告白

*『No.3 恋人』の内容を含みます
*お題をかなり拡大解釈しました
 本来は”焦って嫉妬”だったんですが、嫉妬要素は霧散しました

告白された。
相手は隣のクラスの男の子で、話したことはたぶんない。
私は残念なことに一目惚れされるような容姿はしていないし、評判も良くない。
なのになぜ、という疑問は私にはなかった。
だって。

「どうだったどうだった? 秋ヶ瀬のやつ、なんて?」
「返事は待って欲しいってよ。ったく、さっさと答えろっつーの」
「まったくな、早くアイス食べてー」
「それな」
「っておい、なんで俺が振られる前提だよっ」

告白された後、呼びたされた告白スポットから帰るふりをして近くの教室までダッシュ。こっそりと聞き耳を立ててみれば、案の定これである。
好きですと口にしてたときの薄ら笑いの感じから十中八九イタズラだとは思ったが、万が一のために確認してみたのだ。
しかしこれ、わかってても辛いなおい。
どうしたもんかなー、断るのは決定してるけど、これふつうに断って逆ギレされたりするもんだろうか。それとも「あー振るのね、おっけおっけ、ただ賭けに使っただけだからもう帰っていいよ」ってなってくれるんだろうか。いやこれはこれでムカつくなあ。
「どうするかなー」
最近私に恋愛は早いって確信したあとだというのに……と思ってから、ふとひとりの友達の顔が頭に浮かんだ。
そうだ、こういうことは恋愛のプロフェッショナルに相談すればいいんだ。


というわけで翌日。徒歩で登校しながら、今日のことを考えた。
とりあえずイタズラかどうかを確認したかったので、返事は次の日にということにしてある。つまり、今日の放課後返事すればいいのだ。
その間に一色くんに相談できる機会は、朝と昼休み。一色くんはその日の畑の具合によって登校時間が違うので、朝に時間があるかはわからない。昼休みにふたりになるのは手間なので、できれば朝のうちに片付けたいところだけど……。

「おはよう、みょうじさん」
「! おはよ、一色くん!」
「どうしたんだい? なんだかご機嫌だね」
「まあね」

きみが早く来てくれてたからね、と心中で呟きながら、私は一色くんの隣の席に座った。
私は電車の都合で早めに来るので、自家用車で登校する生徒が多い遠月学園ではかなり早く到着する方だ。そのおかげで、今はほとんど生徒がいない。

「あのね、いっこ相談したいことがあるんだけど、いいかな?」
私がわずかに声を潜めて聞くと、一色くんは不思議そうに、けれどいつものように微笑んで頷いた。
「もちろん、僕にできることなら」
「あのね、私、昨日告白されたんだけど」
「……告白?」
私の言葉を繰り返しながら、一色くんがすーっと目を開く。えっ。なんか目笑ってなくない?
「誰に?」
いつもよりか僅かに尖った声で、一色くんが尋ねる。
「ええと、隣のクラスのー……あっ、名前聞いてない」
もう九割がた悪ふざけだと思ってたから何も考えてなかったってかあのひと名乗らなかったのか。私が名前を知っていると思っているのか、それとも名前を教えるつもりがないのか、どっちだろう。どっちもありえそうだ。
「知らないのかい?」
「あ、うん。言われてないね」
「へえ……」
「それでね、一色くんに相談したいのは、どう断ったら角が立たないかっていうことなんだけど……」
一色くんが告白されたとき、後腐れないようばっさり行くというのはわりと有名な話だ。まああれだけ告白されていたら有名にもなるだろう。一色くんをもってして断れない人がいるというのは最近知った話だけど、つまるところ一色慧という男は『振る』スペシャリストなわけだ。
「全然知らないひとなんだけど、お友達からとかも絶対にしたくなくて」
「な、なかなか辛辣だね……」
賭けのターゲットにしてくるやつとお友達にはなりたくないからね。
と、さっきから告白がイタズラであることを口にしないのは、単純に恥ずかしいからだ。一色くんや新堂くんでも普通に嫌だ。叡山とか久我くんとか矢切とかだったらもっとやだ。絶対何か言ってくるに決まってる。
「ね、なんて言えばいいと思う?」
「うーん、そうだな。ごめんなさい、とか、今はそういうのに興味ない、とかだとわりと喰い下がられることが多いかな」
「おお……」
「付き合ってる人がいるは知っての通り、すごく効果的だね」
「お、おお……」
先日のことを示唆する一色くんの口ぶりに、思わず目を明後日の方に向けた。やめて、照れるから。こっちはお子様なんだよ。
「あとは……そうだな、僕は使わなかったけど、タイプじゃない、なんてどうかな」
「タイプじゃない……!」
正直真剣な気持ちであればそうやって断るのは失礼だと思えたけれど、今回ばかりはむしろそれでいい気がしてきた。
私の反応が余程わかりやすかったのか、一色くんは、「お気に召したのならなにより」と言って笑った。

