Schema


本日の紫希の昼休みは読書タイム。
千百合は、少し一人で考えたい事があるから、と言って昼になったら直ぐに出て行った。
だから教室で他のクラスの友人と昼食を食べたら、真っ直ぐ図書室へと足を運んだ。

図書委員ではないが、紫希は図書室の常連なので、貸し出しと返却は早くも慣れた物である。
借りていた本を返したら、早速次に借りる本を物色する。

(ええと・・・これと、あ。上下巻なんですね。下巻はこれで・・・番外編?何処にあるんでしょうか?)

別冊を探そうと顔を上げると、図書室に見知った顔が入ってきた。

「・・・あ。」
「ん?ああ、春日か。」

桑原である。
図書室で顔を見るとは思わなかった。

「こんにちは。珍しいですね、図書室でお会いするのは。」
「ああ。俺は普段来ないからな・・・春日。」
「はい?」
「それ、読むのか?」
「?ええ。」

指を4本揃えた位の分厚さの本が2冊、紫希の腕には抱えられている。
本好きにはどうという事は無い量だが、普段本から遠い人間には気が遠くなる厚みである。

「良く読めるな・・・」
「あ、別に論文とか伝記だとか言うわけではないですから。ファンタジーです。物語ですから、面白くて一気に読めてしまいますよ?」
「いや、関係ない。それは本当に関係ない。」
「そうでしょうか・・・?」

物語の方が幾分読みやすいというだけで、ある程度以上のボリュームがあると読書が苦手な人間にはもう全部同じくらいの辛さである。もう、ページ数見ただけで気が遠くなる。

「桑原君は、何を借りに?」
「俺は、国語の本だな。」
「国語・・・」
「テストもあるし、小学校とは違うからな。会話は大分慣れたけど、やっぱり日本語の読み書きはまだ引っかかる所が多いんだ。」

(・・・そうか、ブラジルに住んでおいででしたね。)

しかも棗曰く小学校の半ばから日本に来たらしいから、完全に向こうの言語に染まってから移動してきた事になる。
3年で違和感なく会話出来ているなんて、それだけでも凄い事だ。

「・・・あの、桑原君。差し出がましいかもしれないんですが。」
「うん?」
「私その、自慢じゃないですけど国語の成績は然程悪くはありませんので。何か、勉強のお手伝いで出来る事があれば、なんでも言って下さいね。」

何の話かと思えばそういう事か。
差し出がましい、とか付ける辺りが如何にも紫希らしくて、桑原は笑ってしまった。

「なら、頼む。実を言うと、折を見て春日に教えてもらおうかと思ってたんだ。春日が良ければな。」
「え?そうなんですか?」
「ああ。詩を書いてるくらいだから、頼りになると思ってた。ブン太も国語は得意なんだけどな・・・彼奴は教えてって頼むと、代わりに食い物の要求が出て来るから。」

「誰がなんだって、ジャッカル君?」

桑原のすぐ後ろから聞こえてきた声。

「丸井君。」
「よっ!」
「ブン太・・・」

機嫌良く挨拶しているが、桑原は別に嘘言ってるわけではない。
本当の事だ。

「丸井君も、何か借りに来たんですか?」
「いや?腹減ったから、何かジャッカルに貰おうと思ったんだけど、此奴教室覗いたら居ねえから。」
「ほら見ろ!」
「丸井君・・・」

大体掴めてきた。丸井と桑原のコミュニケーションの取り方が。

「なあ、何か持ってねえ?」
「ねえよ!」
「あ、キャラメルで良ければありますよ。」
「マジ?」
「おい・・・」
「ふふふ。良いんです、桑原君。」

元々、紀伊梨も丸井のようにちょくちょく何か食べたいとぼやくので持っている部分もあるのだ。
自分でも食べるけれど、人にあげて一緒に食べるのも美味しいから全然構わない。

「お、グリコ!」
「はい。」
「サイコロのじゃないのか。俺はキャラメルって言ったら、そっちのイメージだな。」
「サイコロのも美味しいんですけれど・・・」
「けど?」
「・・・おまけについてる木のおもちゃが、好きで・・・」
「分かる!」

