べろんべろん。
その表現を体現したかのような光景が玄関の奥には広がっていた。
確かに日はすっかり暮れているし、そもそも仕事がないなら酒を飲んでも文句は言わないが、これはあんまりだろう。
「んだこれ」
ソルが鼻をつまんで顔をしかめた。確かに酒臭い。
受け付けないらしく外に避難したソルを羨ましく思いながら、私はその地獄へ足を踏み入れた。

テーブルには四宮さんが作ったと思しき料理の残骸とコルクの外れた幾本ものワインの空瓶、何事か書き散らかされた紙、それから人間の頭がふたつ。四宮さんとおじーさんだ。これは……。
「話合っちゃったんだなあ」
気難しい人間はこれだから。
「う……#アキ#……?」
うめき声が聞こえて振り向くと、傍にワイン瓶を侍らせたパパがぐったりしたように伸びていた。壁に背を預け、うう、とまた呻いた。
私がコップに水を注いで持っていくと、ぐーっと煽ったパパは青いんだか赤いんだか分からない顔色のまま言った。
「今日泊まるらしいから、客室の準備を頼めるかい……?」
主語のない頼みごとにパパの疲れをひしひしと受け止めつつ、私は頷いた。客室……私が使ってるんだけどなぁ。

結局、流石にお客さんをそこら辺で寝せるのはまずいので、パパの言葉通り四宮さんは客室に運んだ。
客室。足の踏み場のない書庫、釘で打ち付けられた開かずの間、ベッドのない倉庫、それから私の使っている部屋がそれにあたる。つまり実質一択だ。
留学してきた身なのでモノは少ないし、おばーさんが掃除してくれるお陰で綺麗な部屋なので、特に問題はないだろう。
私はというと、ソルの部屋で愚痴りながら夜通しゲームをして寝落ちた。ちなみに日本のレトロゲーだ。ボンバーな男のゲームはいくつになっても白熱する。ちょっと昔のやつの方が私は好きだったりする。

そんな少し変わった日の次の日も、仕事は変わらずやってくる。
ソルによってたたき起こされた私は準備をしに自分の部屋へ向かった。
すー、すーと意外に穏やかな寝息を立てている四宮さんを起こさないよう、静かに部屋へ入り、着替えを探す。
あれ、おじーさんから貰った麦わら帽子は何処。
昨日何処に置いたっけなとごそごそやっていると、後ろから「あったまいてェ……」と苦悶の声が聞こえた。
起こしてしまったようだ。
振り返ると、二日酔いの頭痛に悩まされている四宮さんが頭を抱えていた。大変そうである。
おそらくズキズキしているであろう頭をなんとか持ち上げて、四宮さんが辺りを見回した。
当然、部屋の中に堂々と突っ立っている私をみつけた。

「おはようございます、四宮さん」

ぺこりと頭を下げてみたものの、反応がない。困った。

「そうだ、お水持ってきますね」

とりあえず彼の視線から逃げたい私は、そう思い立って、早々に部屋の外へ出た。背後からもの凄い音が聞こえている気がするが、私のせいではない。恨み言なら、寝ゲロ対策と言って服をひん剥いたパパに言ってくれ。……パンツくらいは残してるよね、パパ?

「#アキ#、アサメシー! ……なんで服着てねーの?」
ソルがバシバシと机を叩いていった。
「着替えて、ね」
なんで基本流暢なのに偶にすごい間違いするんだ、この子は。
「朝ごはんはもうちょっと待って。四宮さんに水持ってくから」
「じゃあちょっと仕事しとくかー」
働き者のソルは休むことを知らない。そのことをこの家の人たちはすごく心配している。私が持ち込んだゲームが大歓迎されたのもそれが一因だ。
「私の仕事残しといてね」
「おー」
まあ、怠け者よりよっぽどいいけどね。

二日酔いの薬と水、それから冷蔵庫で見つけたスポーツ飲料を持って、私は部屋へ戻った。一応コンコンとノックして、部屋に入る。
「四宮さん、水――」
ドアを後ろ手に閉めつつ、中に居るはずの四宮さんを探そうとして、ぬっと至近距離に現れた人影にぎょっとした。
びっくりしたと漏らす間もなく四宮さんに詰め寄られ、私は思わず身を引いた。
「……」
な、なんで何も言わないんだこの人!
「……」
「……」
いや、私も無知ではないし、言わんとすることは分かるのだ。酒に酔って寝落ちた翌朝、目が覚めると服を着ておらず目の前には未成年。とんだホラーである。彼のような社会的立場を気にしなければいけないひとにとっては、私が思う以上にこの状況は恐ろしいのだと思う。かなり混乱しているようだった。
ここは冷静な私がなんとかしたいところだ。ところだけれど……。あの、四宮さん?
「と、とりあえず、水飲みましょう……?」
こ、殺さないで!
二日酔いと事案疑惑のダブルパンチで元から素質のある悪人面に拍車が掛かっていた。

他人を殺しかねない顔面をどうにかしてもらった後、私と四宮さんは努めて冷静に話し合い始めた。
「確かにここは私の部屋です。ここ以外に使える部屋がなかったので、仕方なかったんです。ご理解ください」
「それはいい。寧ろ気を遣って貰ったようで感謝してる」
運んだのはパパですけどね。
と細かい注釈を挟んでから、私は恐らく彼が一番知りたがっているであろうことを言った。
「私は昨日、ソル……昨日私といた子供と寝ましたよ」
言うと四宮さんはなんともいえない表情になった。皺が多い。せっかくの綺麗な顔が台無しだ。
それから四宮さんは例によってしばらく沈黙してから、ひとまず整理をつけたのか、髪をかき上げながら言った。
「迷惑をかけた、悪かったな」
「じゃあ今日の朝ごはんを作ってくれたら許します」
「図々しい奴め」
四宮さんは苦々しい声でそう言ったものの、瞬き一つの後に料理を組み立てたのだろう、「期待してろ」と自信満々に笑った。
「ところで四宮さん」
「あ?」
「なんで服着てないんですか」
「探したけどなかったんだよ……!!」
さっきからすごく照れるのだ、小娘を舐めてはいけない
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