そうして、よくよく考えれば当初の『角が立たない断り方』とは真反対に突っ走っていることに気付かないまま、私は放課後を迎えたのだった。


「ごめんなさい、一日考えたけど、タイプじゃないんだ」
「なっ……!?」
「だからごめんなさい、きみとは付き合えないや」
私がぺこりと頭を下げながらそういうと、彼は絶句してしまった。しかし一応断られたときのことを考えていたのか、少しの沈黙の後、口を開いてくれた。
「そ、そうか……。わ、悪かったな、時間とらせて」
そういう彼の声は震えていたし、頬は引きつっていたけれど、ここで私が残っても意味はない。さっさと帰ろう。
ちょっとだけ悪い気もするけど、胸が空いたのも事実だ。明日、一色くんにお礼を言おう。
そう思いながら歩く私は、残された彼らが、
「振られちゃったな〜楠〜」
「アイス奢りだなー」
「あ!? うるせえ!」
「うお、んだよ、キレんなよ」
「くそ、俺様をコケにしやがって、みょうじなまえ……許さねえ……」
そんな会話をしていたことを、当然知る由もないのだった。


次の日、一色くんに無事なんとかなったことを報告し、穏やかな一日を過ごしていたのだが、なぜか下校しようと教室を出ると、昨日振った隣のクラスのひとが教室の前に立っていた。
「よ、みょうじ」
「え。あ、お、おはよう……?」
「おう、ちょっと今いいか?」
にこっと口角をあげながら彼が首を傾げる。
「あ、あー、いいよ。だいじょうぶ」
昨日けっこう酷い振り方をした自覚があるために、どう接すればいいかわからない。なんだろう、まだ悪ふざけ続いてんのかな。
こっち、と上の階段に手招きされたので後ろをついていく。一年生は三階、クラスがある階だと一番上の階に教室がある(たぶん若いからとかそんな理由だ)。なので、この上には特別教室しかないから、人が少ない。殴られるんじゃないだろうかとどきどきしていると、私が階段を登りきったところで、彼が急に近づいてきた。
腕を上げかけているのが見えて、身の危険を感じ咄嗟に後ずさる。隅の方に追い詰められたかと思うと、掌が迫ってきた。身を引きながら顔を守る。私の顔の横の壁に、トン、と手が置かれた。
「全然話したことなかったのに気が急いて告っちまったけど、俺、諦めねーから」
「え」
諦めないって悪ふざけを? そんなに奢りたくないのか?
私が唖然として反応できずにいると、顔がすっと近づいてきた。次は頭突きか! 左右は腕でふさがれ逃げられない。万事休す。私はぎゅっと目を閉じた。
ゴンッと隣で衝突音がする。びくびくしながら目を開けると、彼は私を追い詰めていたほうとは反対の壁に頭をぶつけていた。そして私の目前には別の顔。
「え、えいざん……」
「なにやってんだてめえ」
彼の頭を壁に押さえつけながら私を見降ろす叡山の表情は、とても微妙な顔をしていた。眉間にしわを寄せ、口角を下げ、それ自体はいつものことなのだけど、なんというか、不本意そうなのだ。私はぽかんとして叡山を見上げていたのだが、彼がずるずると額で壁をなぞりながら倒れていくのを視界に入れ、ぎょっとした。
「えっ、気失ってない!? そのひと」
「あ? ……死んじゃいねーよ」
「殺してたら大問題だよ! いや今も問題だけど! いや助かったけど!」
「うるせえな」
「まあとりあえず私、このひと保健室に運んでくるから、ごめんけどお礼は今度! ありがとね叡山!」
私が彼の脇に手を入れながらそう言うと、叡山が「あ?」と眉間により深い皺を刻む。その凄み方こっわ。
「ほっとけばいいだろうが」
「やだよ。これでなんかあったら叡山のせいになっちゃうじゃん」
あ、でも叡山ならなんかもみ消せそうだな。放っといてもいいかもね。さすがに良心が痛むからちゃんと運ぶけど。
「チッ、勝手にしろ」
叡山はそう言うと、ひとりでスタスタと階下へ降りて行った。
「あ、叡山」
「……」
「このひとなんて名前か知ってる?」
「……。……知らねえよ」
「そっか。ありがと。バイバイ!」
背を向けた叡山にそう言うと、叡山はそのまま振り向かずに降りて行った。


