食べてしまえばみんないっしょ


 なまえちゃんは食べるのが好きだった。食べている姿はとても可愛らしいし、なんと言うか私から見てみると犬…のような第二の妹のような、不思議な感覚を覚えるのだ。だから彼女が毎日の様にキラパティに遊びにきてチョコレートを注文する度、まずは彼女の背格好から、少しずつ名前や好きなスイーツや、好きな動物を覚えて、段々と友達のようなものに、いや、それ以上の存在になっていった。


「あきらさん」
 今日もキラパティにやってきた彼女はいつものようにカウンターの向こうから私に明るく声をかけてくる、私もいつものように「やあ」と言って微笑んだ。
「キラパティがしまったら、お話があるんですけど…」
 いつもより頬を赤く染めながら、俯きがちになまえちゃんはそういう。ドキリ、ドキリ、と心臓が高鳴る。「あ、あぁ、いいけど…」そういうのが精一杯だった。それを聞くと彼女はぱあぁっと顔を明るくして「じゃあ、○×公園で…」そう場所の指定と礼を言った。その表情一つにもドキリと胸が鳴ってしまう。
 きっと考えすぎの、自意識過剰だろうと思いつつも、何だか期待よような予感のようなものを感じていた。
 彼女はそんな私の気持ちを露知らず、いつものようにカウンターに座ってチョコレートケーキを注文する。ショーケースからチョコレートケーキを取り出して彼女の前に差し出すと、すぐにフォークで口にぱくり!とケーキを入れる。なまえは美味しい~!と言わんばかりのうめき声をあげれば「今日のケーキも美味しい」なんて語尾にハートが付きそうな声でいちかちゃんに声をかけた。私はまだ胸がどくどくと鳴っているから、聞こえないように距離をとりながら彼女の肩口を通して店内をぐるりと見渡していた。店内には私やゆかりの親衛隊だとか言っている女の子たちや、チラホラと親子連れやカップルの姿も見えて、その賑わいを見ているうちに、心臓の音も落ち着いたような気がした。ふいになまえちゃんの方を見ればチョコレートケーキはあと二口ほどになっていて、思わずフフ、という声が唇から零れた。
「あ…なまえちゃん、口にチョコがついてるよ」
 テーブルに近寄ってナプキンでなまえちゃんの唇を拭けば、キャ-という悲鳴にもにた歓声が周りから聞こえて、少し恥ずかしくなる。「えっ……あ…あきらさん、ありがとう」拭かれた口の端を抑えながら頬を赤らめて私に礼を言う。その頬を隠すように急いでチョコレートケーキを口に入れて、ご馳走様と声を上げた。

 手を振って一度彼女を見送って、食器を洗って、ケーキを作って、……気がつけば日が暮れて、店仕舞いして、「またね」といちかちゃんを家の前まで送り届けて、私は家とは逆方向へ向かう。
 公園に足を進めながら、なまえの事を考えてしまう。なぜだろう、食べ方はお世辞にも綺麗とは言えないし、今みたいに口の端に食べかすをつけるような女の子だけれど、いや、だからかもしれない。どうしても世話を焼きたくなってしまうし、美味しいかい?なんて声をかけながらじっと見つめてしまうのだ。
「ねえ、あきら、あなた恋しているの?」
 さっき、そうゆかりに言われてしまうくらい私の視線は熱っぽいらしく、その時思わずボウルを手から滑らせるところだった。ゆかりはそれを言いながらムッツリとした表情でオーブンとにらめっこしていたけれど、私は悶々と彼女の事を考えていた。

 もしも、もしもこれが恋だとしたら?

 でも私は女の子だし、なまえちゃんも女の子である。一般的にいうレズビアンだとか、そういう事になってしまうんだろうか。いや、でもこれが恋だとしたら………………………………



「あきらさん、突然呼び出してごめんなさい」
 公園の敷地を跨ぐと、ベンチに座っていたらしいなまえちゃんは、私の方へと一目散に駆け寄ってきた。焦ったのか、少しよろけて転びそうになっていたけれど、何もなく無事私の方へくると、ふうふうと息を整えた。
「いや、こちらこそ遅れてごめんね」
「そんな、そんなことないです」
 なまえちゃんに付いていくようにベンチに座ると、彼女は落ち着かないようでもじもじと指を絡ませたり、足を動かして困った様な嬉しいようなはずかしいようななんとも言えない表情で私の顔と手を交互に見ていた。
 ふと、気づく。なんだか、なまえちゃんの息が荒い。走ったから?と思ったけれど、もうベンチに座ってから暫く立つ。
「あ、あの」
 急に切り出された声に、ドキリと心臓が鳴って、体も少し揺れる。
「とても急なんですけど、本当に、嫌われるかもしれないんですけど」
 ギュッとなまえちゃんは膝の上で手を握りしめて、私の顔をじっと見つめる。その顔はくらい公園でもしっかり分かるような林檎のように真っ赤になっていて、私はこの言葉の後に続くであろう言葉を浮かべて、胸が大きな音を立てる。


「あきらさんを食べさせてください」


 時が、止まった。「え?」素っ頓狂な声が私の唇から耐えきれず零れてしまう。え?「私を」?「食べる」?理解が追いつかずに、口を開けたまま、なまえちゃんの方を見てしまう。
「食べたいんです、どうしても、あきらさんがたべたくてたべたくてたべたくてたべたくてたべたくてたべたくて」
 思わず腰が浮いて、背中には冷たい汗がダラダラと落ちていくのを感じる。理解ができない。何を食べるだって?私を?なんで?目が、頭が、グルグルと回っているような錯覚に落ちる。
「ごめんなさい、ごめんなさい、気持ち悪いですね。でも、最初にあった時から凄く凄くあきらさんのこと美味しそうだと思ってたんです。まるでチョコレートというか、高級なショコラ匂いがしてドキドキ胸が高鳴るんです。きっとこれは恋だと思ったんです。でもそれと同時にたべたくてたべたくてたべたくてたべたくて、ついに耐えきれなくなっちゃったんです」
 私の手首に、彼女の指先が触れる。私は思わず逃げようと手首を引いたけれど、まるで蛇のように指が私の手首を絡めとった。
「ま、まって、なまえちゃん」「はい」
 紛れもなくなまえちゃんの顔は、いつもキラパティでスイーツを前にした時のあの表情と一緒でいつもと変わりないはずなのに、ゾクゾクと身体中が震え上がり声も震えている。
「私を、どうして食べるの?」


「好きだからです」


 まるで、美味しいものを食べる前のように、口を開けて、私の手を、食べ

20170812