中学卒業後、進学試験に合格した私は、シャペル先生の推薦によって海外の遠月学園姉妹校へと留学した。
姉妹校、といっても、実際は遠月学園をトップとした上下関係にあるのだけれど、それは特に関係のない話だ。

シャペル先生によって組まれたカリキュラムに従い、私はまず各国の学校に1、2週間滞在し、その国の食生活や農業を学んだ。
そしてここからは自分の意思で、その後の予定を組むのだ。

私が選んだのは欧州の農業大国、フランスだ。オランダと悩んだのだが、お世話になったところの家、ソーテさんたちがすごく良くしてくれたので、フランスにしたのだった。
そんな理由かよという感じだが、小市民である私には大事なことだ。
国を移るたび日本に帰国しているものの、ホームシック気味なのだ。なるべくアットホームな場所がいい。

「#アキ#ー!」
「ソル」
アットホームな環境の一員である少年が手を振って#アキ#を呼んでいる。
「はやくシゴトやろーぜー」
「はいはい」
私は小走りでソルのもとに駆け寄った。私の臍ほどの背の少年、ソルは、愛らしい見た目に反し、この農場で一人前に働く仕事人だ。
私は基本的にこの少年と共に作業をしている。
「じゃ、今日も頑張ろーね」
「おう、足引っ張んなよ」
私の日常はフランスの地で、新しい形で繰り広げられていた。

――日常は壊されるためにある。そう言ったのは誰だったろうか。
「なんでおまえがここにいる!?」
眼鏡の奥で目を見開いた彼は、トマトを頬張る私にそう言った。
「……それはこっちのセリフですよ、四宮さん」

それよりも三時のおやつにとれたてトマトを齧っていたところを見られた。女子高生にあるまじき姿に言及される前に私は先手を打った。
とりあえずこんな状態ではなんなので、ということで、ソルに残りの作業を任せて、私は四宮さんを家へ案内することにした。

「自転車二人乗りと、徒歩、どっちがいいですか? 乗り心地は保証しませんけど」
「そんなに遠くないんだろ、歩きでいい」
「よかった、四宮さんは重そうですから」
「おまえが漕ぐ前提かよ……」
だって漕がないでしょう、四宮さん。

さて、なぜここに、という話に戻るが、四宮さんは遠月の伝手でソーテ家へやってきたらしい。
始めこそ突然のように思ったものの、よく考えればここはフランス、四宮さんは根城である。いてもなんら不思議はないのであった。

「いやあ、まさかこんなところで会うとは思ってませんでしたよ」
「いまだに俺はおまえがここにいる意味が分かってないんだが」
「説明したじゃないですか、そういう留学カリキュラムだって」
「んなもん聞いたことがねえ。少なくとも俺の代ではなかった」

納得いかなさそうな顔で四宮さんが眉間にしわを寄せた。そんなことを言われても私が知るわけがない。

「シャペル先生が持ってきてくださった話なんで、気になるなら聞いてみたらどうです?」

なげやりにそう言ってから、そういえば、と思い言葉をつづけた。

「あ、ご存知ですか、シャペル先生」
「ああ、恩師だ」
「へえ、そうなんですね」

四宮さんが懐かしむように目を伏せた。シャペル先生の専門はフランス料理だし、関わりが結構あるのかもしれなかった。
それ以降、四宮さんは学生時代に思いを馳せているのか口を開くことはなかった。

「……」
困った。何を隠そう私は四宮さんと会うのは二回目なのである。どうやら四宮さん目線ではそうではないらしいのだが、覚えてないのでないも同然だ。
そういうわけで気まずい。四宮さんはひとりで考え事をしているのでいいのだろうけど、全く勝手な人である。
仕方がないので延々と続く緑ときどき色とりどりな風景をのんびり眺めながら歩いた。うーん、腰を据えてからしばらく経つけれど、いいところだ。
「あ、ハチだ」
ブゥン、と音を立てて横切った虫に思わず呟きを溢した。頑張って働いてくれよ、と労う。

そうして歩いているうちにソーテ家の玄関が見えてきた。玄関前でパパが出かける準備をしていた。珍しく正装していることを不思議に思いつつ、私は声を張り上げた。

「パーパー! お客さんですよー!」
「!? パパ!?」

隣にいる四宮さんがぎょっとした。私が「そう呼べって言われたので」と見上げると、「馴染みすぎだろ」と返された。馴染んだからここにしたんです。
筋肉質なラテン系農家男性、通称パパはというと、私の声に振り向いてから、「ムッシュ四宮!」と顔を明るくして近づいてきた。
「今出迎えに行こうかと……#アキ#、案内してくれたんだね」
メルシィ、と微笑まれたので、私も笑って返す。
「お安い御用ですよ。パパったら、四宮さんが来るなら先言ってくれればいいのに」
「先に着て少し辺りを見ようと思っていたら、思わぬ知り合いに会いましてね」
冗談交じりにそう言う私に次いで、四宮さんも笑った。うわあ、業務用……。
どういう知り合いなのかと聞かれたので、「拉致被害者と犯人」と言うと四宮さんに抓られた。
「人聞きの悪いことを言ったのはこの口か?」
「いてて、冗談じゃないですか!」
嘘ではないけど。
遠月関連の案件ということと、パパの人柄も後押しをして、場は非常に穏やかな雰囲気だ。
それから案内を終えた私は自分の仕事へと戻った。

「#アキ#、あのヤローはどこのどいつだ?」
「四宮さんっていう、すっごい料理人だよ」
「#アキ#よりも?」
「私よりも!」

そりゃすげーな、とソルが口の端から涎を垂らした。

「じーちゃん、契約すると思うか」
「んー」

大きな快挙を成し遂げた四宮さんはもちろん、ソーテ家も遠月の研修先に指定されるくらいには実績と実力があるので、信用は互いに十分だとは思う。しかし四宮さんは数回あっただけでもわかる短気さだし、おじーさんもおじーさんで気難しいし、話はどう転ぶか分からない。

「まあ、上手くまとまるといいなとは思ってるよ」

四宮さんの料理はおいしい。これは間違いない。
この家の野菜もおいしい。これも間違いない。
もしこの家の野菜で四宮さんが料理を作ったら、想像を絶するおいしさに違いない。
またうっかりおこぼれに預かれないかな、と思いながら作業を一通り済ませて、私とソルは夕飯を食べに家へ帰った。

家に帰ると酔っぱらいがいた。
……なにがどうしてこの状況だ?
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