Local 1
その頃、黒崎家の食卓には幸村が言ったメニューそのままの料理が乗っかっていた。
「美味しい!美味しいよ紫希ちゃん!」
「ああ良かった・・・」
ホッと胸を撫で下ろす紫希。
何度迎えてもこの瞬間は慣れない。
「ん〜〜〜!これこれ、これが食べたかったんだよー!」
「何かその言い方だとおふくろの味っぽく聞こえるw」
「でも、紫希のご飯の味っていうのはある気がする。」
もう数年に渡って慣れ親しんでいる味である。
ある意味ではお袋の味とちょっと似通った所があるのかもしれない。
「凄いなあ・・・紫希ちゃんをお嫁さんに貰う人は、とっても幸せだねっ!こんな美味しいご飯が毎日食べられて!」
「いえ本当にそんな、大層なものでは、」
「そんな事ないよー!これならどんな男の子でもイチコロですぜ、おじょーさん?」
「・・・・・」
「何よ兄貴、その顔。」
「いいえ何でもw」
確かに料理のスキルというのは、恋愛においてアピールポイントになり得る。
しかし相手の方も料理上手だった場合でも、それは有効なのだろうかとか、つい考えてしまうのだ。
(でも、本当に美味しいなあ。)
紫希は謙遜しがちなだけだ、と可憐は思う。
良いお嫁さんになると言うのはお世辞ではなく本心だし、将来紫希の旦那さんになる人も、料理の上手い奥さんが居て嬉しかろう。
(私なんて全然だもんね、というか上手いとか下手とか以前に、測り間違えたりとか調味料取り違えたりとか、そういうのを失くしていかないと・・・)
純然たる手際の問題で躓きがちな可憐としては、女の子として是非あやかりたい、と思う。
確かにドジだが、自分だって何時かは誰かと恋に落ちて、手料理の一つも振舞ってあげたい。
好物をリサーチしたりして、このポテトサラダみたいに付け合せは何が良いか、とか考えて、何回も味見してみたりして。
上手く行ったら笑ってくれて、有難う、美味しいで、なんて言ってくれたりとか。
・・・ん?
「・・・・!?きゅっ、げほ!ごほ、ごほ!」
「おおう!?どうした可憐たん!」
「いかん、水だ水w」
「大丈夫ですか!?」
「ほら、飲んで。」
咽た時にカレーは辛い。
どうにか水を飲み込むと、一気に喉が通った感じがした。
「はあー・・・」
「吃驚したわあw」
「苦しくなーい?」
「うん、ごめんね・・・」
「どうしたの、急に。」
「な、なんでもっ!なんでもないよっ!」
ブンブンと首を横に振る可憐。
「えー?なんか怪しい感じがしますぞ!」
「しないよ、しないっ!本当だって!」
「そーかなー?」
「まあまあ、本人が何もないと仰ってるんですから。」
まさか言えるわけがない。
手料理を振舞う憧れに思いを馳せていたら、友人の顔がナチュラルに浮かんで動揺しました、なんて。
(どうして忍足君の事考えちゃったんだろう・・・やっぱり、一番仲の良い男の子だからかなあ?)
