First order 3



「紫希、あのね。」
「駄目です。」
「私忘れ物が。」
「駄目です・・・!」
「離して!」
「駄目ですー!」

これだから紫希に捕まえさせておかねばならなかった。
千百合は紫希に手を上げない事を棗はよーく知っている。

「まだかなー!聞こえてるかな?ねーねー、もっかい言った方が良「言うな!」えー!?」
「間違いなく聞こえてるから大丈夫w多分もうすぐ・・・あ。」

固まっていた女生徒達が移動し、真田に手を引かれた幸村が出てきた。

「来た来たー!おーい、こっちこっちー!皆お疲れちゃーん!」

両手をブンブン振りながらジャンプする紀伊梨を目印に、テニス部の面々はようやっと人ごみを抜けきった。

「よす。お疲れ。」
「済まない、待たせてしまったな。」
「声でかいのう、お前さん。」
「あ!聞こえてた?やーりい!」

褒められて喜ぶ紀伊梨の隣で、紫希は苦しそうに千百合にしがみついている。

「皆さん・・・お・・・お疲れ様です・・・!くっ・・・!」
「ああ。春日も見に来てくれて・・・?」
「お前何してんだよい?」
「千百合ちゃんが逃げるんです・・・!」
「だから離してってば!」

力は千百合の方が強い。
幾ら無理矢理解かれないとは言え、渾身の力で抵抗されたら抑え続けるのはかなり辛い。

「おーい、幸村君!選手交代してやってくれ、春日が限界だろい。」
「うん。春日、放して良いよ。」
「そ・・・そうです、かっ!?」

離した途端ダッシュしかける千百合。
しかしその左腕は無情にも幸村にあっさり捕らえられるのだった。

「・・・・・・!」
「千百合。」
「う・・・・」
「千百合。」

くそう、と千百合は内心で悪態を吐いた。

こんなに悪いのも珍しいという位、今の状況は宜しくない。

兎に角、2人きりじゃないのが痛い。
紀伊梨が叫んだ所為でギャラリーがこっちを見ているし、身内が全員この場に揃い踏みしてる。
棗も居るし真田も居る前で幸村に手作りのゼリーを渡せとか、そんな神経太い事出来ない。

出来ないのに。


「有難う千百合。見に来てくれて。」


こうして微笑まれると、振り切って逃げる気が霧散してしまうのだ。
ずるい。
知ってたけれど幸村精市という男はずるい。

(・・・可愛い。)

ずるいずるいと呪文のように呟いて目逸らしする千百合が、幸村は本当に可愛いと思う。
顔から耳から全部赤くて、さっきも逃げ出そうとしてたのに、自分が此処に居て欲しいと意思表示すると寄り添ってくれる。

さっきから会いたい会いたいと思って居たけど、いざこうして目の前に居られると愛しくて堪らない。
ぎゅっと抱き締めてしまいたい。
今は其処まで開き直りきれてないけれど、いずれ開き直ってしまいそうで、幸村はちょっと自分が怖かったりする。

「本当に嬉しいよ。」
「別に大した事じゃ・・・」
「大した事だよ。練習の時間を割いて、来てくれたんだから。」
「・・・約束したし。」
「うん、最前列だったね。本当に顔が見られると思ってなかったから、凄くドキドキしたよ。」
「・・・お疲れ様。」
「有難う。千百合に労って貰うのが俺は一番嬉しい。」
「・・・うん。」

まずい、ゼリーの事の他に言う事が思いつかなくなってしまった。
でも言いづらい。
切り出し方が分からない。

「・・・・・」

幸村からすると、何か言いたい事あるんだろうな、と言うのは千百合の表情から伺い知れる。
どうしたの?と促す事も出来るけど。

(でも、それは誰かがやってくれるかな。)

今はただただ、この可愛い彼女の顔を見ていたい。
このまま小さい手を握っていたい。









「さーて、あっちの事はあっちに任せて、こっちはこっちでゼリー開けますよーw」
「「よっしゃあ!」」

クーラーバッグを開ける棗の台詞に、ハモってハイタッチする紀伊梨と丸井。

「ブン太は兎も角、お前もそこまで喜ぶのか・・・?」
「え?だってゼリー美味しいよ?」
「いやそうなんだが、」
「桑原、余り深く考えん方が良いぜよ。」
「五十嵐は丸井並みの食い意地の持ち主だからな。」

