あなたのなまえしかしらない


 だってあなたとスイーツのことしか見ていないから。私はパティスリーにやってきて、あなたを見てあなたの選んでくれたケーキを食べるだけだから。

 事の発端はなんだったか?きっとこれは一目惚れだった、と思う。美味しいお店を大型検索エンジンのレビューを見て探していたら、たまたま店を見つけただけ。たまたま近かったから、たまたま私がショコラが好きで、たまたま人がすいていたから、たまたまお話してくれただけ。それだけだった。
 度々、キラキラパティスリーに足を踏み入れるようになった。名前を盗み聞くように(いやらしい、下品な事をした気がする)知って、あの人は剣城あきらというんだ、と頭の中で何度も繰り返した。相変わらず、足をパティスリーに踏み入れるたびショーケースに並ぶスイーツはどれも美味しそうで食欲がそそられる。くるたび、わたしは剣城あきらさんのいる時を狙ってレジに近寄って、並ぶ。あなたの顔をじっくり見たいから。
 私の番がやってくる。
 どれを買おうか迷ったままだった!と思い出して、言葉を言い淀んでいたら「ゆっくり選んで大丈夫ですよ」と剣城あきらさんに言われた。少し恥ずかしくなって、ほっぺがあつくなったけどショーケースの方へ俯くことで顔を隠した。
 あれ、そういえばこのスイーツはじめてみるな…なんて、ジロジロとショーケースを舐めまわすように見てしまう。
「新作のスイーツですよ。いかがですか?」
 剣城あきらさんは、そう言ってにっこりと笑う。
「じゃあ、そ、それをひとつ」
「はい、こちらをおひとつですね。…いつもありがとうございます」
 すこしぽってりとした唇が、私に感謝を述べる。認知をされている喜びですこし顔が綻んだ。
「またお越しくださいませ」
 かわいいパティシエの女の子に頭を下げられたけど、今日も困ったように笑うことしか出来なかった。
 まだ剣城あきらさんの名前しか知らない。