「もう会えねぇな」

一連の相良に関する事件が終わり、全員が退院し終わってからしばらくがたった。最早そのことを口にする人も減ってきて、三橋自身もあまり気にしないようにしていた時だった。

突然、智司が目の前に現れたと思ったら先の言葉を残してまた去った。

(んだよそれ。)

飲み切った缶を握りつぶし、何時ぞやのように投げてみるがそれは綺麗な放物線を描きカラカラと音を立ててコンクリートに落ちた。

その後の相良と智司の行方はわからない。忽然とこの街から姿を消して、学生達は誰もそのことに触れようとはしなかった。わざわざ闇に突っ込んでいく必要なんてどこにもないから。けれど、三橋はどうにもやりきれなかった。
あの日の智司の言葉はなんだったのだろうか、たった一言「愛してる」の言葉を貰っただけで浮かれた自身が悪かったのか。

(やっぱり、俺より相良の方が大切なのかよ……)

ずっと考えないようにしていたこと。一度言葉にしてしまうと重く、ゆっくりと心を切り裂くような凶器に変わる。

智司、智司、智司。何度名前を口にしても返事はない。何度その熱に触れようとしても空を切る。智司はもう三橋の元にはいない、相良と共に出ていった。その思考から外した真実がやたらとリアルに感じられて目を覆いたくなる。しかし、いくら目を瞑っても、大声でかき消しても、幻想は消える訳もない。
それでも涙は出なかった。こんなに苦しいのに、辛いのに、吐き出したいのに、三橋の頭の中をぐるぐると嫌な思いが駆け巡る。

相良の次でもいいから傍に置いてくれ。ふと零れた言葉に三橋自身でも驚愕した。今まで常に智司の隣にいるのも、あいつの心の中にいるのも一番でいたいと思っていたのに。
随分と弱っているようだ、千葉最強が聞いて呆れると自嘲するように笑いが漏れる。

ああ、俺らしくねぇ。

それから三橋は肺いっぱいに空気を貯めて大声で笑った。お前らよりも幸せに生きてやるよ、そんな捨て台詞のような言葉を吐いて進みだす。












それから月日は流れて、卒業を迎えた。伊藤とともに北海道を目指し、何日が経過しただろうか。夜の寒さに包まれて、隣の伊藤の熱を感じて三橋はふと、思い出してしまったのだ。智司の温もりを。彼の不器用で、大雑把で、心地よい愛を。

(もう忘れたことだろ……)

そう思っても、あの別れの言葉を告げられた日のことを思い出してしまうのだ。あの日もこんなふうに冷たい夜だったな、とかそれでも涙は流れなかったな、とか。

「三橋、もう寝ようぜ」

「おー、そうだなイトーちゃん準備ありがと」

一言二言交わして就寝する。
伊藤と二人で大して大きく変わるわけでもないし田舎道を進むというのは、退屈なようで充実している。毎日くだらないことで笑いあって、初めての体験があって、キラキラとしている。
俺は今、幸せだ。そう感じつつどこか満たされない想いを見ないようにして眠りにつく。




夜が開ければまた伊藤と二人で進む。途中でよった街は決して発展している訳では無いけど、働く人々が多く行き交う活気ある所だった。
適当に昼でも食べてから少しの間、個々で動くことになり、伊藤は買い出しに行ったようだが三橋にしてみれば大して娯楽もなくつまらない時間である。

早く帰ってこないものかとフラフラしていた時だった。

「三橋……?」

ふと声をかけられて反射的にそちらを向く。そこには見覚えのある顔がいた。

「さ、とし……?」

三橋が確認するように出した声が震える、また幻想を見ているのではないだろうかと頭に過ぎる。
けれど、一歩一歩こちらへ近づくその足音も、動く度に揺れる空気も本物で、目の前に居る男が生身の人間であることを実感させられる。

智司は、動くこともできずにただその姿を見て呆然としている三橋をきつく抱きしめた。
三橋が抱きしめ返すことも、何か言葉を発するわけでもなく、無言の時間が過ぎていく。

「悪かった、三橋、本当に……」

謝罪の言葉を繰り返し口にする智司だが、三橋の最も欲しい言葉はなくて、やはり智司にとって一番重要なのは相良なのだろうかと妙に冷静に考えるが、途端に状況を飲みこんだ三橋が抵抗しようとすると、智司は逃げないようにより一層力を込め、一言「お前を愛してる」とだけ言った。

智司の言葉がゆっくりと三橋を満たす。並々注がれた愛から溢れた分だけ、こぼれるように涙をながした。
なんてずるい男なのだろうか。
もう、三橋は智司から離れることが出来ないではない。
だって、本当に嬉しいとき、言葉よりも涙が出るのだと知ってしまったのだから。



              
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