「えっ、なにやってんの、みょうじ」
ずるずると引きずりながら階段を下って二階と一階の踊り場でひといきついていると、上から声が掛けられた。
「久我くん」
「なにこれ、俺もしかして見ちゃいけないとこ見てる? 死体遺棄の現場だったりする??」
「しないしない。倒れてるから保健室に運んでるだけ」
「ふ〜〜ん」
「そういえば久我くん、このひとの名前知ってたりしない?」
「ハァ? 知らずに運んでたわけ? 楠だよ、クスノキレンタロー」
「楠くんか」
さすがにここにきて名前知りませんでしたとかさらに面倒なことになる予感しかしないから、教えて貰えてよかった。
最中は恐怖とか緊張とかで分からなかったけど、冷静になればさすがにわかる。楠連太郎くんは何が気に入らなかったのか(ほぼ確実に断り方だろうけど)、本当は返事してバイバイだったはずが延長戦に突入してしまったのだろう。
今日のこれで終わってくれればいいのだけど、もしも後日またこういうことがあって、そんときに名前を知らないことが発覚した場合すごくめんどくさそうである。できればこれで終わってくれることを祈る。
私がふう、とため息をついていると、軽やかに降りてきた久我くんが楠くんの顔を覗き込んだ。
「マジで気絶してやんの。ウケる〜〜」
と言いつつパシャリと写真を撮った久我くんは、今度はやれやれと肩を竦めた。
「まったく、何があったらこういう状況になるワケ〜? 意味わっかんな〜い」
「私もなんでこんなことになったんだろうなって感じだけどね」
一般家庭だとか不真面目だとかで倦厭されるまではいいけど、ここまでくるとさすがに疲れる。
「なになに、痴話喧嘩でもしてたん?」
「あー、まあそうとも言えるのかなあ」
「……は?」
久我くんがにやけながら揶揄ってくるのでめんどくさくて適当に返すと、久我くんの表情が固まった。久我くんに身長の話を振った時の空気感だ。
「嘘嘘。じょーだんだよ。私が告白とかされるわけないじゃん?」
「ふーん、みょうじが告られたんだ?」
「……」墓穴ほったか?「いやだからそういうんじゃないって」

「ふ〜〜〜〜ん?」

「……」
じーっと久我くんが見つめてくる。私は右上に視線を逸らした。
「……ま、なんでもいいや。しかたないから手伝ってあげんよ」
「えっ。ほ、ほんとに」
「ほんとほんと、ほら、俺がそっちもつから、みょうじは足持って〜」
「あ、うん」
久我くんがずいずいと身体を寄せて、私から楠くんの身体を奪った。そっち側を持つと言ったのが、重い側を持ってくれるという親切心なのか足側を持ちたくないというだけなのかはわからないけれど。というかどっちにしろ親切心ではあるわけなので、何にせよ感謝しておくことにした。
「それで〜、何、付き合ってんの? みょうじが告ったの? それともやっぱ告られたの?」
「……、……」
「こんな面白そうなネタ、俺が逃すと思ったんなら、大間違いだぜ、みょうじちん?」
おどけながら呼ばれた名前に嫌な予感が背筋を走る。それは見事的中し、それから保健室まで20分。自分一人で運んだ方が絶対早い道程中、延々と問い詰められることになるのだった。

「じゃ、先生よろしくお願いします」
ぺこっと頭を下げて保健室を出ると、部屋の外で、頭の後ろで手を組んだ久我くんが待っていた。
久我くんと並んで保健室から下駄箱へ向かう。遠月学園は研究会が盛んなので、放課後中等部棟に人は少ない。
「で? そろそろ教えてくれる気になった〜?」
「だーからなんもないってば」
「はぁ〜、手伝ってやったのに教えてくれないんだ〜?」
「それは感謝してるけど……ほんとに何もないんだって」
「へえ? そう。そっちがそのつもりなら、こっちにだってやり方があるってね」
急に声のトーンを落ち着けた久我くんが、片方の口角を怪しく釣り上げる。
「ねえ、しょーじきに言ってくれないと、どうなるかわかんないよ?」
久我くんが下側から顔をずいと寄せてくる。顔、近。と身体を遠ざけてから、ふと先ほどのことが頭をよぎった。
「あ、さっきのってキスしようとしてたのか」
「――」
「アッ」
思わず口をついて出てしまった言葉に、口を押える。久我くんは目を見開いたまま固まった。
言ってしまったものはしかたない、せめて余計な誤解を生まないように、と私は言葉をつづけた。
「べ、別にほんとにはされてないよ、されかけただけ。叡山が助けてくれてさ、いやー、壁ドンからのキスなんてそんなベタなことするやついるんだなって、」
「けーかいしんッ」
「ん!?」
効果音にすると、グアッ、て感じに私の胸倉を掴んだ久我くんが、私の身体を前後に揺すった。
「壁ドンされてキスしようとされるって、それほとんど襲われてんでしょーがッ! なーんでそんなノコノコついて行ったわけ!? てか叡山がせっかく助けてんのに、そのあとそいつとまたふたりっきりになるんじゃねーよッ! 気絶だって嘘かもしんねーっしょ!? みょうじってほんとに中学生!? 実は幼稚園児だったりするゥ!?」
ぶあーっと色々言われて大体が右から左に通過して、驚きで身体から力が抜ける。
「ご、ごめんなさい……?」
「謝んなら叡山にも謝っとけよバーカ」
「あ、う、うん」
「も〜〜ふだんから男に囲まれすぎて感覚狂ってんじゃねえの〜? しっかり教育しとけよな〜、一色も新堂も〜」
久我くんがめちゃくちゃにでかいため息をつきながら歩くのを再開した。やれやれと肩を竦める姿に、私は「え、ええ……?」と狼狽えることしかできなかった。


翌日の昼休み、私はニコニコ顔の一色くんと新堂くんにめっためたに説教されることになる。
ついでに、一色くんが悪戯で私が告白されたことを察し、こっ酷く振るよう仕向けたことも発覚することになる。