!皆!ただいまー!」
「お前達、本当にヘリで帰って来たのかよ・・・」
「うん!面白かったよー、桑ちゃんも乗る?お願いしたら、多分乗せてくれるよ!」
「いや、遠慮する・・・」

「ちょっと、紀伊梨!」

パッ!と、考える前に幸村の顔はそっちへ動いた。
聞きたかった声。見たかった顔。
千百合は、紀伊梨が機内に忘れたハンカチを片手にヘリから降りた。

「忘れ物するなって言ってるでしょ!」
「あ!ごめーん!」
「ごめーん、じゃない!下りる前に、ちゃんとーーー」

続きは言えなかった。

気が付いたら、幸村の腕の中に居たから。

(・・・・え?)

千百合には何がどうなってるのかさっぱり分からなかった。
幸村の右腕が頭を抱え込んでいる所為で、立海ブレザーの緑色しか視界に映って来ない。
左腕に腰を捕まえられているから、身動きも取れないし。

そのくせ、自分を拘束しているのが幸村だから、抵抗する気も無くなってしまうのだ。

「ほう。真田でも何かから目を背ける事があるのだな。」
「柳、何故お前は直視して居られるのだ・・・!」
「見てる方が恥ずかしいっちゅうんはこういう事じゃな。」
「全くだろい・・・」
「いやー、ラブラブですなあ!」


「わ、わ、わ、わ、わ、」
「きゃあ、ロマンチック!良いなあ〜!」

(あ、あの人、恋人さんなのかなっ!?そうだよね、そうだよね!?す、凄いなあ千百合ちゃん、大人っぽい・・・!)

可憐が真っ赤になる傍ら、網代は羨ましそうに眼を輝かせている。

「男性陣は免疫無いですなあw跡部君以外皆赤いじゃんw」
「アーン?情けねえな、お前ら。」
「クソクソ、うっせーよ!」
「逆に自分、なんでそない平然としてられんねん・・・」
「我々、慣れてますからw」
「・・・なあ。彼奴、好きな奴が居るんじゃ・・・」
「?ええ、そうですよ。彼が千百合ちゃんとお付き合いしてらっしゃる幸村君です。」

(好きな人ってそっちかよ・・・!)

なら最初からそう言ってくれれば良いのに。
心配して貰えたら良いな!なんて気分で見守っていた自分が馬鹿みたいではないか。



皆が何か言ってるけれど、自分の頭に血液がガーッと回る音で、千百合には何も聞こえない。
ごめんね、今何か聞いてる余裕とかないの、と千百合が内心で言い訳していると、見透かすかのように幸村の唇が千百合の耳元に降りてきた。

「良かった・・・」

その囁きが甘くて。
そして不安の色も滲ませているから、千百合の体から力が抜ける。

それと同時に幸村の腕に尚更力が入って、もうこれ以上近づけないと思うくらい近くなる。

「お帰り、千百合。」
「・・・ただいま、精市。」

心配されていたのだろう。
いや、自分だって逆の立場だったら心配で堪らない。

電車で2時間か其処らの所へ小旅行に言ったと思ったら、理由も満足に説明されない状態で、「ヘリで帰るから」とか言われた日には。
どんなに「大丈夫」と言ったって、大丈夫だなんて思えまい。

心配かけてごめんね。と。ただ今帰りました。
それから、大好き、を籠めて千百合がそっと背中に手を回すと、幸村はもう一度「お帰り」と囁いたのだった。


「堂々としてるな、幸村は・・・」
「なー。・・・あ。」
「え?あ、おいブン太!・・・行っちまった。」
「彼奴もマメじゃな。」


「大丈夫w俺先降りようかw」
「だ、大丈夫です!ただ、ちょっとこれが・・・」

紫希は難儀していた。
アイドリング状態故に、機体の床から地上までは幾分高さがある。自分一人ならなんとか降りられるが、これ。
東京バナナが邪魔をするのだ。

それなりに重いし嵩張るし、しかし怖いからなるべく両手を開けた状態で降りたいもので。
棗に任せようにも、棗は棗で同じように土産を持っているのだ。

(もうこの際、両手に荷物で良いですから、飛び降りてしまいましょうか・・・)

