Daily conduct 1
「何を考えているんですか!!!!」
正に雷が落ちたかのような、ピシャ!とした真田の叱咤。
可哀想に、2年生の前島は年下に怒鳴られてもう泣きそうである。
「あれ程言ったでしょう!前島先輩は前後の動きが弱いのですから、克服出来るまではダブルスはパートナーにフォローして貰うようにと!先輩もそれで納得ずくではなかったのですか!!」
「で、でも・・・あれから練習したし、俺だって出来ると・・・」
「出来る出来ると気持ちばかり先走った結果はどうですか!観音寺先輩は貴方の所為で怪我をしたんですよ!」
真田に怒られている前島は、本日ダブルスでのラリー練習だった。
彼は縦の動きが苦手なのだが、練習もそれなりにしたし、もう1人でも大丈夫・・・そう過信し、力み過ぎて妙な動きになった結果、パートナーの動きを妨害してしまい相手が怪我してしまったのだった。
幸い怪我は大した事はなかったし、怪我した観音寺本人も気にしていないとはいえ、非があるのはどう見ても前島の方。
それは分かっているけど。
「お、おい、そろそろ止めに入らないとまずいんじゃないか・・・」
「んな事言ったって、アレに割って入れんのは幸村君か柳くらいのもんだろい。」
此処で上級生の名前が一切上がらない辺りに、偶々丸井と桑原の会話を聞いていた2、3年は情けなくて顔が上げられない。
しょうがないじゃないか、怖いんだもん。
「プリッ。まあ、ある程度の所でどっちかが割って入るじゃろ。」
「多分な。おしジャッカル、ストロークしようぜ!」
「良いのかよ・・・」
仁王の言う通り、ひと段落したら幸村か柳かどちらかが多分制止に入るだろう。
だがそれまでは聞いているこっちも怖いから、なるべく早く止めてね・・・・という視線を一身に浴びながら、幸村と柳は涼しい顔で会話していた。
「今日も元気だね、弦一郎は。」
「そうだな。・・・しかし今日は何時もに比べて、気合が入っていると言うかやけに熱が入ってるように見えるが。」
「うん、何かあったようだね。部活の事かそれ以外かは分からないけれど。まあ取り敢えず、そろそろ止めさせようか。」
そろそろ休憩にしようか、とでも言ってるような穏やかさでスタスタと近づいて行く幸村。
穏やかである事と肝が太い事は矛盾しないという良い例である。
「そもそもあの場面は無理して後ろに下がる必要などーーー」
「弦一郎。」
「・・・幸村、なんだ。」
「その辺で良いんじゃないかな。大した事なかったとはいえ怪我は怪我だから、先輩ももうこんな事はしないと思うし。」
「しかし・・・」
「それに、不注意で怪我させてしまった事と、テニスのアドバイスは違うからね。この場面でこういう動きはすべきじゃなかったとか、そういう話は又別だよ。それはそれだから、叱る事じゃない。そうだろう?」
「だが!・・・そう、か。そうだな。」
おお。
とそこかしこから呟きが聞こえたのは幻聴ではあるまい。
さながら猛獣使いだ。
「先輩も、もうお分かりになったでしょう?今度から、こんな事の無いように。」
「ああ・・・本当にすまない、真田。幸村。俺が悪かったんだ・・・少し練習して慣れたからって、出来ると思い込んでいい気になって・・・」
「もう、良いですから。僕達の事より、観音寺先輩と蟠りの無いようにして下さい。先程向こうも気にしていないと仰っていましたから、大丈夫だろうとは思いますが。」
「ああ、謝りに行ってくる。本当に悪かった。」
深く頭を下げると、前島は保健室方向に向かって行った。
その背を見送りながら、真田は静かに嘆息する。
「それで?どうしたんだい?」
「む、何の話だ?」
「俺の前でとぼけられると思わない方が良いよ、弦一郎。何かあったんだろう?虫の居所が悪くなるような事が。」
「・・・敵わんな、お前には。」
所謂身内の恥だから出来れば誰にも言いたくはなかったが、この幼馴染は昔から真田の事はお見通しである。
真田の方は幸村の事をお見通し、とは言い切れないのがちょっと情けないが。
「実は朝から少々家で諍いがあってな。」
「喧嘩?弦一郎が家族とかい?」
「ほう。興味深い話だな。」
「柳・・・」
聞いてる人数増えたじゃないか、と思いつつこの2人に捕まると逃れられない事を真田も知っている。
「真田は、同級生同士で行き違う事はあっても家族間でいざこざがあるようには見えないのだが。」
「見えない、じゃないんだ柳。実際そんな事、今迄ほぼなかったさ。一体、誰とどうやって?」
真田の家族を全員頭に浮かべても、喧嘩になりそうな人間にとんと思い当たらない。
基本的に真田は問題を起こさないし、年長者の言う事は素直に聞くし敬うし。
「・・・甥だ。」
「「甥?」」
「なーんだ、チビの売り言葉真面に買ったのかよ。」
丸井の声が割って入ってきた。
その呑気なトーンが、ささくれがちな真田の神経を逆撫でする。
「やあ、お疲れ丸井。桑原に仁王も。」
「ああ。」
「怒鳴っとったのう、真田。もう休憩時間ぜよ。」
「喧しい!・・・大体、売り言葉とはなんだ!」
「いや、お前の事だから子供に言われた事いちいち本気にしてカッとなって喧嘩とか、そんな所かと思って。違う?」
「・・・・・」
合ってる。
見てたのかと思うほど合ってる。
「ジャッカルに聞いたけど、4つなんだろ?しょうがねえって、その位の年っつったら1番我儘で1番イヤイヤ言う時期なんだから。」
「へえ。そうなのかい?」
「おう。飯準備されるのも、決まった時間に寝るのも、服のボタン親が留めるのも全部気に入らないからな。」
「何だそれは・・・!」
「兎に角、人の言う事聞くのが嫌なんだよ。言葉は覚えるのに意味は良く分かってねえから、大嫌いとかどっか行けとか平気で言うし。」
ゲンイチローなんか嫌いだ!
