Camp school:Moonlight night
別に立って何処へ行くとか当てがあったわけじゃない。
でもじっとしててもどうも眠れそうになかったので気分を変えようと思ったのだった。
こういう時に紀伊梨のラッキーは遺憾なく発揮される。
「ん?」
「あ!やなぎーだ!」
少し離れたロビーの所には、まだ残っている柳の姿があった。
データマンの柳としては、こういう事は記憶が新しい内にさっさとレポートを纏めておきたい。
でも同室が皆寝ている中で1人ずっとカリカリやってると迷惑なので、1人離脱して此処でレポートに勤しんでいたのだった。
「まだ眠っていなかったのか?」
「うん!なんか眠くない!」
「そうか。まあそれでもほどほどで寝ておけ。疲れていない筈は無いんだ、お前は連れまわされていた立場だからな。」
「・・・・ねーやなぎー。」
「なんだ。」
「さっきここで話してた時なんだけどー。言ってたっしょー?紀伊梨ちゃんって幽霊さんに似てるんだーって。だから気に入られて連れてかれちゃったんだーって。」
「ああ、したなその話は。」
「でもでも、それって精霊さんの方がまだ幽霊のおねーちゃんの事好きだからだよね?だから似てる紀伊梨ちゃんがお気に入りになったんだよね?」
「そうなるな。お前に対して頗る失礼な話ではあるが。」
「すこぶる?」
「とても、という意味だ。」
「へー。」
「続きはどうなったんだ?」
「あ!そーそー、それでさー。紀伊梨ちゃんお友達になろーと思ったんだけどー。」
俄かに話が飛んだ気がしたが、一先ず柳は流す事にした。
「でもでも、断られちゃんたんだよねー。紀伊梨ちゃんは人間だから駄目ですーって。」
「そうか。そういう所は常識があるんだな。」
「やなぎーもそれが普通って思うー?」
「思う。」
「やっぱ人間と精霊さんじゃ無理かなー。」
「はっきり言うが上手くいく道理が一つも無いからな。」
本当にはっきり言う柳。
此処に本人(人ではないが)が居たらちょっと泣いちゃうかもしれない。
「うー・・・でもでも!紫希ぴょんにも狐さんのお友達が居るんじゃ、」
「土台がそもそも違う。春日に狐が本当に守護として憑いていると仮定して、見方によっては確かにその狐は春日と友達である、と言えなくもないかもしれない。ただ、お前が会ったあの猫の方はそういう関わり方の友達では満足しないんだ。それはお前が一番わかっているだろう。」
「むー・・・」
「彼奴が求めているのは、もっと俗物的な意味での友人だ。一緒に暮らし、寄り添って日々を過ごし、お互いを認識して話したり遊んだりして、そういう事を寿命の限り続けられる。欲しがっているのはそういう相手なんだ。命が短い、生態も住む世界も出来る事も何もかもが天と地ほど違う、そんな人間に対して要求して良い事じゃないし、要求した所で答えられるわけもない。」
「えー、でも友達とそんな風に暮らしたいじゃーん。」
「俺は気持ちがわからないと言ってるわけじゃない。気持ちはわかるが、俺達人間にそれを求められても応えてやれないから諦めてくれと言っているんだ。」
実に正論である。
ぐうの音も出ない正論。
「・・・じゃーさ、じゃーさ!」
「ああ。」
「人間じゃなかったらオッケーだよね?」
話ながらレポートを進めていた柳の手が止まった。
そうか。
それを聞きたかったのか。
「幽霊の女性か。」
「そー!そのおねーちゃんだったらだいじょーぶっしょ?もう死んじゃってるから寿命とかないし、せーれーさんだってまだおねーちゃんの事好きだし、おねーちゃんの方もなんか怒ってるとかそんな感じじゃなかったっぽいし!だから、」
「そうだな、無理ではないな。」
「おお!」
「だが、無理だろう。」
「ええええ!?」
なんでよ、今無理じゃないって言ったじゃない。
柳が無理じゃないって言ったから、今一瞬安心したのに。
「なんでー!?ってゆーか、せーれーさんにしてもそーだよ!なんで!?なんでそれじゃ駄目なんーーー」
「これもまた、話の土台が変わって来るからだ。さっきとは別の意味でな。」
「????」
「例えばの話になるが、相手のあの幽霊がもし男で、好きな相手と言うわけではなく親友であったとしたらおそらく何の問題もなかった。片思いの女性が相手だったからこそこんな事になったんだ。」