子供かよ、と自分に突っ込む気持ちから顔を少し赤くする紫希だが、丸井が同意すると少しホッとして微笑んだ。

「欲しくなるよな、あれ。あると弟が喜ぶし。」
「意外と、出来が良いですよね。」
「そうなのか?あんまりマジマジ見た事はなかったから・・・」
「子供のおもちゃだって馬鹿にすんなよ?」
「馬鹿にはしてないだろ!」
「ふふ・・・あ。」

しまった。
出してから気づいたが、この軽さ。

(1個しかない・・・)

コロン、と出て来る一粒200m。

「・・・あの、丸井君。すみません、1つしかないので・・・」
「おいブン太?」
「分かってるよ、ラスト1個ねだる程欲しいわけじゃねえって。」
「あ、あの、違うんです!差し上げるのは全然構わないんですけど、ただ紀伊梨ちゃんにだけ秘密に・・・」
「五十嵐?」
「ええ。他の飴は教室に戻ればありますけれど、キャラメル見るとキャラメル食べたくなってしまうと思うので。」
「幼児かよ。」

桑原のツッコミに苦笑しつつ、紫希は丸井の手の上に最後のキャラメルを乗せた。

「どうぞ。内緒でお願いしますね?」
「良いの?」
「春日、ブン太の食い物関係の我儘は際限が無いから、あんまり真面に聞き入れない方が良いぜ?」
「ふふ。お気遣い有難うございます。でも良いんですよ。紀伊梨ちゃんもそうですけれど、丸井君食べている時幸せそうですもの。喜んで頂けるなら、キャラメルの1つくらい安いものです。」

紫希は友達が嬉しそうにしているのが好きである。
だから良い。
丸井が美味しそうに食べてくれるなら、キャラメルも本望であろう。

「・・・・サンキュ。」
「いいえ。」

満足そうに微笑む紫希。

ここでその種類の微笑みが出て来る辺りが、本物のお人よしである。

(・・・大事に食べよ。)

そう思って、ポッケに仕舞う丸井に、桑原はうっかり本を取り落としそうになった。
この食いしん坊が食い物を持っておきながらすぐ食べないなんて。

「あ、そうです丸井君。」
「ん?」
「ちょっと教えて頂きたい事があるんですけれど・・・」
「おう。何?」

「・・・紀伊梨ちゃんの成績って、今どんな感じです?」

あー・・・という力ない声。
それとちょっと遠くなる目で、まあお察しである。

「あの、申し訳ないんですけれどなるべく具体的に教えて頂けると・・・」
「えーと・・・取り敢えず、小テストの類は大体1割2割、良くて3割。」
「どの科目だ・・・?」
「全部に決まってんだろい?」

やはりというべきかなんというべきか。

「あ、体育はばっちり!後音楽も。」
「へえ!そうなのか、でも確かにその2つは得意そうだな。」
「但し、実技な?」
「ああ・・・」
「小テストで1割から2割か・・・分かりました。有難う御座います。」
「彼奴テストやばくねえ?」
「ええ。ですから、何か考えませんと。」

自分達ももう中学生。小学校の時の様にはいかない。テストが10点でも0点でもなんでも良いや、とは言ってられないのだ。
他の誰でも無い、紀伊梨自身の為に。

(それに、それはそれとして柳生君の勧誘の事も考えないと・・・)

ああ考える事が山盛りだ。
でも、投げるわけにはいかない。

「・・・取り敢えず桑原君。さっきのお話ですけれど、もしなんなら一緒にお勉強しませんか?丸井君も、良ければ。」
「良いのか?助かる。」
「おう。1人でやるより捗りそうだろい。」
「分かりました。幸村君が真田君達を誘うと思いますし・・・」
「・・・なんか、結局全員揃いそうだな。」
「良いんじゃねえ?楽しいし♪」

勉強に楽しさって求めるものじゃなくない?
という突っ込みは紫希も桑原もしない。

勿論2人とも、楽しくなりそうと思っているから。



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