窓の外でなく子供みたいになれたならよかったのに!


 雷門病院の3階の角にあるほとんど隔離病棟のような個室。普段は静かな病室には、冬花さんがやって来たことによって少し明るさと騒がしさが増して1人の寂しさが薄れていく。何より彼女が好きな私にとって、彼女は光そのものだったから、あかりをつけずとも部屋が2トーンくらい明るく見えるのだった。
 慣れた手つきで冬花さんは点滴を交換する。私は冬花さんのお喋りをBGMに、冬花さんをぼーっと見つめていた。手元に視線を戻すと、少女漫画が目についた。ちょうどヒロインが好きな人に恋についてシーンで、数ページペラペラと捲ってみると、ヒロインの甘酸っぱいような気持ちが綴られているのだった。ふと疑問が浮かんだので
「ねえ冬花さんは恋ってしたことがある?」
 少女漫画を閉じてすぐ、冬花さんにそう声をかけた。「えぇ、恋?」道具を片付けながらそう聞き返す冬花さんの表情も可愛い。頬杖を付きながら見ていれば、うーん、そうね、なんて少し悩むような声をだす。だいたいこういう声の時は話をしてくれる。そして私の心はドキドキとワクワクと、「もしかして私の事好きとか言ってくれるかも」なんて小さな期待で膨らんでいたけれど、それを悟られたくなくて私は早くしてよ!という視線を送るようにじっと冬花さんを見つめた。
「中学の時…かしら、好きになったのはもっと小さい頃だったけど、部活のキャプテンの男の子が好きだった、事くらい…だと思うけど」
 少し頬を赤らめながら好きだった男の人の話をする冬花さんはとっても可愛いけれど、それと同時にやっぱり質問したことを後悔した。
 やっぱり過去の話とか恋人の話とかするだろうな、と思っていたけれど。やはりショックなものはショックで放心してしまう。そんな私を知らずしてか、
「……そ、それで、なまえちゃんは急に質問してきてどうしたの?あ、もしかして好きな人でも出来たの?」
 なんて、悪戯する前の子供のように顔をぱあっと輝かせてそう質問してきた冬花さんに、どうやってこたえようか少しだけ考えて、「いないよ」とか「いるよ」とか、声をだそうとして、でもやっぱり…という一人問答をする。一人十面相をしていると「ふふ、恥ずかしいのね。ごめんね急に聞いて」といって病室から出ようとするものだから、とっさにナース服の裾をつかんでしまった。
「あっ!え、えっと」
 引くに引けなくなって少し何をいえばいいか迷っていたけれど、片手で握り拳を作って「わ、私は!」と声を上げる。

「冬花さんのことが好きだよ!」

 恥ずかしい!い、言ってしまった!心臓がいつもよりバクバクと鳴る。今心電図を測ったらすごい事になりそうだと、思う。とっさに目を瞑っていたので、恐る恐る目を開けて冬花さんを見てみれば、冬花さんは驚いたような、戸惑うような表情を浮かべていた。

「…………なまえちゃん、きっとその気持ちは、家族以外で毎日会うのが私だったからなんだと思うの。きっと思春期だから…」
「ち、ちがうよ、そんなんじゃない」
「……そうね、なまえちゃんの言うとおり、私のことを好きになってくれたのね、ありがとう。でも、気持ちは嬉しいけど、ごめんね」

 私の手を裾から外してシーツの上にのせれば、冬花さんは逃げるように病室から出ていった。言わなければ良かった……目の前が真っ暗になって、さっきまでドキドキで汗ばかりかいていた背中はひんやりと冷たくなっていて、汗の代わりに涙が零れた。
 じゃあ私が病気じゃなくて、元気な女の子で冬花さんに恋していたらどうだったのだろう。応えてもらえたのだろうか。それとも今度は10歳の年の差で断られたりしたのだろうか。部屋の中が静かになる。明日からこの病室はずっとこんな静かになるのだろうか。外は晴天なのにどんよりと曇っているような気持ちになった。
 不意に病室に、窓の外から小さな子供のつんざくような鳴き声が聞こえた。窓の外を見れば、小さな子供が大泣きをしていて、看護婦さんと子供のお母さんらしき女性が駆け寄ってよしよしと慰めているようだった。
 私もあんな小さい子供だったら、さっきみたいに好きって言っても良かったのだろうか。
 涙が止まらなくて、辛くて、明日を思うととても憂鬱で。後悔しながら目覚めませんようにと永眠を祈るようにベッドに潜り込んだ。