Prologue Side H
タタン、タタン。
タタン、タタン。
規則的な音を立てて、快速は未だ止まらず。
「じゃあ忍足君は、テニスやるんだね!」
「せやな。大阪ではそこそこ成績は良かったけど、東京で通るかどうかは分からへんなあ。」
「でも、氷帝って最近の年はテニス部有名だよね?」
「せやねん。やからっちゅうのもあって、氷帝受験したんやけどな。」
ただまあ、それとこれとは別だ。
有名だからと言って、今年も同じレベルで居られるのかどうかは別の話。
「桐生さんは何やるんや?」
「私?うーん、今はまだ決まってなくて。」
「やりたい事とか無いん?」
「うん・・・何かやりたいとは思ってるんだけど、具体的に何って言われちゃうと・・・」
「小学校の時は?何かスポーツとか、習い事とか。」
「やってなかったなあ。・・・ううん、やる余裕がなかったっていうか。」
「?」
「えへへ・・・笑い事じゃないんだけど、私ドジなんだよね。」
自覚はある。
今日だって、転んで、電車を間違えて遅刻した挙句、もう少しで新品のスカートを扉に挟む所だった。
昔からそうだった。
「皆と同じようにやらないといけない事をやるだけで、手一杯になっちゃって。だから、本当は何か部活とかに入りたいけど、私に出来るのかなって思っちゃって。」
「はあ・・・・」
忍足には縁遠い悩みだった。
忍足は元々器用で、何かトラブルに見舞われたとしてもリカバリー能力が高い。
だから普通に生活してるだけで手一杯、という日々がいまいちピンと来ないのだった。
まあしかし、今彼女を見ているだけでドジなのは分かる。
十二分に。
「桐生さん、受験の時とかも大変そうやな。」
「えっ!?」
「受験票忘れたりとかせえへんかった?」
「えええ!どうして分かるの忍足君っ!」
「解答欄一個ズラしたりとか。」
「う・・・」
「やる教科間違えそうになったりとか。」
「エスパーですかっ!?」
「はははははは!」
悪いとは思うが笑ってしまう。
テンプレートのような事をこの子は一通りやらかしているのだろう。
「もう、もう!笑うのはやめてよ!」
「ははは・・・堪忍な、ほんまにごめん。つい。」
「ついってなあに、もう・・・!」
「そないむくれんといてや、な?ほんまにごめんやで。」
「むう・・・」
見てる分には面白かろうが、本人には一大事だ。
「・・・なんとかならないかなあ、ドジ。」
「せやなあ。・・・俺が思うに、桐生さんはちょっと一生懸命過ぎるんとちゃうか?」
「ん?え?」
「目の前の事「ちゃんとやろ」と思うて、目の前の事以外全部シャットアウトしてもうてるんやないかなってな。やから、その目の前の事が終わった思たら、他の事が大変な事になってもうてるんとちゃうか?」
「あ・・・・」
そうかもしれない。
今日転んだのは、信号が変わりそうだという事にばかり目が行って、足元の確認をしないで走り出したからだった。
電車を間違えたのも、取り敢えず乗ってしまわねばという思考が働いた気がする。
スカートを挟まれそうになったのも、乗った時点で一安心してしまって、自分の位置にまで気が回らなかったからだ。
「ううん、でもじゃあ、どうしたら良いんだろう?もっと色々考えたら良いのかな?」
「逆や逆。そうやな・・・悩み事を作る、とかはどないや?」
「えええ!?」
「なんか悩み事があったら、人間その事ばっかり考えてまうやろ?やから、それ以外の事は結構なあなあで済ましてまうようになるけど、桐生さんの場合はその方が要らん力抜けて、却ってええんとちゃう?」
「そ、そういうものなのっ!?」
「そうそう。桐生さんはもう少し上手い事手を抜くやり方覚えた方がええで。」
「手を抜くやり方・・・!?」
なんという、未だ嘗て考えた事のない発想。
衝撃!な顔をする彼女に忍足は又も笑いを誘われる。
「まあまあ、悩み事っちゅうのも言い過ぎやけどな。なんか、なんもかんも忘れて打ち込めるもんがあったらええんやけど。」
「うーん、打ち込めるものかあ・・・」
出会えるのかしら。
新しい学校で。
可憐は少し遠い目をして、窓の外、流れる景色に目を向けた。
氷帝学園はまだ遠い。
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