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極道の世界において、親や兄貴分に命令された時点で舎弟には拒否権などないのだ。

煙草とライター、そしてポケベルを無造作にスーツのポケットに入れて、事務所を出ると軒並みの風俗店やディスコの電光掲示板が夜の蒼天堀を照らし、やけに眩しかった。仕事終わりのサラリーマンと派手に着飾った女の集団をかき分けて大道を闊歩する。

数件の店を周り、仕事を終えた名前は煙草を口に運ぶ。一息ついたところで、今日は珍しくみかじめ料の支払いを渋った店があったことを思い出し、気が萎えた。極道らしく暴力で解決したが、無駄に体力を消費してしまったことに苛立ちを覚える。おかげで名前の右手は赤く染まり、スーツは返り血で汚れてしまった。たいていは近江連合の名前を出しただけで店主は率先して金を持ってくるのだが、どうやら今日は女が集金に来たことで舐められてしまったしい。甘く見られたものである。理不尽な暴力を見せつけると、あんなにイキっていた大男が土下座して許しを乞うのだからとんだお笑い種である。

ふと、ポケットに入れていたポケベルを見ると、『51』の2文字の後に見慣れた番号が表示されていた。組長の番号である。ポケベルを見るまですっかり忘れていたが、呼び出しが来ていたことを思い出す。危うく約束をすっぽかすところだったと冷や汗が吹き出た。事務所の方へ向かっていた足の向きを180度変え、待ち合わせ場所に指定されたキャバレー『グランド』を目指した。






「いらっしゃいませ」
とボーイが名前を出迎える。キャバレーに女がひとりで入店してきたことに怪訝そうな表情をしていたが、事情を話すと納得し、席まで案内してくれた。案内された先では、名前を呼び出した当人が両手にホステスを侍らせて、楽しそうに会話をしながら酒を煽っている。構成員がせっせと働いてる時に良いご身分だなと思いながら、目的の席に近付き一礼する。
 

「佐川の親父」


名前が声を掛けると男は視線をこちらにして、「いつまで待たせてくれんの、名字ちゃん」といつものように口端を吊り上げてニヤニヤと笑みを浮かべていた。