Training camp - in Hyoutei gakuen -:How to grow
こうして始まった勉強日だが、当たり前だが可憐だって自分の課題がある。先日のテスト前勉強会みたいに、一方的に人を教える立場にばかり回ってはいられない。
まあそうは言っても元々勉強は左程不得手ではないし、なんだかんだ勉強会で先生役をやった者は色々聞かれがちではあるのだが。
(ええっと、ここの助動詞が・・・)
「ね〜ね〜桐生ちゃん。」
「ん?なあに、芥川君っ?」
「この数式とこの数式って一緒でしょ?どーしてこの問題でこっちだと上手くいかないの?」
「ん?ええと・・・・んと・・・あ!わかった、これはねっ。」
芥川は宣言通りがっちり起きていた。
お前こんなに長時間起きていられるんだなと皆が感心するくらい起きていた。
そして意外や意外、起きている時の芥川はなかなかこれで鋭い質問を繰り出してくる。
普段寝ていて授業なんてろくすっぽ聞いてない事を考えると、驚異の学習能力の高さと言えよう。
(やっぱり芥川君って、その気になれば集中力は凄いんだよねっ。テニスの時もこの調子で、起きてさえいればいきなりそこそこの事が出来ちゃう感じなんだろうな。)
「・・・で、その時にこっちの定理を当てはめるから、その時にこっちの形の式でないといけなくってっ。」
「へー・・・」
「おい、芥川。」
解説する可憐と、それを熱心に聞く芥川の間に割って入る声。
2年の先輩部員である。
なんだか憮然とした表情に可憐はどうしたんだろうかと身構えるが、芥川本人は?な顔しかしてない。相手の剣呑なオーラなど意に関せず。
「俺?何?」
「あっ、芥川君っ!先輩だから敬語を使わないとっ!」
「あれ?先輩だっけ?じゃあええと、何ですか?」
「お前・・・ふざけるのも大概にしろよ!」
バン!と机を叩く相手の部員。
可憐も周りも思わず身がすくむが、やっぱり芥川だけは?な顔のまま。
「何が?ですか?」
「良いご身分だなって言ってるんだよ!部活にも殆ど参加しやがらねえでサボって寝てばっかりで、おまけに合宿で起きてたからってご褒美に部長と試合だ!?お前は世の中舐めてんのか!」
ざわめく部員達。
今日は勉強日で基本的に皆静かに勤しんでいるため、こういう怒鳴り声は非常に良く通る。
また、間が悪い・・・というよりはわざとそうしたのだろうが、跡部は今生徒会の用事で一時抜けている為、誰も止める者が居ない。普通こういう場を収めるなら部長がするべきで、居ないなら副部長がそうするべきなのだが、跡部が副部長というポジションを撤廃したのが今裏目に出ているわけだ。
「ジロー、」
「宍戸、辞めとき。」
腰を浮かしかけた宍戸を忍足は手で制した。
「なんでだよ!」
「ある程度ああいう事言われるんはしゃあないて。普段が普段やねんから。」
「そ!・・・れはそうだけどよ・・・」
一方、向日は見るだけで立とうとはしない。その様子を今日同グループの網代も見ている。
「向日君は止めなくて良いの?」
「え?ああまあ、手が出されそうだったら止めっけど。」
「出てもおかしくなさそうな空気じゃない?」
「ジローに対して実際に手が出るような奴なんか滅多に居ねーよ!毒気抜きの名人な上に運も良いんだから。」
「うーん、それはまあ頷けるけど。」
(ど・・・どうしようどうしようっ!)
