lethal weapon


「あ、君、」
「え?」
「これ、落としたよ。」
それは日直の仕事で教務室のある男子棟へ行った帰りだった。不意に肩を叩かれて振り向くと、差し出されたミニタオル。
慌ててスカートのポケットを確認するとそこはもぬけの空。
「あっ、…!」
「気を付けてな。」
「…!」
上擦る声の私に投下されたのは微笑みのバクダン。片手を上げて去っていく彼の背を私はただ見送るしか出来なかった。

古井シイカ、高校1年、16歳。
此処へ来て未知の感情と遭遇してしまった。

高校からこの武蔵森学園に来た私。共学と言う割に男女校舎別と言う何だか不思議な環境ではあるが、慣れるのに時間は掛からなかった。元来、男の子はあまり得意じゃない私には寧ろ好都合である。それがまさかこんな事になるなんて予想外だ。
名前も学年も知らないけど、柔らかい茶色の髪と体格の良い長身、それから優しい笑顔が印象的な彼があの日から忘れられない。それに、どきどきし過ぎて御礼も言えなかったのがどうしても心残りだ。
個人を特定しようにも、回りの仲が良い友達は皆高等部からの外部生。寮の同室の子も右に同じだ。
中等部から在学している子が身近にいるならば露知らず、私にとっては随分難を極める作業である。
「……はぁ、」
せめて、同じ校舎にいればな、なんて以前では考えられない様な事を考えながら、溜め息もそこそこに窓から空を見上げた。
HRは既に終わっているので、クラスメイト達は寮に帰るなり部活に行くなり遊びに行くなりして教室には私独りぼっち。西日が差し込む教室は妙に寂しくて無駄にセンチメンタルになる。
仲良しの娘達は部活に行っちゃったし、溜め息吐いて居残りしてても意味ないし、そろそろ私も帰ろう。そう思って鞄を持ち上げとぼとぼと寮への帰路をに着いた。
人気の少ない校舎を出て、校門を出て、学園の敷地をぐるりと囲む塀に沿って寮のある方へと足を進める。練習に精を出す運動部を眺めながら、元気だなーなんて年寄り染みた気分になった。

何でもうちはサッカーが強いらしい。別に興味もないんだから、知らなくて当然だと思うんだけど、入学した時そんな話をしたら驚かれたのは記憶に新しい。でも、皆が知ってるなら相当凄いんだろうな。ちょっと覗いてみよっかな。と言っても、男子棟の敷地内だから遠巻きだけど。何て軽い好奇心でサッカー部の専用練習場へと足を向けた。フェンスの回りにはもう沢山の先客がいて、わいわいと騒いでいる。フェンスからでも遠巻きなのに、こんな人集りでは見るに見れないじゃない。……まあ、興味本位の野次馬だから、別に見れなくても良いんだけどさ。
諦めて踵を返し、また塀沿いに寮へと再び向かっていた、その時だった。

「危ないっ!!」
「え?」
叫ばれた声に振り返るともう直ぐ目の前に黒と白の回転する物体。しゃがむとか避けるとかそんな頭は働かなかった。
ぶつかる…!

バシッ!

「藤代!何してるんだ!」
目を瞑って身構えたにも関わらず強烈と予想した衝撃は伝わってこなかった。
代わりに聞こえてきたのは何処かで聞いた事のある声。
恐る恐る目を開けると、赤と黒のグローブ。
直ぐに下りたその手に視線を移動させると、壁みたいに大きな背中と柔らかい茶色の髪。
何かが心臓の奥で鼓動した。
「すいませーん渋沢せんぱーい!」
「グラウンド外でボールを蹴るのは禁止だろ?忘れた訳じゃないよな?」
「いやぁ、今日、授業が詰まんなくて、ドリブルしながらのつもりが、ついうっかりシュートを…」
事情を今一飲み込めない私はただぼーっとしているしかない。
その間に駆け寄ってきた短髪の男の子は足元に転がる黒と白の物体、サッカーボールを拾い上げ、人懐っこい笑顔で頭を掻いていた。
「えーっと…すいませんでしたー。」
「謝るのは俺じゃないだろ。」
「あー……あのー…すいません、大丈夫だった?」
「えっ!?あっ…」
私の前に立つ人から覗く様に短髪の彼はバツが悪そうに言う。その声にハッとして私は思わず首を縦に振った。
「あ、そう?渋沢先輩、彼女、大丈夫だって!」
「お前なー…」
にかっと笑った彼に溜め息を吐く渋沢先輩と呼ばれた眼前の人。
漸く彼は振り返って、短髪の男の子を掴んで一緒に深々と頭を下げた。
「後輩が迷惑を掛けてしまって申し訳無い。」
「えー、俺、謝ったじゃないっすかー!」
「あ、あの…大丈夫、です、から…あの、」
突然そんな事をされて冷静でいられる訳が無い私はわたわたと両手を動かす。
すると、短髪の彼は強制的に頭を下げさせる手をするりと抜ける。
「こら、藤代っ!」
「グラウンド練習始まりますよ〜、せーんぱいっ。」
「全く…」
悪戯っ子の様に笑って物凄い速さで逃げて行く姿に、目の前の彼は溜め息を吐いていた。
その横顔にまた動悸する。
「本当にすまないな。怪我はなかったかい?」
「…あっ!」
「……あれ?…君は…」
向き直って困った様に笑った彼に、全部が繋がった気がした。聞きたい事は沢山ある様な気もするけど、何より言わなきゃいけない事は1つ。
「あ、あの、この前も、今日も、あ、有り難う御座いました…!」
「…?…ああ!あの時の、」
少し首を傾げた後、彼は合点がいった様な表情を浮かべて、どう致しまして、と微笑んだ。


lethal weapon
その笑顔は私を射殺す。

恥ずかしくなって逃げる様に寮に戻った。
御礼を言えたのに、まだもやもやするのは何故かしら?

「……名前、聞き忘れちゃった…」

fin.


後書


渋沢さん、難しいです。


20100715
篝拝
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ballad

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