木の葉隠れの里が誇る、天才忍者・猿飛木の葉丸。
そう紹介をされた特別講師は照れたようにはにかんだ。
「大げさですよ……」
親しみやすそうなひとだ。それがアサヒの第一印象。女の子に囲まれて、ボルトはデレデレしているといったけれど、近づいても邪険にされないというのはかえって好印象だ。

それにしても、口寄せ、である。
「……」
まず思うのは、自分にできるのかということ。アサヒは例えばチョウチョウのような部分倍化の術もシカダイのような影縛りの術も使えない。彼らが特別な家系であること除くにしても、火遁も土遁も、果ては分身の術も使えないのだ。疑いようもない。アサヒには忍術が使えないということだ。
ただでさえそんな状況なのに、これもできなかったら。
アサヒは俯いて、地面の小石を蹴った。
『何かあったら、オレに相談すると良い。なぜならオレはお前の担任なのだから』
「……」
シノの言葉が思い浮かんで、きょろりと探してみる。子供の中で身長の浮いた教師はすぐに見つかった。なにやら肩を落としているようで一瞬ためらうが、ぐっと拳を握り締め、シノの下へ向かった。
「……せんせ」
「! アサヒか。どうかしたか?」
「わたし、口寄せ、……」
「……ああ、なるほど」
アサヒの懸念を察したシノが、手に持っていた巻物をするすると広げた。
「とりあえずやってみろ」
「……はい」
アサヒは言われた通り、巻物の中心にそっと手をのせてみる。
「チャクラを流し込んでみろ」
チャクラ……オーラでいいのだろうか。オーラを使うことに少し躊躇したが、通常状態から手に集めれるだけならばセーフだと勝手にルールを作り、オーラをゆっくり手に集めた。
「……」
「……何も起こらない、か」
シノの告げた現実に、アサヒはしゅんと肩を落とした。
やっぱり、だめなのか。きゅ、とフードを両手で引き下ろした。
「アサヒ」
巻物を巻きながら、シノは言った。
「俺の友人に、忍術を一切使えないやつがいた」
「……! そのひとは、」
「ああ、そいつは血の滲むような努力を重ね、体術だけで忍になった。確かに忍術を使えないことが大きなハンデであることに変わりない。だが必ずしも忍術がなければ忍になれないわけではない」
「……」
「アサヒ、現実を見ることだ。幼いお前には酷かもしれない。だが、お前が忍になるには絶対に必要なことだ」
「……はいっ」
アサヒが大きく頷くと、満足げに笑ったシノは巻物をもって他の生徒に声を掛けに行った。
アサヒも生徒の輪に戻りながら思う。
現実を見る。現実――アサヒが特殊な存在であるという、現実。アサヒは母に「私たちは周りと違う」と言われても、その実感を抱けずにいた。それは今も変わらない。けれど、母が言うならそうなのだろう、と漠然と受け入れていたその事実と、もっと向き合わなければいけない。

「猫もいいよな」
物思いにふけっていたアサヒはクラスの女子の言葉にはっとした。
猫と言われ、昨日の三毛猫を思い出す。連鎖的にいろいろなことが浮かんできて、頭を振った。
何の話をしているのだろう。
サラダに近寄り、腕をつく。
「ああ、何を口寄せするかって話ね。アサヒは何がいいと思う?」
「……んん」
アサヒは口寄せが出来ないので何を選ぶにしても狸の皮なのだけど、とりあえず考えてみる。
「……鳥、かな」
「鳥? どうして?」
「空飛ぶの、楽しそう」
「……単純でいーわね、アンタは」
「むう」
確かに、できない前提で考えたため、欲求に忠実になってしまったかもしれない。他には……とアサヒが考え込んでいると、男女間の言い争いが始まっていた。
それぞれの意見を聞きながら、また考える。
スマートで、かわいくて、実用的で、見た目で脅せるもの。
「……ハリネズミ?」
ひとり呟くアサヒを置いて、争いは激化していく……。

