アサヒには友達がいない。
母にあまり他人と関わらないように言いつけられていたので、森を一人で散策したり、本を読んだり、修行したりしていた。町にいるときも絶で気配を消すのが常だ。
そのためアサヒは知り合いが極端に少なく、当然友と呼べる仲にまで発展する人数も少ない――正確にはゼロだ。
寂しくなんかない。寂しくなんかない。
静かなのが一番だ、アサヒはそう思いながら、人生を過ごしてきた。
「あっ! いた! アサヒ発見、あちしの勝ちね」
「ぐ……、次は負けない……」
「よかった、みつけられて。アサヒちゃん、お昼食べよう?」
「……ん」
アサヒは三人の『誰が先にアサヒを見つけられるか』という遊びのターゲットとなっていた。昼休みになると三人はアサヒを探し始め、見つけたらお昼を食べる、というのがお決まりのパターンになっている。
いつも勉強しているサラダの邪魔をしているのではないかとアサヒは心配したのだが、曰く「これも修行の一環」らしい。確かに索敵の修行になっているのかもしれない。サラダが照れくさそうにそう言ったことに気づかず、さすがだ、とアサヒがサラダに尊敬の目を向けたことは、一連のやり取りを生暖かい目で見ていたチョウチョウの記憶に新しい。
「アサヒ、今ので何パーセント〜?」
「ん……、五十……五、六」
「なかなか五十切れないわね……」
このパーセンテージは、絶なしの単に息をひそめる状態を100、完璧な絶状態を0としたときの値であり、少なくなるほど気配が希薄になる。
遊び――いや、索敵修行が始まった段階は0であり、時間経過とともにじわじわ数値をあげていく、つまりオーラを纏っていく感覚だ。
揃ってうーん、と腕を組んでいると、教室前方から舌打ちの音が聞こえた。扉のところに立っていたのは、褐色の少年。クラスの誰よりもしっかりとした体格で、小柄で華奢なアサヒとは最もかけ離れた風貌だ。
「屋上行こっか……?」
スミレのその言葉をきっかけに、四人は教室を出た。
アサヒのお昼ご飯は母の弁当だ。
母は料理上手で、アサヒは特に卵焼きが大好きだ。
「……!」
アサヒは弁当箱を開いて、その隅に黄色い塊があるのを見るや破顔した。顔の下半分を覆っていた手ぬぐいを外して弁当を食べ始める。卵焼きは最後だ。
アサヒは寡黙な質で、四人でいるときは話を振られた時以外、聞き役に徹する。
話しているのはだいたいチョウチョウとスミレで、サラダがときどき口をはさんでいる。
「そういえば、もうすぐだっけ?」
「うん、もう2週間も経つんだね」
「はあ、騒がしくなるわ」
「男子ってみんな子供だけど、中でもあいつは断トツっていうか〜」
サラダは弁当を食べ終わると教科書を開くので、アサヒはそのサラダを眺めるのが日課になっている。サラダは勉強をしているとき基本的に無表情だが、わからないところがあると眉をしかめ眼鏡をくいっと上げる。しばらくそこに視線をとどまらせ、解決すると僅かに表情を崩し、勝ち誇ったように口角をあげる。どうしてもわからないときは、記述の部分をトン、と叩いて次へ。不愛想に口をゆがめていることが多いが、ふとしたときに表情を変えるサラダは、見ていてとても楽しい。
今日も一番に食べ終わったのはサラダで、アサヒはそれに気づきサラダを見た。アサヒの弁当も残すところ卵焼きだけになっており、本日の楽しみにアサヒは気分を浮つかせた。
「アサヒ、卵焼き嫌いなの? もらったげる」
「!」
アサヒが視線を弁当に戻した時には、チョウチョウの手は既に卵焼きを手にしていた。アサヒが口にモノが入った状態で口を開くのをためらった一瞬で、卵焼きはチョウチョウの口に吸い込まれた。
「……!!」
ガーンと顔を青ざめさせたアサヒを見て、スミレが「もしかして、好きだから残してたんじゃ」と慌てた。アサヒはタンッ箸を風呂敷の上にたたきつけ、とチョウチョウの背後に回り込んで、ぽこぽこチョウチョウの肩を叩いた。
「マジで? ごめ〜ん。代わりにこれあげるから許して」
「チョウチョウが、ひとにお菓子を……!?」
「ちょっとサラダ? あちしだって悪いと思ってんのよ」
「……ん」
チョウチョウお気に入りの未開封のスナック菓子を差し出され、アサヒは手を止めた。
「あ、肩たたき気持ちよかったのに」
「……」
怒りの連撃を肩たたきと称され、アサヒは頬を膨らませた。
「ふふ、ハムスターみたい」
鋭い睨みをスミレにそう称され、アサヒは手ぬぐいを巻き直した。悪気のない優しい微笑みがより心をえぐった。
体育座りでサラダの背中に張り付いたアサヒの機嫌をスミレが取り終えるころに、昼休みは終わった。
――夜。アサヒ家にて。
「アサヒ、最近なんだか嬉しそうね」
アサヒの髪を乾かしながら、母が言った。
「何かいいことでもあった?」
「ん。……友達、できた」
「……そう、よかったわね」
思い浮かぶのは個性豊かな三人の少女たち。アサヒは照れくさくって、手ぬぐいを引っ張り上げようとしたけれど、ふろ上がりでつけていなかった。代わりの照れ隠しで、アサヒは言葉をつづけた。
「明後日から、謹慎してた子もくるの」
「謹慎?」
「ん。入学式に、火影岩に突っ込んだ子」
「……」
母の頭をなでる手が強張った。ピタリと動きを止めた。
「……それって……ナルトの……。まさか、息子世代……!」
「……?」
「……アサヒ」
母が震える声でアサヒの名を呼ぶ。
「アサヒ、クラスの子と友達にならないで」
「!」
突然の言葉に驚いて振り向くと、アサヒを見下ろす母の顔は青ざめていて、ドライヤーを握る手は白くなっている。
「いい子だから、ね?」
優しい声音でそう囁いて、母がアサヒを抱き竦めた。
母の手から落ちたドライヤーが、床で熱風を吐き出している。
アサヒには、友達がいない。