*相変わらず傭兵でません
久しぶりにゲーム当番でなかった今日、外にある庭園を相棒と散歩しているとキッチンから甘い香りがした。食事は基本的に『荘園』から提供されるが、個人の好きなようにキッチンを使うこともできる。でも、甘さに満ちた香りが漂うのは珍しいことだ。
散歩を切り上げようとしていたところだったし、私はそのままその香りの元へ向かうことにした。"彼女"がいることは視えていたからね。
「良い匂いが外までしてるよ」
「あ、イライさん。今クッキーが焼き上がったんです!」
ミトンをした手で大きな鉄板を持ちながら、ツグミが振り向いた。
「まだ熱々なので食べられないですけど。ゲーム中の人達が帰ってきたら丁度いい位かもしれないですね」
「随分とたくさん作ったんだね」
「みんなで食べれる量、って思ったらすごいことになっちゃって…」
焼き上がったクッキーを鉄板から網の上に移していくツグミの手元を眺める。手伝おうと思ったが、彼女の手際の良さを見る限り、かえって邪魔になってしまいそうだったからそれは控えることにした。
「おや、これはフクロウの形だ」
「あっそうなんです!それは特にイライさんにあげよ〜って思って作りました」
「私に?それは嬉しいな」
「他にも…このラグビーボールがウィリアムで、飛行機はマーサでしょ、」
「この磁石がノートン、ロボットはトレイシーだね?」
「そうです!ロボットめっちゃ頑張りました!」
麦藁帽子やスコップ、懐中時計など様々な形を見ている横で、ツグミが何かを手で覆うように隠した。気が付かないフリをしても良かった。けれど『それ』が何か分かってしまう以上、何かを言ってあげたくなってしまう。余計なお世話だろうが、私は少しでも彼女を応援したいのだ。
「……その手の中にあるのは、誰にあげるんだい?」
「エッ」
「ナワーブかな、きっと」
「ちっっっっっが、います!ナ、ナワーブさんのは、ほら、籠手作ったんですから!籠手!」
ツグミはそう言って籠手型のクッキーを差し出した。籠手なんて複雑で難しそうな形、それだけでも十分愛を感じてしまうが、その際に手が離れて姿を見せたクッキーはハート形をしていた。ああ、なんて可愛いらしい人なんだ!そう思わずにはいられない。
「でも『それ』は特別なものだろう?」
「…占い師だ………」
「君は隠していたのに、すまない」
「謝んなくていいですよ!というかまじで占い師なんだと思ってちょっと感動しました」
「胡散臭さが無くなったかい?」
「あはは!別に元々疑ってなんかないですよ!っていうか自分で胡散臭いと思ってるんですか?」
「いいや、よく言われるもんでね」
「まあ、そんな格好してればそうですよね」
しばらく笑い続けたツグミは、ハートのクッキーを眺めるように視線を落とした。
「なんか、勢いで作っちゃったんですけど…渡す勇気なんかないので」
「どうして?きっと喜ぶと思うけど」
「ハートはこれ一個なんですよ?そんなの指名で渡されるなんて迷惑でしかないでしょう」
「でも、さっき私の為に鳥の形のクッキーを作ったと言ってくれた時、私はとても嬉しかったよ」
「…そうですか」
なんて勿体無い。こんなに心のこもった物が目的を果たせないなんて。私としては、どんなに間違ってもナワーブは迷惑になんて感じないと思うんだけど。
本当に渡す気が無さそうな彼女の気持ちを動かす為に、ちょっとした意地悪を仕掛けてみようと、そのクッキーを摘んだ。
「じゃあ、私が食べてしまってもいいのかな?」
「え、あ、だっダメ!」
「誰にもあげないんだろう?」
「そうですけど…!」
「どうせ自分で食べるなら、私が食べても一緒じゃないか」
「だ〜〜っ、駄目ですっ!!それとこれとは違うんですよ!!!」
一生懸命クッキーを取り返そうと焦るツグミを、私はやっぱり応援したくなってしまう。