Wet lips 2



紀伊梨は今まさに、丸井とそのスライダーに居た。

スライダーの常だがこういうのはやっぱり多少並ばねばならなくて、並んで待ち続けて、そろそろ一番上が見えてきたあたりだ。

「ふっふふーん♪もーすぐだなー!楽しみだなー!」
「そこそこ長かったな。」

このスライダーは一人用である。
チューブは2本しかないので、一度に3人とか5、6人とかで行けるスライダーより回転率が落ちる。

もうちょっとさくさく進むかと踏んでいたが、ここに来るまでに結構かかった。

「そだねー!どーしよっかなー、紀伊梨ちゃんアスレチックにも行きたいなー!次もスライダーにしよっかなー、降りてアスレチック行こっかなー?」
「え。」
「え?」
「アスレチックってあれ?」
「そー!」

丸井が上から指さすアスレチックは。
あれはどう見ても、子供用というかちびっこ用である。
小学校高学年でも混じってるか怪しいレベル。

「楽しそーだよね!」
「いや、大人しく流れるプールとか波のプール行けよい。」
「え、なんでー!?」
「危ねえって、絶対。子供に大人が混じって遊ぶのって、大人の方にスキルが居るんだよ。」
「えー、」


『えー、スライダーに並ばれているお客様に連絡します!髪留め、アクセサリーの類は外して、水着のポケットにしまうかスタッフにお預け下さい!』

「あれ?」
「およ?」
「そういやお前、今日そんなアクセ付けてねえな。」

同クラスの丸井は、普段からして紀伊梨がアクセ付けまくり制服着崩しまくりの、ファッション優先ガールなのをよくよく知っている。
しかし、今日の紀伊梨はいつになく控えめ。

まあ危なくないから良いのだが、何の気なしに丸井がそう言うと紀伊梨はぷううと頬を膨らました。

「紀伊梨ちゃんだってオシャレしたかったけどー!」
「けど?」
「プールは危ないって蓮が言うし!また何か落とすかもよってお姉ちゃんも言うし!」
「はははははは!」

違いなさ過ぎて丸井は遠慮なく笑った。

「まあ夏休み始まったばっかりだろい?おしゃれの機会なんて幾らでも、」
「そーいう問題じゃないのー!水着に合わせられるのは今日なのー!せーっかく水着新しくしたのに!」
「あれ、マジで?浴衣じゃねえの?」
「浴衣も水着も新しくしました!前の小っちゃかったし!」
「気合の入り方凄えな。」

(ん、)

「・・・・・」
「ブンブン?どったの?」
「いや?」

丸井は後方から聞こえてきた声に注意を取られた。

あの、2つ後ろの組の大人の女性コンビ。
さっき自分と紀伊梨をはっきり指さして会話していた。


あんな事言わなくて良いじゃない、ねえ?
女の子が着飾れないって落ち込むことなのに。
彼氏なら笑う場面じゃないわよ。


(彼氏じゃねえんだよな。)


確かに自分は中学生で紀伊梨も中学生でもういっぱしに恋っていう概念は分かる年で、その上で男女2人だけでスライダーに並んでたらそう見えるのかもしれないけどさ。
凄い不本意なんだが。
いや、間違えられるのは百歩譲って良いとしても、彼氏と間違われた挙句ああしてやれよこうしてやれよとか言われると。

「はっ!そーだ!」
「?」
「今日はプールでは皆なかなか集まんなかったから忘れてた!ねーねー紀伊梨ちゃん可愛い?」
「またかよ。」

祭りの時もやったじゃんこれ。
らしいっちゃらしいけど。

紀伊梨が買ったのは、結局黄色と白のマーブル模様を更にツイストしたようなビキニ。
肩と腰のところにリングが入っていて、中学生としては結構大人っぽいが着られてない辺りは流石。

うん。いや、似合うと思うよ。

「ねー!」
「よしよし、似合うって。」
「じゃなくてー!可愛いって言って!」
「可愛い可愛い。」
「心を込めて!」
「言ってんじゃねえかよ。」
「何か違う!」
「って言われてもなー。言っておくけど、俺別に嘘ついてるわけじゃねえからな?」

似合ってないと思いながら似合ってるって言ってるわけでも、ブスと思いながら可愛いって言ってるわけでもない。ちゃんと言ってる。丸井的には。

「もっとさー、こう・・・あ!ねえブンブン、千百合っちの水着覚えてる?」
「え?」

千百合の水着。

「えー・・・ちょっと待てよ、えーと・・・」
「ほら、水色のー!」
「水色の・・・ああ!おう、オッケー。思い出した。」
「おけ!じゃあ此処に千百合っちが居ると思って、可愛いって言ってみて!」
「死にたくねえから嫌。」

