拝啓、我が君
「あの、もし…」
極上の銀糸が寄り集まった様な美しい御髪が目に止まりまして、私は反射的に声を掛けてしまいました。
「……私、でしょうか?」
黒衣を身に纏われましたその御仁は、緩やかに振り返られますと、御目を細めてそれは優しそうに微笑まれます。
細められたその御目の奥に、涼やかなその御声の御色に、思わず、私の心の臓は止まりそうになりました。
主に背き、時代に挫かれました我が君が御逝去されてからどれ程経ったでしょう。
彼の方は名君等とは掛け離れておりましたが、誰が何を言おうと私にとっては人生を捧げた主でありました。
全国より悪名高く呼ばれていようがいまいがその事実は変わりないので御座ります。
方向性は少し……否、かなり擦れておいででしたが、どなたよりも目標御高く、どなたよりも欲望に忠実でありました彼の方は、本質如何なる武将とも相変わり無かったと思います。
確かに恐ろしい方ではありましたが、失態さえしなければ、恐れる事など御座いませんでしたし、己が欲望以外の事には無関心でおられたので領民に対して苦行を強いる事などはされておりませんでしたので、領主としては有望だったのかもしれません。
決して我等などに御目は向けて下さらないと知りながら、私はそんなあの方を御慕いしておりました。
いや、御慕いしております。
現に、時代が彼の方を忘れてしまった今でも、私はその菩提を弔わんと全国を行脚しているのですから、心酔も好い所なので御座います。
周囲に奇異の目で見られても構いません。願わくは、もう一度だけで良いから彼の方に御会いしたい。
そんな折でありました。
中国の小早川秀秋殿の下に慈眼の高僧が御出であると耳に致しましたのは。
偶々近くにいた私は気紛れに小早川殿の居城を訪問する事に致しました。
城門の奥に外からでも見えた巨大な鍋が少々気になったりましたがきっと彼の趣味なのでしょう。
現れた小早川殿自身が背に鍋を背負う程ですから、余程鍋が好きに違いありません。
それは兎も角、小早川殿は始めの内、三成君のどうとかと仰り、私めを恐れられてはおりましたが、事情を御話し致しますと、ころりと表情を変えて私を快く受け入れて下さいました。
途端に態度が少しばかり大きくなったのは敢えて触れずにおきます。
それから城へと案内されましたが、小早川殿は「連れて来るから庭でも見ていて」と仰って、何処かへ行かれてしまいました。
そんな御姿を見送りながら、失礼ではありますが、私はふと思ったのです。
あの主君に付いおられるとなると、高僧とは噂でありましたか、と。
それ故に、期待は致さずに、言われた通り庭に目を遣りました所、その一角で見付けたので御座います。
銀糸の御髪の彼の御仁を。
その御姿に懐古を抱き、気付いたら声を掛けてしまっていた、という事になり冒頭に戻るのです。
銀糸の御髪を翻した御仁に息を呑みながらも、私は恐る恐るという風にに話し掛けました。
「、突然失礼致しました。私、今は亡き主君の菩提を弔わんと全国を行脚しております者に御座ります。」
「おやおや、そうですか。それはそれは御立派な御心掛けですね。」
頭を下げて身分を申しますと、御仁は薄い微笑みを湛えたままに私の話に御耳を御貸し下さいます。
「此方に高名の御坊様がいらっしゃると拝聴致し参った次第でありますが、もしや御仁が?」
「いえいえとんでもない事ですよ。私はただの坊主。天海と申す者です。」
尋ねますと、御坊様、天海様はそう仰り、また御目を細めて困った様に微笑まれました。
嗚呼、
何と似ておいでなのだろう。
その、銀糸の御髪が。
透ける様な白き御肌が。
心から微笑まれていないその御目が。
そうして私の心中に一縷の希望が掠めます。
例の件に巻き込まれたにも関わらず、お市様は生きておいでなのだから、もしかしたら…。
しかし、これ以上御聞きしては御迷惑であると私はそれを払拭し、天海様にそうですか、と言葉を返しまして、それきり小早川殿が戻ってこられるまで御話は致しませんでした。
小早川殿は天海様を御見付けになりますと幼子の様に駆け寄り、彼が例の御坊様だと私に御紹介されましたが、私にはもう、天海様が小早川の高名な御坊様等と言う事は、どうでも構わなくなっておりましたのです。
彼が御本人様であっても、ただの生き写しであっても、私は我が君に再び御会い出来た様な気分になれましたので、それ以上はもう何も、彼に望みは致しませんでした。
拝啓、我が君
貴方様の面影を、現世で御見付け致しました。
fin
後書
天海さん明白にあの人なのに、BSRキャラは微妙に気付かないのは何故なのでしょう(笑)
20100907
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ballad
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