アルストロメリア
※建造物捏造
「俺らは鬼だ!喰え!喰ってやれ!」
「歩兵は退き騎馬兵は前へ!弓兵は援護を緩めるな!」
それはある城門の前。
要塞と化した城の強固な守りに長曾我部軍は苦戦していた。
「アニキっ!!右翼に当たってた奴らが撤退してきやした!」
「何ぃ!!?援軍はどうしたっ!!?」
「援軍諸ともッス!」
「ちっ!流石は水仙城ってか…!」
毛利の知略、伊達の結束、武田の軍事を破り、剰え、織田、豊臣を退かせた難攻不落の水仙城。
何処の軍も城門前までは優勢に攻めて行けるが、城を目前にして人海戦術と的確な戦略でで阻まれてしまう。
今までの優勢が瞬く間に劣勢に変わって、撤退を余儀なくされる程、徹底的に叩かれる。
その原因は天守から響く澄んだ声だった。
混戦の中でも兵に届く声の主は城主古井シイカ。
彼を戦場に引き摺り下ろせた軍はなく、その実力は定かではないが、舌を巻く程知略に長け、名高い智将共に煮え湯を飲ませた程である。
「畜生…!此処らが潮時か…っ!」
他軍同様、長曾我部軍もその守りに苦戦していた。
重機を駆使し何とかその門を破ろうにも門に辿り着く前に破壊されてしまう。
経済的な事情さえなければ、幾らでも出撃させられるのが悔しい。
「くそッ!野郎共っ!!退け!出直しだっ!」
一見して分かる戦況に元親は腕を翻した。
これ以上子分等を傷つける訳にはいかない、元親らしい選択である。元親の号令に部下達は悔しそうに引き上げ出した。
半面敵軍は勝鬨を上げていた。
シイカ様万歳、流石は御大将、と城主を囃し立て、既に戦意を持っていない。
撤退した軍を追撃しない事でも有名だが、それは確かの様だ。
「馬鹿にしやがって…!」
ならばこちらから不意打ちでもしてやろうかと思うも、軍師である城主が天守にいる限り、その動きは悟られ、兵達は直ぐに陣を組み直す。事実、毛利がその手を取って散々な目に会ったという話を聞いた。
「テメェは高見の見物なんざいけ好かねぇ野郎だ…!」
悔しさと自分は戦わず、部下を使う遣り方が非常に気に食わない。撤退の最中、元親は唇を噛んだ。
*****
日が傾き、辺りに闇が訪れた頃、漸く辿り着いた船着き場。
夜の航海は危険でしかないので、今宵は不本意ながらこの港に停泊する事になった。明日の航海に備え、傷付いた者は手当され、無事だった者達と眠りに就いた夜更け、甲板にて風を受ける影がひとつ。
元親は珍しく寝付けずにいた。
悔しさだけではなく、何か引っ掛かるものがある。それが気になって眠れない。
「……古井シイカ、」
戦略は毛嫌いする毛利に似るが、兵を捨て駒と切り捨てる奴程冷徹ではない。
老いていても、病んでいても戦場で太刀を振るう者がいる時代、自らが戦わない理由は何か。
余程臆病なのか、それとも狡いのか。
どちらにせよ、横っ面を引っ叩いてやりたかった。
「…一丁、仕掛けてみっか、」
呟いた言葉は海風に呑まれ、消えていく。
元親は踵を返し、自室に帰っていった。
*****
翌朝。
「…全く、こいつ等ときたら…。」
襖を開けてシイカは苦笑した。
昨晩、長曾我部軍を蹴散らし勝鬨を上げた兵士達は一晩中、飲めや歌えの宴会を繰り広げ、そのまま大広間に雑魚寝しているではないか。
早い内に席を外したシイカはその散々な光景に溜息ひとつ。
本来なら、城主が席を外した所で御開きの筈なのだが、この城においてそんな規則は設けていない。だからと言って、全員潰れるまで飲み明かすとは如何なものかとも思うが、余程嬉しかったのだろう。
何しろ、昨日の長曾我部を撤退させた事で、日ノ本における目立った勢力全てを退ける事が出来たのだ。はしゃぐなという方が難しい。