「おい!」

「え?」

顔を上げて目が合うと、丸井はニッと笑った。
来たぞウィザード、と棗が背後で呟いたのを紫希は知らない。

「それ貸せよ!降りるのに邪魔だろい?」
「えっ!あ、う・・・す、すみません・・・」

正直、助かる。
紫希はなるべくゆっくり、丸井に左手の紙袋を投げた。

「よ、と。良し、そっちも!」
「え!あ、う、」
「甘えなよw」
「・・・お、お願いします!」

右手の袋も投げた。
これで両手がフリー。

「よ!良し。はい!」
「へ?」
「ん。」

そう言って両手を伸ばす丸井。
ん、って何が、ん、なのだろう。

「手。」
「手・・・?」
「貸すから降りろってさw」
「え、ええ!?」

そんな申し訳ない。一人でもちょっと怖いのを我慢すれば降りられるし。
そう思うが、同時に後がつかえてるし、早くしないと飛ばしてくれてる跡部に迷惑がかかる。ぐずぐずしていられない。

(で、ですけど、手って・・・)

どうしたら良いんだろうか。
伸ばしたら良いんだろうか。
というか、中学生にもなって男子の手を取るとか緊張するのだが。

でも。

「ほら。」

そう言って微笑みを向けられると、どうしてこんなに安心してしまうのだろうか。
紫希は屈んだ姿勢で、ゆっくり両手を伸ばした。

「よっ!」
「あ、わ!」

手を取られた、と思ったら、次の瞬間にはもう足が屋上の床に着いていた。
少し前につんのめった所為で、見上げた丸井の笑顔が結構近い。

「お帰り!」
「た・・・ただいま帰りました・・・」


「嘘だろ・・・・」
「む?どうした、桑原?」
「ブン太が土産物を置いておくなんて・・・!」

桑原の知っている丸井ブン太は、食べ物を持たせたら原則それを手放さない男である。
なのに今丸井は受け取った紙袋を、手に提げておくのではなくて完全に床に置いて紫希に手を貸している。

「明日は雪だ・・・」
「えっ!雪?雪が降るの?こんなにあったかいのに?」
「桑原の方が日本語に堪能だな。」
「たん「堪能ってなあに、とお前は言う。」バレテたかー!」


「あの2人も、恋人同士なのかしら?」
「いーえw今は単に魔法使いと女の子の友情ですねw」
「お前らの学校カップル率高そーだな。」
「がっくん、残念ながらそのセリフは俺のものだ、よっ!」

そうじゃなければ、今日の怒涛の八つ当たりラッシュに説明がつかないではないか。
言いながら棗はひらっとヘリから飛び降りた。

そうして棗が振り向いた時には、ヘリはもう高度を上げ始めていた。

可憐は手摺に捕まりながら(本人は気づいていないが忍足と向日に服も引っ張られている)顔を入口から覗かせる。
バラバラバラ、のヘリの鳴き声に負けない様に、大声で。

「紫希ちゃん!紀伊梨ちゃん!千百合ちゃん!棗君!今日は有難うっ!」

「可憐たーん!楽しかったよー!」
「此方こそ有難う御座います!」
「気を付けて帰んのよ!」
「次はお父さんに言い聞かせといてよー!」
「「「お父さん?」」」
「後でねw」


「お父さん?」
「棗君、何言ってるんだろう?」
「お前父親の話でもしたのか?」
「ううん。」

?な顔の桐生と向日と宍戸の後ろで、忍足はハイパー真顔モードである。

「ふふふっ。顔が怖いわよ、お父さん?」
「余裕がねえな。そんなんじゃ威厳が保てねえってもんだぜ?父親なんだろ、アーン?」
「あんなあ・・・ああもう。」

微妙な気分の忍足を他所に、可憐は機嫌良く手を振っていた。

またね。
またね。

新しい、友人よ。

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