「やあ、恥ずかしいとこ見られちゃったなあ」
高尾の隣を歩きながら、慈島は頬をかいた。
「荷物まで持ってもらっちゃって」
「いいんすよー。てゆか、オレ通りかからなかきゃ大変だったんじゃないすか? この量……」
高尾が押す自転車の籠には2Lのペットボトル二本とスナック菓子をいくつかが入っている。もともとそれが入っていたビニール袋は無残に破け、すでに機能を失っていた。
「んー、さっき買ったばっかだし、コンビニで言えば代わりの貰えたろうけどねえ……、あそこ近所だし、恥ずかしいから高尾くんがいてくれて助かったよ」
そちらにせよ恥ずかしい思いをするなら、友人の後輩のほうがまだいい、と慈島は言った。高尾はゆっくりとした歩調の慈島に合わせながら、意外に思った。
「慈島さんって、他人の目とか気にするんすね」
高尾は失礼だとはわかっていたが、思い切って口に出した。一方慈島はさして気にしたようすもなく、眉を垂らした。
「ふふ、よく言われるー。よくぼーっとしてるよねーとか」
「実際ぼーっとしてます、もん。オレ先輩見かけたのこれで二回目っすけど、超ふらふらしてますよ」
現在進行形で足取りと視点の定まらない慈島を間違っても車道側に置きたくなかった。どうやら街灯の光を目で追っているらしい。歩くのに合わせて顔が後ろに逸れていった。
「しっかりしたいんだけどねえ、――……」
車が前からやってきて、ふたりとすれ違い走り去った。エンジン音にかき消され、慈島が何を言ったかわからなかった。もしかすると、何も言っていないのかもしれなかった。
あ、飛行機。そう呟いて、慈島は夜空を仰いだ。
さらに歩みが遅くなり、いつか足を止めてしまいそうな慈島をはらはらしながら高尾はペースを合わせた。わずかしか関わっていない高尾ですらこのざまなのだから、宮地の心中たるや。案外、慣れてしまえばまた違うのだろうか。どちらにせよ想像を絶することには変わりなかった。
「高尾くん」
やや後方を歩いていた慈島から突然名を呼ばれ、ぱちぱちと目を瞬かせた。
「バスケ部、どう?」
高尾は暗に宮地の話題を振っているのだと察した。
「そうっすねー、大会も近いし、気合入ってますよ!」
「そっかー、大会かあ。道理で最近、ぴりぴりしてると思った」
「あのひといつもぴりぴりしてません?」
高尾が冗談めかして笑うと、慈島は神妙な顔で頷いた。
「確かに! 毎日起こられるんだよ、私。……カルシウム! て文句言いたいけど、足りてるもんねえ」
「足りてますもんねえ」
「高尾くんも大きいよお」
思わずやかっみが混ざっていたらしく、くみ取った慈島は励ますように言った。
「あと、眉間にしわ寄るよ、っていっても、笑ってるし」
「あの怒り方一周回って超怖いんすよ。部活中とか普通に怒鳴られるんですけど、そっちの方がまだいいっす」
「私は真顔でしかられるのが一番やだなあ」
見たことある? と下から見上げられ、いつの間にか距離が詰まっていたことに内心驚きつつ、「それはまだないっす」と距離を取りながら返した。
なんというか、話しやすいひとだと思った。宮地という共通の知り合いがいることや高尾自身がひとと接するのが得意ということを除いても、話しやすかった。話し方か人柄か、それとも別の何かなのか、慈島は予想通りのマイペースで予想以上にのんびりしていたけれど、他人の機微に疎いわけでなく、どちらかといえば聡い印象を受けた。
それで、気づいていないほうが無理がある。
「お、着いた着いた」
あっという間だったねえと無垢そうに慈島は笑いかけた。十数分ほど歩いて、辿り着いたのは慈島の自宅だった。慈島は再度礼を告げながら自転車の籠から荷物を回収していった。
宮地が踏みとどまっている理由があるとすれば、慈島に何かあるのだろうと思っていた。
最有力は、マイペースでのんびり屋な慈島のイメージに通じる鈍感さで、宮地の感情に気づいていないから、という理由。時点で、慈島が宮地のことを性的な意味で好きではない、という理由。
けれど今、雑談しただけでそのどちらでもないことがわかった。
つい先日事情を知っただけの、無関係である高尾が踏み込んでいいライン。その境界が、もう見えなかった。
ただの暇つぶしのはずだったのに、いつからか止まれない場所まできてしまっていたらしい。
「慈島さん」
腕いっぱいに荷物を抱えた彼女が、高尾を見た。目が合って、怯えるように肩を震わせ、泣きそうな顔で笑った。追求から逃れようとあがいても、無駄だ。高尾が決めたからには、逃さない。
「慈島さん、宮地さんのこと――」
「――……好きよ」
慈島は、高尾と始めて会ったときのように、遮って、拒むように遮って。
そして、自ら終止符を打った。
「ずっと、ずっと前から、ずっと、好きなの」
腕から、荷が零れ落ちそうになって、慌てて高尾が受け止めた。
「なら……っ」
自然と距離が詰まったが、いまさらそんなことは、どうだってよかった。
慈島は今にも落ちそうな滴を双眼に湛えて、高尾を睨んだ。
「貰ってばかりじゃいやなの。私は、宮地に何も返せないから」
何もない。なら、せめて、自分のことくらいは。
――……しっかりしたいんだけどねえ。そう言って笑っていたのを思い出した。そうか、あのとき言っていたのはこれだったのか。
高尾は息を大きく吸って――吐いて、もう一度吸った。
「大丈夫っすよ」
笑って、確信していった。
大丈夫。言われて、慈島は目を見開いて、その拍子にぽろりと涙がこぼれた。
頬を伝手って、次から次へと滑り落ちていく。
「宮地さんのことは、オレより慈島さんの方が詳しいっしょ」
だから、わからないはずがない。
「あんたがあのひと信じないで、どうするんすか」
そう言って挑発的に笑った。
ぐ、と言葉に詰まったあと、慈島は「ばーか」と呟いてペットボトルを抱えなおし、くるりと身を翻した。玄関の中に消える前、振り向いて、逆光で見えなかったけれど、たぶん力の抜けた笑顔で言った。
「じゃあね、また明日!」
それだけいって家の中に入って行ってしまった慈島と明日も会うのかはさておいて、高尾は鼻歌を交じりに自転車を漕いだ。
余談だが、次の日、高尾はなんやらかんやら複雑な感情の宮地に、良い笑顔で絞められるのであった。