「うまっ、なんだこれっ」
「ん〜〜、朝から四宮シェフの料理が食べれるなんて、なんて贅沢なんだ!」
ソルが興奮しながらうまうまと繰り返し、パパも昨日の死に体が嘘のようにはしゃいでいる。おじーさんを始め他の皆もそれぞれ至福のひとときを楽しんでいるようだった。もちろん私もだ。
もきゅもきゅ頬張る私の正面には四宮さんがいて、自分の分を食べながらみんなの反応に「ありがとうございます」とニコニコしている。昨日のうちに化けの皮は剥がれてるんですけどね?
それにしても四宮さんの料理は相変わらず、いや以前以上においしい。骨抜きにされそうだ。
飲み込んだタイミングで四宮さんと目があったので、「おいしいです」と告げるとフフンと鼻高々にしている。

朝食が終われば農家は農家、料理人は料理人それぞれの仕事が待っている。
「それでは、仕入れの件、よろしくお願いします」
四宮さんが帰り支度をして、玄関でそう言った。パパが仕事モードの顔で頷く。
「お任せ下さい」
酒盛りしてたけどちゃんと仕事熟してるんだなあと私が感心していると、パパが「#アキ#」と私を呼んだ。お送りしなさいとのこと。
「構いませんよ、彼女にも仕事があるでしょうし」
「いいじゃないですか、送らせてくださいよ」
遠慮する四宮さんに私がそういえば、内心どう思ってるかはともかくとして、もう何も言うことはできない。「行きましょう」と先導して歩き出すと、再度パパに頭を下げた四宮さんが隣に並んだ。
「あのひとたち賑やかでしょう」
「ああ、嵐だな、あれは」
嵐。雨に風に雷にと多種多様な騒がしさ。間違いではないが、違いがあるとすれば一過性ではないことだ。
「おまえがフランスを選んだ理由は、これか?」
「まあ大雑把に言えばそうです」
「ったく、周囲の人間に流されやがって、これだから凡人は」
「なんで突然詰るんですか……」
おかしいな、そういう流れだったろうか。
しかしひとを貶すときの四宮さんは嫌味だが同時に生き生きしているような気がする。
「その土地の人間性に惚れて何が悪いんですか。こういうのに高尚な理由なんていらないんですよ」
「そうかよ」
くつくつと喉の鳴る音を聞いて、私は彼の顔をじっと見つめた。視線に気づいた四宮さんが怪訝な表情で私を見降ろす。二日酔いを引きずっているのだろう、いまだに顔色は良くない。けれど。
「少しは元気になったみたいで、よかったです」
「あ?」
「なんだか険しい顔をしてたので」
昨日、久しぶりに見た彼の顔は、初めて会った時とは比べ物にならないくらいに酷かった。
それがこの一日、おじーさんと語り、酒を飲み、ぐっすり眠り、朝ご飯を食べて、あのひとたちに振り回されるうちになんだかんだ生気が戻りつつあった。
「また来てくださいね。きっとみんな歓迎してくれますよ」

きっと四宮さんもホームシックなのだ。こういう雰囲気に浸れれば、多少元気になるだろう。

「……もう来ねえよ」

せっかく私が誘っているのに、あっさりと断られたことにかくっと力が抜けた。
むっとして再び四宮さんを見上げると、四宮さんの眼鏡が昇ってきた朝陽を反射していて、私は思わず目を細めた。彼が顔を逸らしたことで、漸く私は彼の顔をみることができた。
フレームに阻まれながらも辛うじて見えた冷たい瞳。吐かれた言葉のその温度を、私は知っている気がした。

たったひとり、毅然と頂点に君臨しているようで、実は寂しがりな私の後輩。意地っ張りで泣き虫な、かわいいかわいい、私の後輩。

「……四宮さん」

私は薙切さんの傷を知らない。四宮さんの苦悩を知らない。知っていたとしても、たぶんどうしようもない。

「まだ何か?」

四宮さんが二コリと笑う。
これはたぶん壁だ。
私は拒絶されている。

「連絡先教えてください」

まあそんなのは、いつものことだ。

「は?」
「ホームシックなんです! 私のDNAが日本人とのかかわりを求めているんです!」

私は今朝の四宮さんのごとく、彼に詰め寄った。半分以上本音なので、おそらく今私は必死な形相をしている。実際四宮さんも引いているので、相当酷いと思う。

「なんで俺が……」
「アナタ、ニホンジン、以上! お願いです!」
「断る!」
「助けると思って!」

押し問答すること数分、いつの間にか足が止まっていて、ハチが一匹私たちのそばを横切った。お疲れ様です!
あーだこーだと躱そうとする四宮さんは既にやけっぱちで、かなりキレていると思うがそれ以上に私がブチ切れていた。負けず嫌いか、この人!
ふと、四宮さんが時計を見た。時間を気にしている。チャンスだ。
私はそこで手持ちのカードを切った。

「私を拉致ったときの借りを返してください!」
「だから人聞きが……!」
「いやいや、実際あれ結構怖かったんですからね? 女子中学生の心臓を過信しないでください。成人男性に腕掴まれるって下手すりゃトラウマですよ!」
「どこかトラウマだ、がっつり利用してんじゃねーか!」

ガッと吠えてから、四宮さんは舌打ちをかました。

「もう二度とその話はナシだぞ」

いいな、と念押ししながら、四宮さんは携帯を取り出した。

「もちろんです!」

私はこれまでの人生で類を見ない清々しい笑顔を浮かべて、元気良く頷いた。勝った!

四宮さんの車が小さくなっていくのをみながら、私はポチポチメッセージを打った。

【一応言っときますけど、連絡先変えたりしたらさっきの約束はナシですよ】

それで送信しようとして、少し考えた後、追加で文字を打った。
【ついでにシャペル先生にチクります】

返信は【覚えてろ】だった。なるほどこの呪文は使えそうだ。
それにしてもまさかここで恫喝耐性が活躍するとは思わなかった。不良との馴れ合いもたまには役に立つ。
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