「・・・・?なんで?」
わからないだろうな、と柳は小さくため息を吐いた。
紀伊梨が悪いわけじゃない。ただ、此処を分かって貰わないと納得する事は出来ないだろう。
「あの精霊はお前に、友達を求めていた、と俺は考えている、確率の上で言うと98.22%だ。」
「ほうほう。」
「他の誰に対してもおそらくそうだろう。しかし春日と丸井が出会った女性の幽霊に対してだけは違う。
彼女に対してあの精霊が求めているのは、伴侶だ。友人じゃない。」
確かに、ずっと一緒に居て欲しいと言う点ではあの寂びしんぼの精霊には同じかもしれない。でも何故に居て欲しいのかという感情の出所は全然違うし、その違いが結果的に取る行動の差異を生み出すのだ。
「はん?りょ?」
「妻という意味だ。まあ今となっては正式な妻にはなれないだろうが、それは置いておこう。兎も角、今回お前の提案が却下される理由はこれに他ならない。友人と片思いの相手では、言える事や出来る事が変わってきてしまうんだ。」
この部分が紀伊梨は分からない。
ピンと来てない。だから精霊の身になれないのだ。
「友人だから言える事、好きな相手だから言える事。友人だから出来る事、好きな相手だから出来る事。それぞれ違うが、恋人であるなら兎も角片思いの段階では、基本的に相手に対しては友人相手程気さくには動けない。」
「そなの?」
「ああ。だからあの精霊は今になっても宙ぶらりんなんだ。謝れない。約束を破って悪かった、今でも愛しているから一緒に居てくれと言えない。断られるのが怖いからだ。」
「でも怒ってないって、」
「怒られるとは思っていないだろう。怒られるのが怖いんじゃない。呆れられるのが怖いんだ。友達としては傍に居るけど、今更恋人として見ろって言うのは出来ませんと、そう最後通牒を突き付けられるのを何より恐れている。」
「・・・でも友達としてだったら一緒に居てくれるんっしょー?それじゃ駄目なの・・・?」
「駄目だ。それじゃ駄目だからこそ、友達じゃなく好きな相手なんだ。私も愛しています、以外の答えは受け入れられないし、自分でそれをわかっているから会えないし聞けないし言い出せない。駄目な返答を聞いた時自分を保つ自信が無い。」
「えー。」
なあにそれ、な顔をする紀伊梨だが、柳からすると此処で解せない顔をする事がピンと来てない何よりの証拠である。
初恋もまだだと聞いた事はあったし、だからどうって事もないと思っていたけれど、まさか此処にきてこんな事態になるとは。
「じゃあ「じゃあ最初から神社に行けば良かったのに・・・とお前は言う。そうだな、今回は俺もそう思う。」
「おお!」
「だがそれも不可だ。」
「なんでよー!もー!」
「これはお前にも分かり易い話だ。単純に自信が無いんだ、あの精霊はな。」
「なんの自信?告白のオッケーって事?」
「先ずはそれだな。今でこそこんな事になっているが、伝説が概ね本当だとすると、約束をした時点では両思いの手応えはそれなりにあった筈だ。が・・・やはり100%とは言い切れない。失敗の結果を見たくないという心理は当然働く。」
「もー!もー!多分大丈夫なんだったら大丈夫だよー!そんな怖がらなくったって良いじゃんかー!」
「五十嵐。」
「にゃに!」
「確率は、あくまで確率でしかない。」
紀伊梨は人より大きい目を更に大きく見開いた。
誰より確率を重んじる柳が、こんな事を言うなんて。
「最終的に人の心というのは、数字では推し量れないものだ。故にこの問題だけはデータが役に立たない。例え99%大丈夫だと言われても、100度告白してその内99度成功すると言われても、残りの1%に当たって失敗してしまったらそれで終わりだし、それを恐れる心理と言うのは不思議でもなんでもない。」
「・・・そー?なの?」
「そう。そういうものだ。だからこそ俺は幸村を尊敬している。」
「お?」
「勿論、それだけが尊敬の理由じゃない。数ある理由の内の一つでしかないが・・・恋愛という話になると、幸村は黒崎に対して物怖じしない。正確にはしているのだろうが、それを自力でいつも飛び越えているんだ。怯まず、自棄にならず、情熱故に冷静に。勝負師として理想の姿だな。」
これもまた紀伊梨には分からないだろうから詳しくは言わないが。