「今日は全員使い物にならんな。」
それはシイカとて同じ事。厳しい台詞に反し、表情と口調は柔らかかった。
静かに襖を引き、シイカは天守に足を向ける。城下を一望し、朝早くから動き出す活気ある町の様子に一日の活力を貰う。毎朝の日課である。
しかし今日は何か違った。
階段を上っている途中、胸騒ぎのする金属音が耳に入ったのである。
警鐘だ。
カン、カン、カン、と鳴り続ける音にシイカは階段を駆け上がる。天守から外に出、町を見下ろせば、そこにあったのは、
「…重機…!!?」
それは昨日退けた筈の長曾我部軍の重機。
昨日の今日で兵力の回復も待たずに攻めてきたのか。部下思いで有名な長曾我部元親に限ってそんな事をする筈がない。
しかし旗印は間違いなく七片喰だった。
「奇襲か…っ!」
シイカは歯を食い縛る。
何時もなら直ぐに陣を組めるが、今日に限って大半の兵士は酔い潰れている。警鐘に気付いても恐らく戦えはしないだろう。
「抜かった…!私とした事が…っ!!」
シイカは天守に戻り、刀を取った。
その儘、階段を駆け降り廊下を突っ切り、城外へ急ぐ。
例の大広間を通り過ぎた後、中から出て来た兵士達が慌ててシイカの後を追ったが、足元が覚束ず、彼の後を追えずにいた。
一方、城門前では。
「撃てぇぇっ!!」
元親の号令に合わせ、木騎が大砲を発射する。
昨日の苦戦が嘘の様で、此処に至る迄に遭遇した兵士は、今、目の前にある城門を守っていた門番4人のみ。彼等も既に捕虜として手中にあった。後は城門を破壊して中で陣が組まれていなければ、攻略は易い。
「もう一息だ野郎共っ!撃てェェェェッ!!!」
ドォン!!
爆音に続いて遂に難攻不落の城門が崩れた。石造りが土埃を上げて崩れ落ちる。
「野郎共!!昨日の礼、たっぷりしてやろうぜっ!!」
「「「「おォォォォォっ!!!」」」」
雄叫びを上げて崩れた城門に走る元親の後に部下も続く。しかし直後、猪突猛進に元親を追い越した部下が悲鳴を上げた。
「うわぁぁあっ!!?」
「どうしたっ!?」
問うても応えは帰って来ない。
視界を悪くしていた土埃が掃けると、そこで目にしたのは、横たわる部下と白装束で刀を手にした人物だった。
「…長曾我部元親……突飛な事をする……。」
刀を払うと、人物は静かに呟く。その声は戦場で聞いた澄んだ号令と似ていた。
「……アンタが、古井シイカか?」
元親は部下の一歩前へ出、その人物に問う。
「如何にも、私が古井シイカだ。」
黒く長い髷を靡かせ彼は応えた。
同時に元親の後方が響めく。
彼はあの軍勢の指揮を取り、軍全体を纏め上げる者としては、余りにも華奢で頼りなさそうなのだ。
だが、白い肌に映える真っ黒の瞳が上に立つ人間の眼そのものであったのは間違いない。並々ならぬ威厳を醸し出していた。
「思った様な猛者じゃあねぇみてぇだが、」
得物の鎖をぢゃらりと鳴らして元親は挑発的に言葉を発する。
「腕は立つのか?ん?」
「残念だが、期待には沿えぬ。」
シイカは刀を腰の鞘に戻した。
敵中にいてそれは自殺行為でしかないが、意志の貫かれた眼に攻撃を仕掛けられる者などない。
「私は弱い。兵士達がいて初めて戦える。」
「それで、アンタはこの後どうすんだ?」
「何が欲しい?土地か?兵力か?私の首か?」
「そりゃあ首だろうよ。アンタの首がありゃあ、難攻不落の水仙城落としたってうちの軍もちったぁ有名になるもんだ。」
「ならばくれてやる。その代わり、兵達の引き取り手になってもらうぞ。」
あっさりと元親の申し出を呑んだシイカはその場に座し、懐から短刀を取り出した。刃を腹に突き立てようとしたその時、
ガキィィ…イン!
