Training camp - in Hyoutei gakuen -:Change course
「学校で合宿っ!?」
夕食の野菜炒めを作りながら、母遥は大層びっくりした声をあげた。
「で、でも200人くらい居るんでしょ!?学校に寝泊り出来るの!?」
「おねーちゃんとこの学校おっきいし大丈夫じゃない?それより良いなー!学校に皆でお泊りなんて楽しそう!」
「あはは・・・まあ目的は、遊ぶことじゃなくて合宿なんだけどっ!」
「まあ、それで出来るんなら良いんじゃないか?正直、父さんはイギリスまで行かれるより、学校に泊まってくれてた方が何かと安心だよ。」
「そうだね、確かにお母さんも安心っていう意味ではそうかな。」
おかずを食卓に並べながらそう言う遥は、どうしても我が子が海外へ出て行ってトラブルなく帰ってこれるとは思えない。
この前の沖縄だって、何があったのか知らないが買ってあげたばかりの帽子は泥で汚れていたし、自転車に轢かれかけたとかいうし。
「でもおねーちゃんはイギリス行きたかったんじゃない?残念だったね。美梨もイギリスのお土産欲しかったなー。」
「うん・・・あっ!でも、うちの学校は修学旅行で海外行くからっ!だから別に、今イギリスに行くのにそこまで拘らなくても・・・」
「あ、そっか!おねーちゃんの学校ってそうだった!良いなあ、美梨も氷帝受験しよっかなー。」
「こら、美梨。進路っていうのはそういう風に決めるものじゃないぞ。」
「えー。」
「あははっ!でも、美梨は氷帝向いてると思うなっ!自由度が高いし、自己責任で色んなこと出来るしっ!」
「だよねだよね!美梨もお姉ちゃんから話聞いてて、美梨に合ってるなって思ってたんだっ!」
「ほら、お話はそこまで!御飯が出来たよ!」
「「「はーい!」」」
「ふう・・・」
父、健二がパジャマ姿で風呂から上がってきたのを見計らって、遥はビールを注いだ。
「お疲れさま。」
「ああ、有難う。・・・ぷはあ。」
ああ寛ぐ。
一日のうちの至福の一時。
「・・・なあ遥。」
「ん?」
「美梨、本気だと思うか?受験の話。」
「ああ、あれ。あれは・・・どうなんだろう?半分本気っていうか、美梨は性格的にあんまり大仰な話じゃないと思ってるんじゃないかな?あの子なら受験も通るだろうし、単純に可憐が行ってて面白そうだからっていうだけの話かも。」
「そうか・・・」
揺らめくビールの水面を見つめながら、健二は少し昔を思い出した。
「・・・可憐の時も、そうだったな。」
「あ、そうだね。可憐が小5の時だったよね、私達が中学受験を勧めたの。」
可憐は、自ら言い出して氷帝に来たのではない。
健二と遥が顔を突き合わせて相談して、それで勧めてみようと結論が出てから可憐を中学受験に誘ってみたのだ。
「本当にあれは困ったなあ。」
「うん・・・いっぱい、色々考えたよね。」
可憐は普通の子供だった。
確かに人よりドジではあったが、それだけだった。本当に普通の子だった。
しかし、幾ら親や教師の目から見て普通の子だ、普通に普通の良い子だと思っていても、可憐自身は自分をそうは思っていなかった。その事にもまた周りの大人は気づいていた。
ドジな自分。
皆が失敗しないところで失敗する自分。
そんな事大した事じゃないーーーと自信を持って言うには、可憐はあまりに幼かった。
周りがどう言おうと、本人がそう思えない事には解決にならない事も健二と遥はわかっていた。
そして可憐の小学校時代は、あまりにも普通であった。
悪いことは起こらず、ドジだからと言って虐められたりとかそういうことも特になく(これは本当に避けられて良かったと、健二と遥は胸を撫で下ろしている)、友達も普通に居て普通に小学校時代を過ごした。
しかし、代わりに良いこともまた起こらなかった。
特に夢中になれることも没頭できる趣味も見つからず、平凡・・・というより無難に4年間を過ごした可憐。そんな可憐に、もう本人は覚えていないだろうが、遥がなんでもない風を装って「中学に上がったら部活は何するの?」と聞いた時、悲しそうな顔をして可憐は言った。
きっとついていけないだろうから、考えてない。
それを聞いた瞬間、遥は母として、これを放置してはおけないと強く思ったのだった。
そして何か今からやれることはと考えた結果、中学受験を思いついたのである。
私立の中でも、特に自由度が高かったり尖った校風の所を選んでそれとなく勧める。
兎に角刺激が必要だ、色んな体験が出来るところにどこか、と考えた末に幾つか候補を選んでーーーそしてその中に氷帝学園の名があった。
そうは言っても、気合の入る親側と違って可憐は単に勧められたからという以上の理由など無かった。
それでも生来真面目な性格だったから受験の努力は欠かさなかったが、どうしてもここに入りたいんだ、そしてやりたい事があるんだという意気込みのようなものはなかったと思う。
それでも良かった。
それを育てるために受験させたのだから。
だから行った先で何か可憐の芯に火を灯すような事が見つかってくれればと、そう願っていたが。
「良かったよね。氷帝を選んで。」
「ああ。本当に良かったと思うよ。勿論、可憐本人は悩みや大変な事もあるだろうけど。」
良いことも悪いこともあって良い。
振り返った時、それさえもかけがえのない時間だったと思えるような日々がそこにあるのなら。
明日も練習だ。
晴れると良いなと思いながら、遥は窓から夜空を見つめた。
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