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偏差値中の上、施設はそれなりに綺麗で、大きく、制服の着こなしが自由な、前評判の良い高校だった。実際、噂に違わず施設は綺麗だったし、先生たちも熱心で、授業は楽しかった。
ただし、突然窓が割れたり、自販機が一つ減っていたりすることはざらで、運が悪ければ自販機が目の前をかすめることさえあった。あんな経験をするのは人生に一度きりでいい。……何度もあってたまるかという感じだが、人によっては、というか平和島静雄の傍にいるひとにとっては、あんなもの日常茶飯事なのかもしれない。

平和島静雄。
同級生の彼こそ、私の高校時代を薔薇色からおどろおどろしい鮮血に染め上げた原因のひとりだ。
もう一人は、折原臨也。
あと岸谷君とか、門田君とか、関わっていたひとは居はしたけれど、彼らは後処理に回っていたので感謝こそすれ、恨み言はない。しいて言うなら何とかしてくれというクレームだろうか。
平和島君と折原君は毎日毎日飽きもせず校内を追いかけっこしている。いや、追いかけっこなんて可愛いものではない。あれは殺し合いだ。それも周囲の被害を全く加味しない、大層迷惑な。百歩譲って殺しあうだけなら、勝手にしてくれと放置できたのに……。

さて、彼らと同輩である私は一年生のはじめから彼らの殺し合いの被害を被っていたわけで、それを何故、二年生になった今更蒸し返しているのかというと、平和島君と同じクラスになってしまったからである。
……あの殺し合いが自分のクラスで巻き起こされるなんて、冗談じゃないんだけど!

クラス発表の掲示板の前は正しく阿鼻叫喚だった。

「やった、折原君と同じクラスだ!」

一緒に見に来ていた友人の千歳ちゃんの言葉に、私は目をかっぴらいた。

「千歳ちゃん頭大丈夫!?」

思わず突っ込むと、彼女は不満げな顔をした。

「大丈夫ですう! いいじゃん折原君」
「確かにルックスはいいけど、あの片割れだよ?」
「ふふん、去年同じクラスだった子によると、基本折原君が喧嘩売りに行くらしいから、折原君のクラスは実害少ないんだって! 少なくとも平和島君のクラスより!」
「ねえその情報必要だった? 自慢? 自慢なの?」
「それに、折原君って平和島君意外には結構気さくらしいし、目の保養にさせて貰うよー!」

ご機嫌な彼女を軽く睨んだ。

クラスを確認し終わったのだから、今更こんな人ごみに居ても仕方がない。
帰ろう、と友人に告げて踵を返した。身体の反転に、友人を見ていた顔と目線の動きが遅れ、不注意で後ろにいた人にぶつかってしまった。結構後ろの方から眺めていたから、まさか真後ろに人がいるとは思わなかった。
慌ててぶつかったひとを見て、全身から血の気が引いた。
なぜなら、見上げた先にいたのは、

「あ゛?」

へ、平和島君……!!!

冗談じゃないぞ、冗談じゃすまないぞ。これはやばいまじでやばい何がやばいって命がやばい!! 余波ですらアレなのに、直接敵意を向けられたりしたら、確実に死……!
全身から血の気が引いていく。私は思い付くまま捲し立てた。

「ごごごごめん平和島君前見てなかったごめんなさい!!あ、ああ、大丈夫かなどっか怪我してない? えーとえーと絆創膏持ってたかなーーってあっぶつかって擦り傷とかできないか要らないよね余計なお世話でしたっすみませんあの本当にごめんなさい……!!」

混乱しすぎて自分で何言ってるのかさっぱりわからない。とにかく謝らなければとペコペコ頭を下げた。
その間掴みかかられたり殴られたりしないか心配だったが、リアクションがないので頭をあげてちらりと伺うと、額に青筋立てた平和島君と目があった。その目力で殺されそうだった。
恐怖で脳がいっぱいになり、空回りしすぎた思考回路はシューっと音を立てて熱を上げた。容量オーバー。頭の中真っ白な私は後から考えると信じられない暴挙に出た。

「ああああああのっ、私来年同じクラスの保科って言います! 一年間よろしくおねがいしまふっ!」

噛んだ……っ!
そういう問題でもない。
何をやっているんだと今すぐ窓の外に飛び出してしまいたかった。そちらの方が生存確率高そうだ。
がちがちになったまま、私が差し出した右手を平和島君はしばらく見つめていた。
水を打った静寂が広がり、平和島君が動き出したのはそれから何時間か経過した後のようにさえ感じた。
怪訝な顔で片眉を吊り上げながらも、右手を上げ、触れるだけの握手を返した。

「……おう」

どう考えても怪しい女からの握手の要請に、先ほどまで怒っていたはずの平和島君は、包むように手を添えた。
酷く慎重な握り方だった。……まるで私の右手を気遣うように。

――きゅん。

少女漫画でよく見る細字の書き文字が、自分の周りに踊った気がした。

たぶん、気のせいだ。

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