再会にぼくの右腕を振るう。

「オレ、オレだって、幸平創真!」
「ごめんわからん」
「マジ昔会ったことあんだって!」
「そ、ソーマくん、先輩だから敬語使わないとだよ……!」
オレ、オレ、と指で己を指す主張の強い見知らぬ後輩と、それを諫める恵ちゃん。
う、う〜ん。思い出してあげたいところではあるんだけど……、わからないものはわからない。
「ごめんね? あと敬語は、まあ私は気にしないけど使った方がいいとは思うな」
周りの目がね、と再度謝りつつ言うと、ユキヒラソーマくんは仕方ねえかと腕を組んだ。
「まあオレもシュウに再会するまで忘れてたし、覚えてなくても無理ないっすけど……」
「あ、シュウも知ってるんだ」
少年の口から弟の名前が出てきて少し驚く。でもまあ、恵ちゃんと同い年ってことは弟とも同い年だし。ていうか、もしかして今年のもう一人の編入生ってこの子なのかな。何かと話題になってた子かー、と私が編入生についてのエピソードを思い出していると、恵ちゃんが場をつなぐように言った。
「シュウくんとは小学生のときに会ったって言ってたけど、みょうじ先輩もそのときに会ったの?」
「や、なまえ……センパイはもっと前で――ハッそうだ!」
「?」
私が薙切ちゃんといい今年の一年生はキャラ濃いなーと考えていると、ふと影が差した。
「このゲソピーを食えばきっと思い出すっすよセンパイ!」
私が最後に見た者は、怪しげな笑顔で私の口に何かを押し込む少年と、それに手を伸ばす涙目の恵ちゃんだった。


私は幼いころ、外食が好きではなかった。
遠月学園の卒業生である母の料理を食べて育ったから、そのへんの定食屋やファストフードなんかはことごとく口にあわなかったのだ。それどころか、一度父方の祖父母(ふつうの農家をやっている)と共に行った超高級ホテルのブッフェも、「正直フツーじゃね?」と失礼な感想を残すようなクソガキだった。弟のシュウもそんな感じだった。
その後それに危機感を抱いた両親によってそのへんは矯正されたわけだが。
そんな私たち姉弟が、唯一と言っていいほど、美味しいと思った店がある。
その店「食事処 ゆきひら」との出会いは数年前の話――。


「才波くん! 久しぶり〜」
「おー、春子。才波じゃなくて幸平な、幸平」
「あらやだ、そうだったわね。幸平くん……って呼び慣れないわ」
「じゃあ城一郎にするか?」
「ふふ、夏彦さんが嫉妬しちゃう」
「そういや、旦那、今日は来なかったんだな、ひとりか?」
「ううん、ふたりよ」
それまでずっと母さんの後ろに張り付いていた私を引っぺがして、母さんは私を持ち上げる。当時、確か小学校低学年くらいだったはずの私は為す術もなくその男の前で宙ぶらりんになった。
「なまえ、覚えてる? ちっちゃいときあったことあるのよ、このおじさん」
「おうおう、大きくなったなァなまえ!」
ぐしゃぐしゃと大きな手で頭を掻きまわされる。このころからさらに小さいときのことなんて当然覚えているはずもなく、見知らぬ大男に首をぐわんぐわんされて、私は泣きそうだった。ていうか泣いた。
「うおっ、すまんすまん」
「あらあら」
母の手で抱っこされ直して、あやされる。いやそこまではしなくていい。子供ながらに恥ずかしかったのを覚えている。
「じゃ、春子、なまえ、ちょっと待ってろよ。オレのとっておきをふるまってやるからな」
左目をぱちりと閉じて、そのひとは包丁を手に取った。

とととと、と鮮やかな手つきで切られていく食材を眺めていると、後ろからがちゃがちゃとガラスの鳴る音がした。
振り向くと、自分よりも小さな子供がお冷をふたつ持っていた。
ん、と差し出されたのでふたつとも受け取ると、後ろから母さんが「あらあ!」と明るい声を発した。
「もしかしてソーマくん!? 大きくなったわねえ!」
母さんがさっき私にしたように、ソーマくんというらしいその子を膝の上に持ち上げた。
「うわっ」
「ほらあ、なまえ。ソーマくんよ」
母さんはほらほらーと本人そっちのけで私にその子を見せつけようとする。いや私はそれにどうすればいいんだ、目が合ってしまって正直気まずい。しかしそう思っていたのは私だけだったのか、私をじっと見つめていたその子は、うん、と頷いたかと思うと、急にポケットをごそごそと漁りだした。そして「ん!」とアルミの塊を突き付けてくる。
「やる! オレがつくった!」
「え」
その言葉に、私はアルミを恐る恐る解いていった。現れたのは、とてもじゃないが、食品とは程遠い何かだった。匂いもイカと甘ったるい何か……だめだこれが何かを理解してはいけない。
そっ閉じしようとアルミに手を添えて、ハッとした。この物体を作り出した本人のきらきらとした瞳が、私に向けられていた。
母さんはこのアルミの中のモノが見えているのかいないのか変わらずにこにこしているし、さっきの男の人は鍋を振っている。
落ちんばかりに開かれた輝く瞳。わくわくを隠さない純粋な表情――。
ごくり。
それはきっと、呑んだ生唾が絶品に思えるほどに。


「――先輩、みょうじ先輩……!」
「……はっ」
肩を揺すられる感覚。気付いたら、目の前に恵ちゃんがいた。
今のは、幻覚……いや走馬灯……?
正直私は食事のリアクションが薄い自信があったのだけど、ここまで強烈に記憶に訴えかけてくるとは、中々のものである。
というか、幼い時のアレがまずすぎて記憶を封印していたまである。今回のもまずかったがアレには及ばないほどだ。
「どうっすか、思い出せたっすか?」
恵ちゃんの後ろで、楊枝を咥える少年が笑っている。
「とりあえず一発殴らせてほしいかな、ソーマくん?」
いやっす、なまえセンパイ。無邪気な笑顔は、あの頃と変わっていないようだった。