そんな事してみろ、幸村からどんな目に遭わされるかわからん。
というか、何もされない言われないだったとしても自分が怖い。内心でくっそ怒られてんじゃないかなと思うととても無理。

「えー!じゃー紫希ぴょんの水着思い出して!ほら、白のビキニ!」
「そんなの着てたっけ?」
「え?着てるよ?」
「え、嘘だろい。だって・・・」

細かくは思い出せないが、白のビキニでなかったことは間違いない気がする。

「あの・・・あれじゃなかったっけ、ピンクのワンピースみたいな?」
「えー?そんなんじゃないよ、白い・・・」

「次どうぞー。」

「あ、はーい!よしゃ!じゃあ行ってきます!」
「おう、行ってら。っつっても、俺ももうすぐだけど。」

此処掴んでてねー、足揃えてねー、滑ってる時は座る態勢にならないでねー、と係員に言われると、ああいよいよ滑るんだなあというわくわく感でつい笑顔になる。
まだかな。まだかな。

「・・・よし、どうぞ!」

「きゃほーーー!」

じゃばあああ!と勢いよく出てくる水流に乗って、チューブの中をだーっと降りていく感覚。ああ楽しい、たまらん。この、背中が冷たくてちょっと浮いてる浮遊感がなんともいえない。

するなと言われたから良い子で言うとおりにしてるけど、本当はチューブが半分切れてる所では座って外が見たい。ジェットコースターみたいに、下の人に向かってやっほー!とか手を振りたい。

「ふーー!」

ザブン!と派手な水しぶきを立てて着水。
ああ面白かった。

「ぷはあ、おうふ!?!」

「おお、すまん。」

水面から顔をあげると、ゴムボートが顔面に向かって来たので紀伊梨はさっと背を低くして水の中に戻った。

「・・・ぷは!ちょっともー、何すんのさー!」
「仁王君?」
「悪い悪い、わざとじゃないんじゃ。」

仁王と柳生は、3人まで乗れる隣のスライダーを滑ってきたのだ。
たまたま着水地点が隣だった事を知らず適当にボート持って歩いていたら、紀伊梨が間の悪い位置にドボンして来たのである。

「大丈夫ですか?お怪我などは。」
「それはないけどー!でもニオニオはもうちょっとちゃんと謝ってください!それか水着可愛いって言って!」
「本当に申し訳ありませんでした、以後重々気を付けますのでどうかお許しください。」
「ちょっとーーー!そんなに嫌ですかー!」

その背後で、ざぼんと着水の音が聞こえた。
丸井が来たのである。

「ぷは!ふー、最高だろい!・・・あれ、何?なんで仁王居んの?で、なんで頭下げてんの?」
「色々ありまして。」
「俺が滑り降りてくるまでの、このちょっとの間にかよい。」

クラスで過ごしてる時も思うが、紀伊梨は本当にちょっと目を離すと何がしかに巻き込んだり巻き込まれたりしている。
半分は天災で半分は人災。

「今罰を課せられとるんじゃ。」
「へー。」
「もー!もー良いよもー!ニオニオには頼まないよ!」
「あれ、お前もしかしてまた可愛いのおねだりしてた感じ?」
「そー!」
「お前さん、浴衣の時も思ったがねだらん方が良いんじゃないんか。人間言えと言われたら、却って気が進まなくなるもんじゃき。」
「嫌です!何故なら!ねだらなくても誰も言ってくれないからです!」
「そういうものですか?」
「そーです!大体さー、男子は女の子のおしゃれに構わなさすぎだよ!褒めてって言わないと褒めてくれないじゃん!知らない人の方が可愛いねって褒めてくれるっておかしくない!?」

(((それは目的が違う)))

ざぶ、ざぶ、と着水用プールをずんずん進む紀伊梨の背中に、3人は同じことを思った。
知らない人が可愛いねって、賭けても良いがそれファッションなんか見ちゃ居ないぞ。あれこそ顔しか見てないぞ、多分。

「そんなに言われたいもんかね。」
「まあ、春日さんも黒崎さんもそういう所に頓着はなさそうですから。」
「千百合っちはゆっきーが言ってくれるもん!」
「じゃから、お前さんも彼氏を作って言うて貰ったらええじゃろ。」
「今言われたいのー!」

気持ちはわからんでもないけど。
3人は各々、苦笑したりため息を軽く吐いたりした。

「ほんじゃあまあ、俺達はこれでーーー」
「ちょい待ち。」
「なんじゃ。」
「交代!」
「・・・・俺か?」
「私は午前でもう付き添いましたので。」
「・・・・・」
「あ!次ニオニオなの?よろよろー!」
「丸井。」
「ん?」
「せめて褒めてから行ってくれんか。」
「だからもう言ったんだって、俺は。」


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