「・・・・・」

真田はわいわい騒ぐ一同から少し離れた所で、幸村と千百合を眺めていた。

「真田君。」
「む?・・・春日か。」

紫希は真田の元に来ると、ペコっと頭をさげた。

「な、なんだ?」
「有難う御座います。幸村君を連れて来て下さって。」
「・・・ああ、その事か。何、大した事ではない。」
「いえ。幸村君、ああいう時に突っ切るの苦手ですから。真田君が居なければもっと時間がかかっていました。有難う御座います。千百合ちゃんも喜びます。」
「・・・・・・」

千百合。
黒崎千百合。

真田ははあっと溜息を吐いた。

「春日。」
「はい?」
「その・・・お前には常々謝らねばならんと思っていた。」
「?なんのお話です?」
「その、クラスで何時も、俺と黒崎千百合が・・・」
「・・・ああ!いえ別に、そんな大した事ではありませんよ。」
「・・・実は先日、五十嵐に注意されてな。」
「紀伊梨ちゃんに?」
「ああ。俺は怠けているというか、黒崎千百合と仲良くする努力をしていないと・・・」
「そ・・・そう、ですか・・・」

紀伊梨から話をしたとざっくり聞いてはいたが、周りの人は多分ギョッとした事だろう。
あの紀伊梨が真田に向かって怠けていると言うなんて。

「だから、俺も何か努力せねばと思うのだが、具体的に何と言われると何も思いつかず・・・春日。」
「はい?」
「何故笑うのだ!俺は真剣な話をしてるのだぞ!」
「あ、すみません、あの・・・」

「紫希ー!これ、誰がどれとかあるのー?」

「あ、やります!すみません!」
「おい春日、」
「ごめんなさい、真田君!後でお話しますから!」

パタパタと駆けて行く紫希。
真田は何か釈然としない思いを抱えて、自らも少し遅れててくてく歩いて行った。ゼリーは食べたい。

「ごめんなさい棗君!お任せしてしまって・・・」
「いやいやこっちこそ悪いね、イチャついてる所をw」
「棗君、そういう失礼はいけませんてば。」
「なんじゃ。真田が好きならそう言えば、最初から当ててやったぜよ。」

当ててやる。
というのは、ライブ決行作戦に当たり、今丸井が担当しているポジションの事であるが。

「違います。お願いですから間に受けないで下さい。」
「どうかの。」
「え!?紫希ぴょんてそうなの!?」
「紀伊梨ちゃん、本気にしないで下さい!冗談ですから、棗君の冗談ですよ。」
「そうなのか?」
「桑原君まで疑わないで下さい、お願いします・・・!」
「い、いや、俺は良く知らなくてだな!悪い!」

すぐこういう茶化し方をするのは、棗の悪い癖だ。
もうちょっと控えめにして欲しい処だが、治らないのはもう知っている。

「何の話だ?」
「真田。いや、大した事ではない。黒崎と仁王の悪趣味な冗談だ。」
「随分な言い草だなやなぎー君w」
「悪趣味とは失礼ぜよ。」
「悪趣味だろい。」
「「・・・・・・」」
「・・・?なんだよ。」

急に真顔になって、じ・・・っと丸井を見つめる仁王と棗。

「・・・そうね、悪趣味だったね。ごめん紫希。」
「悪かったナリ。」
「なんですか急に・・・!?」
「おい、お前ら絶対腹の中でなんか考えてんだろい。」
「「別に?」」

「ねーねー、やなぎー!悪趣味ってなーにー?」
「お前はそんな事も知らんのか!この前と言い、たるんどるぞ!」
「知ってるよー!聞いた事あるもん!でも覚えられないー!」
「一応教えておくが、悪い趣味と書いて悪趣味と読む。性格が捻くれている人間に良く使われる。」
「へー!」

「なんかすげえ失礼な事言われてる気がするw」
「プリッ。傷つくのう。」
「自業自得だろい。なあなあ、それよりゼリーは?」
「あ!ええと、此処に人数分と予備があります。どれも同じですので、1人1個どうぞ。」
「・・・ん?」

生真面目な男、桑原。
彼は気づいてしまった。

1列5個で、2段重ね。
今全部で10人。

「なあ、予備って言ってたけど、一つ足りなくないか?」
「えっ!?足りないの!?泥棒に盗られた!?」
「違うわw落ち着けw」
「いえ・・・足りてるんです。人数分+1で。」
「え、でも、」
「ああ、彼方か。」

柳の言う彼方。
に、在わすのは、未だに動けない千百合と、そんな千百合を見て幸せいっぱいの神の子様。

「でもいい加減呼ばないとねwおーい、2人ともー!」

千百合のゼリーは、保冷剤と共に此方が持っている。
棗は手を振って、2人を呼んだ。
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