Meeting 2
「ふっふーん♪千百合っちの熊さんまだかなー?」
ベッドで熊と携帯を抱えてごろんごろん転がる紀伊梨。
千百合のハートベア可愛かったから、早く流せば良いのにと思う紀伊梨は、やっぱりその辺をよく分かっていない。
「紀伊梨?帰って来てる?」
ノックの音と共に、母の声がする。
「はーい!」
ドアを開けると、何時になく真面目な面持ちの母が其処に居た。
「・・・?」
「紀伊梨、ちょっと下に行こう?大事な話があるの。」
「紀伊梨ちゃんだけ?おねーちゃんとか蓮は?」
「蓮達には関係ない話だからね。紀伊梨だけ。」
母、皐月は紅茶を2人分淹れて座った。
目の前には封筒。
それを皐月は、紀伊梨の前で開ける。
中には冊子。
ポスター。
カタログ。
色々あるが、必ず入っている単語が1つ。
アイドル候補生。
「・・・おかーさん、これ、」
「ねえ、紀伊梨。
紀伊梨は、アイドル、どれだけ本気でやりたい?」
アイドル。
それは、紀伊梨の夢に今付いている名前。
アイドル。
「・・・・」
アイドル。
その単語を、噛むように紀伊梨はゆっくり心中で呟いた。
「・・・うーん・・・」
「紀伊梨、纏めて話さなくて良いよ?お母さん聞いてるから、思ってる事を言ってみて。」
思ってる事。
「・・・逆によく分かんないんだけどー。」
「うん。」
「紀伊梨ちゃん、本当にアイドルになりたいのかな?」
これは紀伊梨のかねてからの疑問であった。
自分は果たして、本当にアイドルになりたいのか。
「私、ビードロズで演奏するの好きだよ!歌うの大好きだし、ギターも大好き!でも、ダンスはちょっと興味あるけどー。お芝居とか、CMとかはちょっと違うかなーって。」
「・・・紀伊梨は、アイドルっていうのがお芝居とかCMしたりする人を言うんだと思ってる?」
「うん!だから、そーいうの興味ない紀伊梨ちゃんって、アイドルになりたいんじゃ、ないんじゃないかなーって。」
紀伊梨は音楽が好きだ。
其処から夢に繋がっていくので、音楽と絡んでいない芸能活動に然程惹かれない。
まだバラエティに出るとか(出られたとしてだが)キャンペーンガールとかは人とのやり取りが楽しそうだが、舞台とかドラマ等の女優的な活動や、CM等は食指が動かない。格好いいとは思うけど、やりたいかと言われると、うーん。
ただ。
「でもおかーさん、私がちっちゃい頃に言ったよね?アイドルになるんだって!」
今でも覚えている。
ギターを買って貰って、楽しくて楽しくて一晩中かき鳴らして、母に言ったのだ。
まま!紀伊梨ちゃん、大きくなったらギター弾いて歌うお仕事する!
そっか!じゃあ、紀伊梨はアイドルになるんだね!
アイドルになるんだね。
皐月がそう言ったから、紀伊梨は自分の夢がアイドルと言う名前なのだと思った。
成長するにつれて、紀伊梨は思うようになっていった。
自分がなりたいのは、「アーティスト」ではないか?
「アイドル」って、なんかちょっと違うんじゃない?