刹那に散った火花。
前触れ無しに元親が得物を振り上げ突撃してきて、シイカは咄嗟に持っていた短刀でそれを受け止めた。
「…っ!何を…!?」
「嘘はいけねぇなァ、シイカさんよォ。」
「何…?」
「今の攻撃受け止められるなんざ、アンタ、ただ者じゃねぇだろうが。」
「……」
にやりと口角を上げた元親にシイカ眉を顰める。
「……何故邪魔をする。首が欲しいんだろう?」
「ただで貰っちゃあアンタの部下引き取ったって、俺は安心して背中向けらんねぇ。」
武器を離し、体勢を整えて元親は言った。
「此処は互いの首掛けて勝負しようじゃねぇか!」
「なっ!?」
豪快な態度でそう言った元親にシイカは目を見開く。
「どういうつもりだっ!?貴様はみすみす好機を逃すというのかっ!!?」
「そうじゃねぇ。俺はテメェで戦わねぇアンタの遣り方が気に入らなくてよ。折角の御出ましだ、戦わなきゃ損だろうよ。」
噛み付かん勢いのシイカをしても、相変わらず態度を崩さず元親は続けた。
シイカはそれに何度も目を屡叩いたが、徐々に口角が上がる。
「……ふふ、可笑しな男だな、」
「後味悪ィのは嫌だしな。」
「良いだろう、私も男だ。此処で押し返せば難攻不落の挽回にもなる。その勝負、受けて立つ!」
「そう来なくっちゃあ面白みがねぇ!この俺を楽しませろよっ!!?」
言いつつ立ち上がり、刀を抜いたシイカに元親は碇槍を振った。
「野郎共!!手ェ出すなよ!?コイツは俺の獲物だ!」
「いざ勝負ッ!」
弾ける様に地を蹴って、互いの刃を打つけ合う。
競り合って、火花を散らして、攻防を繰り返した。
「何だ、やるじゃねぇかアンタ!」
「窮鼠猫を噛む、と言うだろう?!」
「はっは!よく言うぜッ!」
「はっ!!」
豪快に薙ぎ払われた碇槍を受け止めてシイカはそれを弾き返す。
「まだだッ!」
「何っ!?」
元親は、弾かれた反動を利用して槍の先端を発射した。鎖に繋がれた刃は持ち主の腕の動きに合わせて孤を描く。
「っ!!」
寸前で身体を翻し、直撃を免れたが、着物の上半身が裂かれた。咄嗟に片膝を付き頭だけ上げる。
「どうした、それで終いかい?」
「……まだまだァ!!」
「な…っ!?」
立ち上がると裂かれた着物から露になる白い曝し木綿がきつく巻かれた肌。
色白く、華奢な体躯の上に、男では有り得ない身体付きをしていた。
「女っ!?」
「はぁぁぁあっ!」
突然の事に驚く元親を気にせず、シイカは斬り掛かる。慌てて受け止めたものの、元親は状況を理解出来ずにいた。
「ちっと待て!!どう言うこった!?」
「構えろ長曾我部!」
攻撃を弾いて元親は頭を掻く。シイカは体勢を立て直し、刀を構えて声を張った。
「私と貴様の相違点など性だけ!小国と言えど私とて一国一城の主、背負うものは変わらん!手加減無用だ、構えろッ!!」
そしてまた地を蹴ってシイカは刀を振る。1、2度目を屡叩いた元親だったが、その口許が孤を描き、突進する彼女を迎え撃たんと走り出すまで時間は掛からなかった。
金属が擦れ合う音が周囲に響く。
「はっは!!良いじゃねぇか!!」
刃越しの鼻先が搗ち合う程の距離で元親は笑った。
「気に入ったぜ、古井シイカッ!!」
「くっ!」
そう言って力一杯得物を薙ぎ、シイカを吹っ飛ばすと、間髪入れず追撃に出る。
跳び上がらん勢いで地を蹴って[#ruby=蹌踉_よろ]めくシイカ目掛けて碇を振り下ろした。
「はっ!……でやぁっ!!」
続いて横に振れば軌道に沿って炎が舞う。
「うぁあああっ!!!」
体勢を立て直せないも反射的に身体を捻って縦振りは避けられたが、横の追撃に間に合わず、シイカは後方へ吹っ飛ばされた。
