田崎に指導する

「新しい手品を習得したんだ。良ければ見てくれるかい?」


 昼食後、甘利と紅茶を嗜んでいた月美に田崎が話しかけた。


「…いいですけど」


 急な頼みを訝る事無く、月美は菓子皿を動かして田崎が手品を披露する為のスペースを空ける。田崎は隣のテーブルから椅子を引き、向かい合っていた月美と甘利の間に座った。


「このハンカチーフ、何もないことを確かめて」


 取り出されたポケットチーフを受け取って広げ、甘利の目の前にヒラヒラと振ってみせる。爽やかなチェック柄のハンカチだ。


「ない?」

「ないねえ」


 甘利の言葉も甚だ信用できないよな──そう思いながら月美は元通り折り畳んで田崎に返す。


「じゃあまず、迫の好きな色は?」

「白」

「…青だよね?」

「あ、知ってるんですね」

「勿論。でも今は白の気分だっていうなら、白でも問題は無いさ」


 田崎は受け取ったハンカチを再び広げ、左手の拳に収めるとすぐに右手で素早く取り出した。その布は青や白の線が交差した柄が消え、白さをこれでもかと強調したものになっている。


「おお〜」


 月美が落ち着いた歓声と音の無い拍手を送った。

 田崎がもう一度その真っ白なハンカチを手に収め、手首をくるりと回す。次の瞬間、田崎の手の中にあったハンカチは消え、真っ白な薔薇の花が一輪、月美の目の前に差し出されていた。


「わ、」

「純白の薔薇も似合うけど、今君に捧げたいのは…こっちの方かな」

 
 目を開く月美を他所に、田崎は薔薇の花弁の部分を握り、息を小さく吹き掛ける。眩しい程の白を携えていた薔薇は、今や深く鮮やかな紅に染まっていた。

 ひゅう、と甘利が冷やかしの口笛を吹く。


「どうかな?」


 そう言って自信ありげな笑みを浮かべる田崎に、月美は僅かに眉を寄せた。
 差し出した薔薇は中々受け取られない。

 少しの沈黙の後、月美は椅子から腰を浮かせて田崎の手の上から優しく薔薇へ手を添えた。そして田崎との間にある机に少しだけ身を乗り出す。


「…知ってる?薔薇の花っていうのは、色や贈る本数によって花言葉が変わるんだ。一輪の赤い薔薇が示すのは"一目惚れ"。

…ねえ、今夜の相手は俺を選んでくれるかい?」


 まるで歓楽街の女を口説くような台詞を紡ぐ月美に、田崎は目を丸くした。横では甘利が興味深々といったように二人の様子を眺めている。


「───って付け足した方がいいんじゃないですか?ちょっとクサいですけど、田崎さんならいけると思いますよ」


 月美は近づいた顔を離し、そのまま立って自分のカップを片付け始める。


「これは受け取ってくれないのかな?」

「本番は誰に見せるのか知りませんが、上手くいくと良いですね。わたしのアドバイスは参考までに」


 田崎を一瞥し、月美は食堂を出て行った。


「そんなつもりじゃ無かったんだけどな」

「失敗したな。…それにしても、ジゴロより月美の指導を受けた方がよっぽど身になるんじゃないか?」


 田崎の失敗にか自分の冗談にか、甘利は一人クスクスと笑い続ける。
 受け取られることのなかった花が、田崎の手に弄ばれていた。