「ねーお母さん。お母さん、どーしてあの時、アイドルって言ったの?」
子供にアーティストとか言っても定義が分からないだろうから、分かり易いように便宜上アイドルと言った・・・という線は消える。
それなら目の前にアイドル候補生のカタログがあるのはおかしいし、なにより皐月は元モデルなのだ。その辺については、他の人よりずっと明るい。
何故、皐月はアイドルという存在を自分の為に選んだのか。
紀伊梨は勘で分かっていた。母に何らかの意図があるのだという事。
「・・・・あのね、紀伊梨。」
皐月は意を決して話し始めた。
「はっきり言うね。紀伊梨が思っているより、芸能界・・・音楽で働くって言うのは大変な事なの。紀伊梨には才能があるって、お母さんも思うよ。でも駄目。才能だけじゃーーー音楽出来るって言うだけじゃ、お仕事は続けられない。」
モデル。
その肩書に恥じぬような、ハッと目を引く可愛らしさを皐月は今尚持っている。
そう、皐月にも才能があった。
だから、出来ると思っていた。
モデルの条件は、先ず群を抜いた可愛らしさ、ないし綺麗さがある事。
センスが良い事。
物怖じしない事。
思い通りの笑顔やポーズが取れる事。
皐月はその全てに自信があった。だからこの世界に飛び込んだ。
でも、入った後に分かったのだ。
上記の事は、全部「第一」条件。最初のハードルに過ぎない。
その後要求されるのは、根性。
無茶振りに対して文句を言わない。
やれと言われたらどうにかして乗り切る。
理不尽な事で怒られても、泣かない。拗ねない。投げ出さない。
疲れていても、体調悪くても、カメラの前ではそれを見せない。
何時も要求される、体力と忍耐。
それをどうにかしながら、自分の個性を光らせる。
はっきり言って大変である。
どんな仕事でも「出来なかったもーん」は通用しないが、殊この職業に於いてはそれが顕著だ。
「だからお母さんは、紀伊梨にアイドルになって欲しかったの。」
「?それって、アイドルが簡単って事ー?」
「ううん。アイドルだって大変だよ。ただね?アイドルは、「これが出来ないとアイドルじゃない」っていうのは無いの。お芝居出来ない女優さんは居ないけど、お芝居出来ないアイドルは居て良いんだよ。」
「へー!」
そう。
定義上、アイドルと言うのは具体的な行動をする人を指す言葉ではない。
まあ歌と踊りは要求される事が多いが、逆に歌えないし踊れないけれど演技は出来るという人でも、アイドルになる事は出来る。
一芸に秀でていれば、アイドルの素質は十分なのだ。
その点では紀伊梨は、音楽の才能の分だけ既に素質があった。
が、皐月がアイドルを推す最大の理由は別にある。
「アイドルっていうのはね、紀伊梨。不完全なんだよ。」
「ふか・・・?」
「最初は上手く出来ない事が多いの。一生懸命やるけれど、それでも出来ない。でも、出来なくても頑張ってお仕事して、段々上手くなって、いつかピカピカのスターになる。
ファンの人と、その道を歩くのがアイドルなんだよ。」
アイドルに若い存在が多い理由は、正にそれである。
上手く出来ない時がある。
失敗してしまう。
頑張って頑張って、その頑張りは伝わって来るけれど、結果になかなか結びついてこない。
でも、そうやって出来なかった子が、頑張って頑張ってめげないで成長していく。
段々上手くなる。
一番最初と比べると、見違えるように。
ステージの上でキラキラ輝けるようになるまでに、あの子はどれだけ頑張ったんだろう。
きっと悔しい思いも、しんどい思いも沢山沢山したに違いない。
そのめげない姿。
成長を見守りたくて、応援したくてファンというのはついてくる。
「お母さんね、紀伊梨は音楽上手くて凄いなって思うよ。見た目も可愛いし、やっていけると思う。でも紀伊梨、苦手な事とか嫌いな事とか、そういうのを頑張るのはちょっと苦手でしょ?」
「う・・・」
「だから、アーティストはいきなりは無理だけどね、アイドルだったらお母さん、紀伊梨はきっと出来ると思うんだ!紀伊梨には応援したくなるオーラがあるし、紀伊梨も応援があれば張り切っちゃう方だから。」
流石というかなんというか、皐月は母として我が子の事を熟知していた。
紀伊梨の希望を踏まえた上で芸能界でやっていく道があるとすれば、アイドル以外多分無い。
そこまで見当をつけた上で、アイドルという言葉を出していたのだ。
「ほえー・・・」
「ね。どうかな、アイドル。紀伊梨はやっぱり、アーティストになりたい?アイドルは嫌?」
「ううん!」
即答する紀伊梨。
今のでやっと分かった。
母が目指したらどう、と背を押してくれていた仕事。
アイドルという存在になる事。
歌えて、弾けて、音楽出来て。
それで、見守ってくれる人を増やしていけるのなら。
皆から応援して貰いながら、やっていけるのなら。
「おかーさん、決めた!私、アイドルになる!!」
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