城の壁へ叩き付けられ、力無く地に倒れると土煙が上がる。
元親は碇槍を担ぐと、土煙の中心へゆっくりと近付いくと、背中を殴打した彼女は息苦しそうに横たわっていた。壁かそれとも地面か、衝突した時に口内を切ったらしく、唇を血が伝っている。
「は…っ、は……っ…」
「効いただろ?これが鬼の実力よ!」
見下ろした状態でにやりと笑みを浮かべる元親をシイカは見上げた。
「……私の負けだ。この首、持って行け。但し、」
「兵士達だろ?安心しな、纏めて面倒見やる。」
「……そうか、有り難う。最期に渡り合えたのが貴殿で良かった…。」
屈んだ元親がその頭を撫でて応えると、彼女は大きく息を吐き、静かに目を閉じる。次にやって来るであろう断頭に不安を抱けど恐怖はなかった。
しかし、暫く経っても痛みや息苦しさ、が伝わって来ない。あるのは地に足着かぬ浮遊感だった。
「………?」
断頭とはこんなにも楽なものなのか?将又、既に極楽とやらに辿り着いた故の浮遊感なのか?不審に思い瞼を上げると突っ伏していた筈の地面が目下に広がっている。
冷静になってみれば、どうやら担がれている様だった。
「!!?ち、長曾我部元親?!な、何をしているッ!!?」
我に返ったシイカは自分を俵担ぎしている人物の肩に手を付き上体を起こす。
振り返るとそこには銀髪。その後ろ頭に怒鳴り付ければ、犯人は半分だけ振り返り口角を上げた。
「何って、首持って帰んだよ。アンタごとな。」
「何だと?!」
目を見開くシイカに元親は天を仰いで豪快に声を張り笑う。
「言っただろ?アンタが気に入ったって。」
「私の覚悟を無に帰すと言うのか!!?えぇい!!降ろせ!降ろさんか!!!」
「おっと!暴れんじゃねぇよ、落っこちるぞ?」
「本望だ!放せ!」
じたじたと暴れるシイカを咎めるも、あっさり振られてしまった元親の眉は困った様に顰められたが、表情は楽しそうだった。
相変わらず暴れ回るシイカを担ぎ直し、部下に向かって声を張る。
「野郎共!貰うもん貰ったからさっさと引き上げるぜ!」
「待てっ!!私をどうする気だ!?捕虜になる位なら腹を割る!放せぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
その後、水仙城が長曾我部の手に落ちたと日ノ本に広がるまでそう時間は掛からなかった。
難攻不落
アルストロメリア
華奢でいて凛々しい百合水仙の様な…
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後記
突然思い付いたネタなのですが、書き上げるのに結構時間を食ってしまいました…。連載も更新せず、こんなんやってて申し訳御座いませんorz
実はこの後に続くその後の話があって完結になるのですが、何と言いますか、ギャグ中心サイトで取り扱うには憚られると申しますか、ぶっちゃけますと15禁(18禁かも……)にしないと阿呆みたいに短い御話になってしまうので…。
万が一、気になる方がいらっしゃったり、気が向いたりしたら続編を書くやもしれません(笑)
此処まで読んで下さいまして有り難う御座いました!
20100103
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アルストロメリア(百合水仙)
学名:Alstroemeria spp.
ヒガンバナ科(ユリ科とも)ユリズイセン属
花言葉:華奢・やわらかな気配り・幸い・凛々しさ・人の気持ちを引き立てる
……日本に渡来したのは昭和初期だそうで(汗)
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