サンドリヨン
親戚のお姉ちゃんの披露宴。
幼い私にとって退屈以外の何物でもなかった。
子供は子供だけのテーブルで、と用意された席に着いても、私は従兄弟達とは歳が離れているから、回りは知らない顔ばかり。
「……つまんない。」
知らないおじさんや、親戚の叔母さんが何だか小難しい話をだらだらと喋っている中、俯きながら足をブラブラさせる。
「……なあ、」
「?」
不意に隣から伸びてきた手に肩を叩かれ振り返る。その先には同じ様にテーブルに着いた同じ歳位の男の子が悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「何?」
「こんな退屈なセレモニー、抜け出さねぇか?このホテル、屋上にアクアミュージアムがあるらしいぜ?」
分からない片仮名交じりの言葉だったが、この場を抜け出せるなら何でも良いと思い、私は頷く。
「良いよ。」
「そうこないとな!」
男の子は楽しそうに笑うと、私の手を引き立ち上がった。
ひっそり歩いて、入口のお兄さんにトイレとかって言い訳をして、会場を出れば脱出成功。悪戯が成功したみたいに楽しくて、息を殺して笑い合った。それから何だか一気に探検気分になって、両親が探しに来るまで、その子とずっと走り回っていたんだっけ。
あの時は怒られたなぁ…。
今でも忘れられないあの男の子。グレーの正装にセルリアンブルーの薔薇のコサージュが印象的だった。顔は良く覚えてないけど。
そんな記憶が未だ残っているのはその子が忘れていった絹の手袋のせいだ。右だけ会場に落ちていたのを見付け、また会えるなんて幼い発想をで私はそれを拾って預かった儘、5年、10年、15年。何時の間にか回りの友達がぽこぽこ結婚しだした今日この頃。時が過ぎるのが早く感じるのは歳取ったせいだなー、ってまだ20代だけどね!
「いや、まさかあの娘に先越されるとはねー。」
「何言ってんの、婚約指輪貰っといて。」
何て言えば笑いが巻き起こった。
今日は高校時代仲良かった友達の結婚式。
挙式の後の休憩時間、久し振りに集まった仲間同士で和気藹々と話に花を咲かせる。
「相手方、どっかの社長らしいよ。」
「へぇー。玉の輿じゃん。」
「何だっけなー……重機械製造会社だっけ?」
「そうそう!何か長ったらしい社名だったよ。」
「長いの?あ、もしかして長曾我部重工業機器?」
「そうそう!それ!あんた良く知ってるねー。」
「彼氏の会社が下請でさぁ、」
「へぇー。」
全く何処からそんなネタ仕入れて来るんだか。流石、女子の情報網なんて感服しながら聞き役に徹する。
「いいねぇ。彼氏いてさぁ。」
「あれ?あんたいなかったっけ?」
「一昨日別れた。もー最悪ー。」
「まあまあ。その分今日の2次会が楽しみってもんでしょ。」
「2次会?」
気になる言葉に首を傾げると、何人かが此方を見遣る。
「何?シイカ、知らないの?」
「相手方の出身高校は何とあの私立婆娑羅高等学校!」
「イケメン学校って名高い所の同級生がわんさかいるのよ!」
「これを逃したら絶対一生後悔する!」
「あんたも何時までも手袋の子引き擦ってないで恋人見つけるチャンスよ!」
「うわあ、」
テンションの上がった友達にガバッと後ろから抱き着かれて危機感のない悲鳴を漏らす。
冗談半分なのだろうけど、皆の言っている事に間違いはないしそうするべきなんだろうけど、生憎私はそう簡単にイケメンにホイホイされる性格ではないので、今日も2次会の幹事を回される事請け合いである。
「あ、そろそろ披露宴始まるよ。」
1人がそう言うと皆各々時計を確認し、ホントだー等と呟やき、会場へと足を向ける。
この歳になると、披露宴なんて何度も体験してるけど、やっぱり退屈なんだよね。いや、言っちゃ悪いとは思うけどさ。やっぱりね。足取り重いも、一応日本の社会人。バックレるなんて我が儘な事1人でする勇気なんざ持ち合わせてないので、会場に向かう集団の最後尾にちょっとゆっくりめに着いていった。
*****
「では、続きましてー、」
司会の声が会場内に響く。
案の定、披露宴は何時もの様な展開で、気を抜いたら睡魔に襲われそうだ。
私語を謹まずに眠気を紛らわそうにも、どういう訳かこの披露宴、席がランダムに決まっており、どんな偶然か私のテーブルには知ってる顔が一つもない。しかも皆男だ。しかも皆相手方の招待客だ。
私を含めて5人で囲むテーブルなんだけど、確率論を持ち出せば、仲間内である花嫁側が座る確率が2分の1なんだから、相手方の招待客が座る確率も2分の1でしょ?
