鬼に金棒


大陸の故事に『三顧の礼』っつーのがあるらしい。
引き籠ってた餓鬼の頃読んだ書に書いてあったような気がする。一度目が駄目でも礼を尽くして何度も頼み込めば、必ず応えて貰えるっつー話だった筈。

「よォ、元気でやってっか?」
「………何だ、また貴殿か、」

今日で何度目だと思ってるんだ、と奴は続ける。
言ってしまえば今日で二、三十回は過ぎてる筈だ。三顧の礼作ったヤツ、表出てこい。

「客に対してそりゃねぇんじゃねぇか?姐さんよォ。」

無愛想に顔を背けたその女に俺はそう言って愛用の碇槍を付き出せば、ざり、と鎖が鳴る。すると奴は溜め息を吐いて再び顔を向けた。

「……仕事なら仕事と言ってくれと私は貴殿には頼まなかったか?」

少し間を置いて、奴はそれを受け取りると槌を持って釜戸の方に足を運ぶ。

此処は町外れの竹林で店を構える小さな鍛冶屋だ。腕が確かだと野郎共の間で評判だったんで、覗きに行ったら、俺と同じかそれより下の女が1人で切り盛りしてるじゃねぇか。
初めこそ面食らって疑いはしたが、研磨に預けた得物の出来は見事なもんだった。
それ以来、贔屓にしているが、ちょっとばかり我儘を言って以来このシラケた対応をされている。

「聞いてねぇな。」
「武器を持ってくる度に頼んでいたと思うが?」
「知らねぇよ。」
「困った顧客だ。」
「結構だ。」

顔は会わせず釜戸に向かった女は研磨の準備を始めた。その傍らで俺は土間に座り手際の良い背に向かって話をする。
何時もの事だ。

「またこんなに荒い使い方を。刃が可哀想だ。」
「五月蝿ェ。俺んだからどう使おうが勝手だろ?」
「こんな使い方をしていたら、直ぐに駄目になるぞ。」
「そうさせねぇのがアンタの仕事だろーが。」
「刃は出来るが、使い手はどうにも出来ん。」
「あん?心配してくれてんのか?」
「国を、な。」

滅びては商売も出来ない、と付けたした奴は刃に槌を打ち始めた。
カンっ、カンっ、と景気の良い音が小さな小屋に響く。

「……ちっ、相変わらず釣れねぇな。」
「何だ?何か言ったか?」

その音の為か、俺の呟きを聞き取れなかったらしく、そいつは手を休めずに声を張った。

「何でもねぇよ。」
「?そうか。なら良いが。」

答えれば、僅かに首を傾げて、また、黙々と釜戸に向かう。
細く白かったであろう腕は面影もなく、赤々と燃える鋼の塊に幾度も幾度も槌を降り下ろす。火の粉を浴びては、釜へ焼べ、また打ち付けてを繰り返す。
俺はそれが終わるまで延々、その背を眺めていた。

(……小せぇ背だな、)
「よし。終わった。」

ふと思ったと同時に、そんな声がして、我に帰る。
愛しげに湾曲した刃を撫でる横顔が何処か儚げで、不覚にも見入ってしまった。

「大事に使ってやってくれ。」
「おう…」

すいっ、と出された愛用の武器を受け取る。
鍛えられ、磨かれた切っ先は鈍色の光沢に包まれ、美しさに畏怖さえ覚えた。

「相変わらず良い仕事しやがる。」
「褒めても何も出んぞ。」
「別にいらねぇよ。」
「そうか。まぁ、欲しいと言われてもやらんがな。」
「けっ、素直じゃねぇ。」
「構わん。鍛冶屋は炎の前で素直なら良いんだ。」

憎まれ口を叩くと、そいつはにやりと笑った。
そんな顔も出来んのかよ。

「そーかよ。で、今回は幾らだ?」
「いや、いらん。」

俺が何をしても見せねぇ顔をさらっと出しやがったのが悔しくて、乱暴に問えば、これまたさらっと、思いもよらぬ返答が来る。

「はぁ?いらねぇたァどうしたよ。」
「いらんものはいらんのだよ。それよりそいつでさっさと天下でも何でも統一してくれないか。」
「!」

突然出てきたそんな言葉に目を見開いた。
今までそんな事、これっぽちも言わなかったこいつが淡々と、何処か寂しげに言う。

「人斬り包丁を打つのはもう飽きてきたぞ。」

自嘲に似た笑みを浮かべたまま言葉を続けた。

「だから早く平和をくれ。御代はそれで結構だ。」
「……ならよ、」
「?」
「そろそろ俺ん所に来ちゃくれねぇか?」
「……またそれか。」

自嘲に似た顔が俺の一言で物憂げに変わる。
分かっちゃいたが、こうも表に出されると傷付かない事もねぇ。

「何度も申しているだろう。私は鍛冶屋だ。姫でもなければ武士でもない。西海の鬼が侍らすに値せんぞ。」

溜め息を吐いたそいつは諭すように言った。
遠回しに身分を突き付けられた事に壁を感じる。

だが、

「構わねぇよ。アンタが欲しい。」
「子供ではあるまい…。私なんぞを傍にして何になるんだ。」
「平和が欲しいんだろ?」
「だったら何だ。」
「アンタが隣に居てくれりゃあ、武器に困らねぇ。長く遠征にだって出てられんだ。分かるだろ?」
「鍛冶屋として雇うと言うのか?ならば町にもっと腕の立つ者が、」
「っ!アンタが良いんだよ!分かんねぇ奴だな!」
「!な、何をする…!!」

語勢を強めて手を伸ばした。
やろうと思えば、何時でも詰められた距離。それが縮まったた。

「だから!俺がいねぇ間、誰かにアンタが取られんじゃねぇかって……!」
「な、何を…言って……」
「気が気じゃねぇんだよ…。殺り合ってる最中だろうが、何だろうが……」
「……」

奴は初め、抗っていたが、徐々に静かになって、俺の声を最後に沈黙が流れる。

「…あ、ああ。……西海の鬼が聞いて呆れるな。」
「何ぃっ!!」
「ははっ、冗談だ。」

あまりに突飛な発言に驚き、奴の顔を見れば照れてんのか、困った様な何とも言い難ェ笑顔を浮かべていた。

「別に構わねぇがよ。西海の鬼が聞いて呆れねぇよーにすりゃいいんだろうが。…だから、」

あんな事言った後になんだが、今更恥ずかしくなってきやがって、顔を逸らして俺は言う。段々、声が小さくなってく様な気がすんのは気のせいだ。

「それでは何か?私は貴殿の弁慶の泣き所とでも言うのか?随分と光栄だな。」
「違ェよ。鬼に泣き所なんざねぇ。アンタが何時も近くにいてくれりゃあ、もっと強くなれんだよ。そんだけだ。」
「ははっ。ではアレだな。鬼がもっと強くなれるとか言う諺があったな。何と言ったか、」

言って横目で目を遣れば、そいつは無邪気に、だが、悪戯染みた笑みを浮かべる。

「俺が鬼ならアンタはアレだ。ま、要するに………」

反らしてた顔をまた向けて、目を合わせてから二人で笑って、



重なる声にまた笑い合う。
「ははっ。そうだな……。次、来た時、鍛え甲斐のある珍しい武器でも持ってきたら貴殿の金棒にならせて頂こう。」
「お!マジでか?」
「職人は嘘を吐かん。」
「よっしゃ!約束だからな!」
「ああ。」
「アンタが見た事ねぇ様な太刀持ってきてやるぜ!!」
「ふふっ、期待しないで待っているよ。」


【終】

企画:鬼紫様提出
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ballad

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