明らかに立腹の先輩。それも態度に問題ありとはいえ、問い詰めている内容としてはあちら側が正当なので、可憐は止めるとしてもどう止めれば良いのかとても判断に迷う。
周りも大体似たようなものだった。
荒事に発展しかねない空気は感じつつ、それはそれとしてどっちが悪いかと言われると正直言って芥川の方である現状を鑑みると、みだりに止めて良いものか。止めるとしてどう止めるか。
実はこの場の中には、まあ一発良いのを貰っても仕方がないとか、良いぞもっとやれと内心で思っている者さえ居る。
しかし何故か、当の本人は誰よりも何も起こっていないような平和そうなキョトン顔をしているのだ。
「Aと、つまり先輩も跡部と試合したい感じ?ですか?」
「そういう事を言ってるんじゃねえんだよ!」
「?じゃあどういう事?」
「なんでお前は周りが必死でやってる中で、自分だけ寝てて良いと思ってるんだって聞いてるんだ!」
「ん〜・・・でも眠いもんは眠いC、それに起きてても練習そんなに楽しくないC。」
「当たり前だろ!練習は辛いもんなんだよ!」
「そうなの?皆楽しいからやってるんじゃないの?あ、ですか?」
「お前は俺達が楽しくて毎日やってると思ってんのか!」
「うん。じゃないや、はい。」
「違うに決まってるだろ馬鹿か!」
「皆そんなつまんない事ばっかりしてて強くなれるの?」
突き刺さった。
相手にだけではない、この流れを聞いていたほぼ全員にこのセリフが刺さった。
今しがたまで突っかかる態度を顔に惜しみなく出していた先輩は、一転して臓腑に手を入れられて握られたみたいな顔になっていた。
「・・・・・・」
「俺、楽しくないと頑張れないんだよね〜。だから起きてたい時しか起きなくて良いやって思ってたんだけど、先輩とか皆はつまんないのに起きてるの?なんで?」
「そーいう風に強くなれるのはお前だけなの!」
割って入ってきたのは、頃合いを見てこちらに来ていた向日。
ちらりと見た先輩の顔はすっかり憤る気を失くしていて、向日としてはまあこうなるだろうなと思っていた。
「そうなの?」
「そーなの!だからお前と違って、こっちは起きてなくちゃいけねーし練習も真面目にしないといけねーんだよ。」
「そうなんだ〜。」
「そう!先輩も!」
「え?」
「ジローにこの手の事話してもあんまり意味ないですから、って事です。此奴、俺達とする努力の方向が違うんだから。」
そもそもテニスに於ける努力という概念が芥川には薄いのだ。
芥川にとってテニスは楽しいもので、楽しくないと感じながらも歯食いしばって頑張るものじゃない。
そしてかなり不思議且つ得且つ真似の出来ない性分ではあるが、芥川はそれで強くなるのだ、実際のところ。その辺を周りに分かって貰わないと。
「だから、ジローは俺達と自分が一緒だと思うなよ?」
「は〜い。」
「先輩もそうですよ。此奴が俺達と同じ事してて伸びると思わない方が良いです。真面目には見えないですけど、実力つけるためには無理して練習に引っ張り出さない方が良いんです。」
「・・・そんな事ってあるか?」
「あるんです!」
言い切って、ほら勉強に戻れと芥川の頭を机に向かせる向日の態度は、長い付き合いを髣髴とさせる分妙に説得力がある。勿論納得いってない顔のものもちらほら居るが、最初に詰め寄ってきた先輩部員はもうなんだか説教する気が失せ気味になってしまった。
ほらお前も戻れよ、と同級生の2年に促されて去っていく部員の背を見て、手が出るのではとハラハラ見守っていた周囲はホッと胸を撫で下ろした。
「あ、そーだ!ねえがっくん、ついでにここ教えて〜?」
「だーかーらー、俺は政経無理なんだって言ってるだろ?他の奴に聞け。」
「そ〜だっけ〜?わかった、そうするー。」
「そうしろ!」
向日も立ち去り、完全にこの件の空気が霧散した所で、芥川はあっけらかんと隣の可憐の方を向く。
「ねえねえ、桐生ちゃんは政経わかる?数学の後で聞きたいんだよねー。」
「うん、良いけど・・・」
それは良いけど、どうしてこんな普通にしてられるんだろうか。
今割とかなり一触即発な空気になっていて、その一番真ん中に居たのに、そんな事全然意に介していない・・・というより気づいてないのだろう。多分。これが鈍感力という奴か。
いやまあ確かに、手は出されなかったし事なきは何故か得られたけども。
(芥川君は、本当の本当にこれで良いのかな・・・!)
見てる方がドキドキする芥川のテニス道は、未だ誰も思うようには出来ない。
4/7
[*prev] [next#]
[page select]
[しおり一覧]
1年1学期編Topへ
1年夏休み編Topへ
-