あっち行けー!
「・・・丸井貴様、本当に何処かで見ていたわけではないだろうな!」
「見るわけねえだろい!」
「でも確かに、ブン太の弟が4つの時も大変そうだったな。」
「ピヨ。苦労するのう。うちはそういうのはなかったが。」
「ふむ。俺は姉しか居ないから、分からない事だな。」
「性別も多少は関係するんじゃないかな?俺の所は妹だから、我儘と言うより口が回るようになってそれなりに苦労したよ。」
男のイヤイヤ期というのはぐずって喚いて叩いたり物を投げたりという方向に話が進みがちだが、女は女でこの時期男より物覚えが早いので、生意気というか口が達者というかああ言えばこう言うという方向になりがちだ。
いずれにしろ周りは忍耐を要求される事になる。
「ま!だから言葉通りに受け取ったってこっちがイライラするだけだぜ?言ってる事そのものより思ってる事の方に目を向けてやって、多少の暴言はハイハイっつって流せるようにしねえと。」
「・・・・・・・・」
(弦一郎の苦手分野だね)
丸井の要求は、真田の性格の真逆を行く。
暴言だろうがなんだろうがいちいち真面目に受け取らないと気持ちが悪い真田にとって、語彙が育ちきらない幼児は正に天敵。
あれがやりたい、此れが食べたい、寝たい、お腹空いた、今日はこの服の気分じゃない、そのおもちゃまだ片づけないで、構って、構わないで、褒めて、怒らないで、嬉しい、悲しい、ムカつく、楽しい。
それら全部、イヤ!に籠っているのである。
なまじ4才と言うと、普通に普通の時は真面に喋れるものだから尚始末が悪い。
平常時は言った事を言葉通りに受け取ってね、でも怒ってる時言う暴言は本気じゃない事が多いからどんな酷い事言ってもスルーして許してね、って。
お前はヒステリー持ちの恋人かなんかか、と問いたくなるような存在、それが4歳児。
ヒステリー持ちの恋人ならまだ良い。別れてそうじゃない人を探せばそれで済むのだから。
しかし身内の子供となるとそうはいかない。
嫌になったら縁を切ってさようならなんて、そんな風にはいかない。色んな意味で。
「まあ、良いじゃないか。どうやったら良いかはこれで分かったんだし、今日は早めに終わるから家に帰って仲直りすれば・・・」
「・・・いや、出来んのだ。一時帰省しているだけだからな、今日の昼にはもう家を出ている。」
「あ・・・」
そうだった、同居しているわけではないと昨日桑原は聞いていた。
「大丈夫だよ、弦一郎。俺達には文明の利器があるじゃないか。電話でもなんでも、離れていても思っている事を伝える手段はあるよ。」
「ああ。イヤイヤ期というのなら、周りも事情は分かっている事だろう。」
「夜にでも時間を見て電話したらどうじゃ。その頃には頭も冷えとるじゃろ。」
「・・・しかし、ともすると朝の繰り返しになるのでは、」
「大丈夫だって!言葉通り受け取るなって言ったろい?チビの方だって、本気でお前の事嫌いなわけじゃねえんだから、な?」
丸井がウインクして笑った。
きっと大丈夫。
仲直りしたいのは、お互い様の筈だ。
「・・・ああ。」
腹を括って呟く真田を、5月の日差しが照りつける。
ああ、暑い。
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