さっきは紀伊梨にわかりやすいようにああ言ったが、柳としてはぶっちゃけ、話の持って行き方や誘導の方法さえちゃんと詰めれば、告白してOKを貰うのは然程難しくはないと考えている。
問題は其の後にこそ控えているのだ。
ドラマチックに告白を決めた後も、日々は続いていく。
日々移ろいゆく人の心。進んでいく人生のステージ。その中でいかに相手に魔法をかけ続け、引き留めておくか。
昔読んだ本に書いてあったっけ。
愛し合うのなんて簡単だ。愛し合い続けることが難しいのだ、なんて。
そう。
そういう意味では、あの猫はある意味で非常に賢かった。
「あの精霊が約束に来なかった理由はもう一つある。」
「お!?」
「彼奴は自信と勢いがなかった。現実に負けたんだ。」
自信と勢いはなかったが、反面知能はあった。
今回の件はそれ故に引き起こされた悲劇とも言える。
「???どゆ事?」
「さっきも言ったが、そもそも精霊と人間の恋愛が発端だ。生きる世界が違っていて、あの精霊はそのことをよくよく理解していた。両想いになったとして、その後どうする?という事から逃れられなかったんだ。」
「その後?って一緒にいれば良いんじゃないの?」
「片方確実に早死にするのにか?」
「む・・・・」
「そうでなくても、片方は普通の人間だ。物を食べなければ死んでしまうし、病気にもなるしいつかは年老いて動けなくなるし、人と関わりながら暮らしている。しかし何かあった時、人間でない身に何ができる?どうやって働く?金を稼ぐ?家族や友人に自分をどう説明する?精霊に金銭やしがらみなど不要だろうが、普通の人間はそうはいかない。」
「うーん・・・・そーかもだけどー!そーかもだけど・・・そーだけど・・・」
「そこで開き直っていれば恋仲になるまでは出来ただろう。ただあの精霊はそれを選ばなかった。それは理屈の上で考えた結果、そうする事が最良だと思ったのだろうし・・・同時に、自分が必ず守り通すからと確約する胆力がないという事もあったんだろう。」
伝説の中では、あの精霊はそもそも人間を装って近づいたのだ。
だからそのまま人間を装い続け、表向き人間として人里で暮らすという選択も取れなくはなかったんじゃないだろうか。
ただ、それはしなかった。
出来なかったらどうしよう、と思ってしまった。
「まあ選択として利口と言えば利口だ。ただそれはそれとして、第三者としては、相手を放置していきなり居なくなる前に話だけでもしていけ、と思わなくもないが。」
「それはなんでしなかったのかなー?」
「そういう所が未練なんだろう。愛するが故に、自分の口からさようならと言えそうになかったわけだ。」
だからって相手をほったらかすのは間違いなく甘え過ぎであり、だからこそあの精霊は色んな人からはっきりしない奴だなーという評価を内心で下されているのだ。
皆思っている事だが、本当に人間臭いというかなんというか。
「・・・じゃあじゃあ、あの精霊さんは結局一人のまんまで居るしかないって感じなのー?」
「本人に解決しようという気が無いからな。別世界に住む思い人に幸せで居て貰う事と、自分が幸せで居る事と・・・両立が人より簡単でないのは確かに気の毒だが、実際難しいのだから仕方がない。片方諦めるか、両方得る為に全てを投げ打つか、どちらかしか取れる手段はないし、それは周りが幾ら手伝ってやっても最後には本人がその気にならなければどうにもならない。」
「うーん・・・・」
「まあ、恋愛云々を差し引いてもお前には分からないかもしれないな。」
「えー!?」
「貶しているわけじゃない。お前のように裏表のない人間には、建前や後先を考えがちな者の考える事は理解出来ないだろうというだけだ。それはお前の良い所でもあるから、分からないからと言って直す必要は無い。」
「そーお?んー・・・えー!なんかすっきりしないー!」
「世の中には、すっきりしなくても良いと思っている者も居るという話だからな。」
「むーん・・・・」
本当に良いのかなあ。
なんて考えながらぼんやり目を向けた窓の外では、そろそろ月が沈み始めようとしている。
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