でも、そうだとしてもこれはいけないと思う。
忍足はきっと網代が好きなのだろうから、
自分の・・・というか他の女の子の妄想に引っ張り出されるなんて、本人は勿論網代も良い気はするまい。
「んぐ・・・そーいえばさー!可憐たんって、お菓子とか得意だったりしない?」
「私?作った事あんまりないけど、どうしてっ?」
「私のイメージだけど、マネージャーさんって、皆料理超得意な感じ!差し入れしたりとか!」
「あ、そういう事だねっ。」
「差し入れは業務外なんじゃないの。」
「あ、でも合宿なんかでマネージャーさんがご飯作ったりとか・・・しません?」
「それもイメージな気がw」
「うーん・・・」
可憐も中学から始めたから、あまり他校の事とか、「普通は」というのがどういうものか分からない。
「・・・でも、取り敢えず氷帝はお料理とかしないかなっ!」
「そーなの?」
「食堂に言えば、何でも出て来るからねっ!」
「あー。」
「そういう事ですか・・・」
「相変わらず規格外だな。」
「良いなー!」
勿論あまり遅くなって食堂が閉まったら話は別だが、そうでない限り食堂に言えば何でも人数分用意してくれる。
合宿もスケジュールの話は既に始まっているが、やっぱり跡部お抱えの施設になるので、なんでも何不自由なく揃う。
「だから差し入れしてくれる人達もいっぱい居るけど、それはやっぱり誰かのファンだったりっていう理由かなっ!純粋に部全体の事だけ考えてる人は、多分食堂に言った方が早いって思うし。」
「それもえげつないなw」
「差し入れ=ファンです宣言か。なかなかね。」
人数も人数だし、設備の整い具合もあって、全員に何か振舞うと言うのは氷帝ではかなりハードルが高い。
だから差し入れというのは皆何らかの個人的な理由があっての事で、それ故に言い訳が効かない。
「逆に立海って、差し入れとかはどんな感じ?テニス部強いし、皆から人気あるんじゃないかなって思ってたんだけど・・・」
「凄いよ!こないだもレギュラー決めの後会いに行ったら、もーー人がたーーっくさん!みーんなお菓子とか持ってたよね?」
「ええ、持ってましたね。」
「別に見るだけ会うだけなら手ぶらで良いと思うけど。面倒だし。」
「でも持ってきてる人が他に居るからなあw其処で比較されたくないなっていう心理は働くでしょw」
確かに手ぶらでも構わないのだが、手ぶらである事に対して劣等感を抱かないで居られるか、というのは又別の話なのである。
「そういう意味ではお前は甘え過ぎだよw」
「はあ?何が。」
「お前は手ぶらだろうとなんだろうと、幸村が気にしないって分かってるからそんな安穏として居られるんだってw片思いだったら多分もっと色々必死になるわw」
「・・・別に、そういうつもりじゃ。」
「あんのんってなーにー?」
「安らかで穏やかと書いて、安穏と読むんです。そういう落ち着いた気持ちの事です。」
(そっか。千百合ちゃんって、もう恋人さんが居るんだもんね・・・)
差し入れがアピールになるかな、と思っている女の子達とは、そもそもの立場からして違うのだ。
アピールなんてしなくて良い。自分を見て貰いたいと取り立てて願わなくても、相手は何時も自分を見てくれる。
恋人とはつまり、そういうポジションなのである。
「凄いなあ・・・」
「何がー?」
「あ、ううん!恋人って、やっぱり特別な存在なんだなあ、って。なんかしみじみしちゃったっ!」
「分かるー!特別な事がいっぱいあるなーーって思うよね!」
「ねっ!そうだよねっ!」
「紀伊梨まで・・・」
今迄、可憐は自分のみならず周りにも、所謂お付き合いをしている人というのは居なかった。
だからこうして、千百合という実際恋人が居る存在が目の前に現れて、可憐は初めて「お付き合い」とは具体的にどういう事なのか?を考える機会に触れたのだった。
(でもやっぱり、俺は甘え過ぎだと思うけどねー・・・)
可憐から羨望の眼差しを向けられて、ドギマギする妹を棗は見つめる。
「棗君、どうしました?」
紫希がそっと尋ねる。
「ん?あー、いやw」
「・・・千百合ちゃんは甘えてる、と思ってます?」
先日も仰ってましたね、という紫希は、本当に人の話を良く聞き、良く覚えていると思う。
人の話は。自分が褒められた事は直ぐ忘れるが。
「まあねw」
「ふふふ・・・でも、棗君はもう少し、幸村君の気持ちも汲んであげて良いんじゃないでしょうか。」
「なーに?彼女が好きだって気持ち?」
「違います。幸村君は、千百合ちゃんに沢山甘えて欲しいんですよ。普通の彼女よりも、沢山沢山です。」
「知ってるよwでもね・・・」
「それだけじゃありません。幸村君は、棗君にも甘えて欲しいんですよ。」
棗は吃驚した顔をした。
聡い棗には世にも稀な表情で、紫希は少し笑ってしまった。
「・・・そんな事ってなくない?」
「ありますよ。棗君、自分の事を兄だからと仰ってますけど、幸村君だって同じです。幸村君にとって棗君は大切な親友ですけれど、それと同時に大切な恋人の兄なんですよ。それをお忘れではないですか?」
それを言われると棗とてもちょっと詰まる。
「・・・確かに考えた事無かったけど。」
「なら、今度から考えてみて下さい。」
ちょっとそれは考えるのに勇気が要る注文ですね、なんて思いながら棗は、もうカレーの乗っていないスプーンを咥えたのだった。
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