なんだかおかしなことになった。
アサヒは場所と日時を告げるシノと、それに盛り上がるクラスメイトたちを眺めながらアンパンを齧った。普段は弁当だが、珍しく母の仕事が長引いているらしく、作り置きの分がなかったので購買で買ったのだ。(仕事のときは、いない日の分も母が作り置きしてくれてその日の朝アサヒが詰めている)
「あわわわわ」
わたわたしているスミレにすっと差し出せば、混乱したままかぶりついた。
「おいし?」
「ん、んん」
何を言っているのかわからないけれど、忙しなかった動きが止まったので問題はない。
「ああ、それからアサヒ。気配指数、といったか、あれは5割までだ」
「えっ? なんでですか?」
突然の名ざしに驚いた。返事をしたのはアサヒではなくサラダだ。
「なぜなら全教員が見つけられるのがおおよそそこまでだからだ。オレだけならともかく、流石に虫を学校中に広げるわけにはいかないからな。ある程度見つけやすいほうが安全だろう。意図しない攻撃が入る可能性もあるから、十分気を付けるように」
「はい」
これも、現実。安易に気配を消すと、誰にも見つけてもらえなくなるかもしれない。完全に絶をした状態で気絶するどうなるかはしたことがないのでアサヒ自身も分からない。もとからある程度抑えるつもりではいたため、シノの提示した目安に頷いた。
サラダもそういうことなら、と渋々だが納得したようだ。作戦の一環としてでも自分のことのように真面目に考えてくれるサラダの言葉を嬉しく思う。
先生の号令によってその場は解散となった。アサヒは散らばっていく生徒の中にツンツンした頭を見つけ、「あ」と声を漏らした。
奢り、どうしよう。
今買ってもいいのだけど、先ほどの空気的にそんなことを言える雰囲気ではない。
「……」
雰囲気というのは厄介なもので。
アサヒはこういう、何かを示唆するような空気が苦手だ。自然の空気はいい。目を瞑って、座禅を組んで、空気に溶け込んでいくような感覚は気持ちがいい。けれどこの空気はダメだ。話しかけたいひとに話しかけられないような空気はいらない。
勝負というからには勝ちを目指すけれど、それよりもこの空気をどうにかしようと心に決めた。

結果から言うと、女子の勝ちだった。そしてアサヒに碌な活躍はなかった。
スタートと共に単身飛び出し、他の女子たちにタイミングを合わせたイワベエの土遁からは逃れひとり先を行っていくことができた。男子たちの注意は完全に後方に向いていて、シカダイの影縛りの標的になることもなかったのだが、問題はその先、シノの仕掛けた鬼のような罠だった。なるほど気配指数を制限するわけだ。そう納得せざるを得ないほどだった。予期しない爆風に撒かれ一時気を失い、追いついた時にはもうクライマックスだった。
木の葉丸が謎の蛇に螺旋丸を打ち込んだタイミングで屋上にたどり着き、閃光に目を閉じていたらわき腹に硬いものが衝突した。次は何のトラップだと涙目で睨みつけると争っている目標物だった。流石に何もしていない自分が貰うわけにもいかず、アサヒは隣で茫然としていたスミレの袖を引いた。――そして、女子チームの勝利となった。
アサヒの働きと言えばフラッグが飛ばないようの障害物になったくらいである。そのあとどこに行ったかと思っていたと一頻り心配された。
余計な心労までかけてしまった、とアサヒは唸ったが、何はともあれ勝利である。
それも、完全勝利だ。何が起こったかは来るのが遅かったアサヒには分からないが、どうやらチョウチョウをいのじん・シカダイ・ボルトで助けたらしく、勝負前の険悪な空気は払拭された。
よかった、と胸を撫で下ろしていると、校舎が倒壊した。
「やっぱりやりすぎだよな、あれ」
誰かの声に賛同しつつ、アサヒはシノをじと目で見ながら心中で詰った。
……ほんとに、ビックリした!

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