椅子は私のを引けば4つだから、2分の1×2分の1×2分の1×2分の1で16分の1の筈じゃないか?
更に私以外が男になるのは同じ様にして16分の1の筈じゃないか?
で、16分の1×16分の1で256分の1じゃないか?
多分。自信ないけども。
何か面倒な事だらだら言ったけど、つまり言いたいのは私どんだけ運ないの?って事だ。
あー駄目だ。
確率とか持ち出したら余計眠くなってきたじゃないか。馬鹿!私の馬鹿!
今にも大口が開きそうな欠伸を噛み殺して、何とか下がってくる瞼に抵抗を試みる。
「随分と退屈そうだな。」
「あふぁ?」
隣から低い艶のある声が聞こえた。私に向けられたのか、ちらりとそちらを見ればセピア色の髪から覗く隻眼が鋭い眼帯付けたお兄さんがテーブルに肘を付き、にやにやしながら此方を見ているじゃないか。
中々いい男だが気分悪いな。
私にはそんな目を向けられる要素はこれっぽっちもないんだが。
「すみません、」
色々言ってやりたいが、何かもう億劫になって、軽い会釈を返す。すると、眼帯お兄さんはにっと口角を上げた。
「いや、俺も退屈してんだ。」
「はあ…」
「餓鬼の頃からこう言うformalなのは苦手でな。よく抜け出しては絞られてた。」
「はあ…」
隻眼を遠くを見る様に細めたお兄さん。相槌を入れつつも目に入ったその横顔に何かが見えた気がした。
「……なあ、」
不意にその綺麗な口元がにやりと歪んだかと思うと、先程より僅かに高い声でそう言うとお兄さんは私の肩を掴む。
「…何でしょうか?」
振り向いて、正面にある端正な顔と向き合うと、私の脳は見えた気がした何かを叩き出そうとしているのか、記憶が急激に巻き戻される様な気分に陥った。
そんな私を他所にお兄さんは綺麗なカーブを描いた唇をゆっくりと動かして言葉を紡ぎ出す。
「こんな退屈なceremony、抜け出さねぇか?このhotel、最上階のrestaurantが評判らしいぜ?」
「……それ、」
思いもしなかった答えに私は驚いた。
同時にこのお兄さんが脳裏の片隅にしまってあった1人の人物の姿が鮮明に蘇る。
ああ、そういえばあの子もセピア色の髪で眼帯してたっけ。
「あの、時の…」
「Ah?」
思い出したら居ても立っても居られなくて、肩に置かれた大きい手を何時の間にか握っていた。
「おい、」
「昔、親戚か何かの結婚式で同じ様な事言いませんでしたか…!?」
「は?」
怪訝な顔をしたお兄さんを御構い無しに、身を乗り出し気味で私がそう言うと、今度はお兄さんが目を屡叩く。
「何であんたそんな事…」
「やっぱりそうだ!やっと見つけた!」
遠回しにも返ってきた肯定に嬉しくなった。自然と緩んだ顔にお兄さんは目を見開く。
「お前…っ、あの時の…!」
「はい。御久し振りです。」
「Unbelievable…そんな事あるのか……」
軽く会釈して微笑むと困ってるとも驚いてるとも笑っているともとれそうな複雑な表情を見せた。この際そんな物はどうでもいい。また会えたんだから、私がすべきは1つ。
「あの、宜しければ、また御会い出来ませんか?」
「Ha!何だ改まって。」
「今日はちょっと…」
「何だよ。言えねぇ様な事なのか?」
「あ、いえ。そうでなくて…」
「じゃあ今言えよ。」
「御返ししたい物があるんです。今日は持ってなくて。」
「か…返したい物……」
切り出した話に、お兄さんはまた目を丸くした。
逆転サンドリヨン
落としたのは貴方。見つけたのは私。
「あ、自己紹介がまだでしたね。私は、」
「古井シイカだろ?」
「あれ?何で?」
「あの後、直ぐに花嫁に聞いた。」
「……あー、成る程。その手が。」
「伊達政宗だ。覚えとけよ、シイカ。」
「はい?」
「俺に恥かかせた代償は重いぜ?」
「は、はいィ?」
fin
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ballad
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