黒色ドレス



ショウウィンドウに飾られた真っ白のロングドレス。少し光沢のある生地にレースを贅沢にあしらった全体的に柔らかく優しい雰囲気を纏うそれはこんな無個性なマネキンになんて勿体無い。
かと言って、トップモデルのカミツレさんが着たら釣り合うなんて事もない。寧ろカミツレさんには着てほしくない。失礼だけど。

だってこれはウエディングドレス。

カミツレさんが結婚とか世界中のファンがショックを受けるに違いないのだから出来れば暫くは着てほしくないでしょう?
御伽噺の御姫様が着ているような煌びやかなものではないけれど、爪先まで隠れるフレアスカートに白い手袋、頭に掛けられたらレースのベールなんてやっぱり憧れてしまう。

「綺麗だなぁ……」
「やっぱりドレスは白だよね。」
「私は別に色なんて…………、うん?」

独り言に返ってきた相槌。声の方へ目を遣れば、白シャツに青ネクタイ、白のスラックスにグレーのサスペンダーを召した長身がニコニコと笑っているではないか。

「クダリさん、御仕事は?」
「自主休憩!」
「それ一般的にサボりって言うんですよ、サボリさん。」
「ぼくクダリ!サボリじゃない!」

間違えないで!と少し不機嫌になったクダリさんに冷たい眼差しを送りつけて、私は溜め息を吐いた。

シッポウシティでデザイナーの卵をしている私にとって、ライモンシティのバトルサブウェイの、しかもサブウェイマスターなんて名高い職業に就いているクダリさんは本来無縁の人。
なのに何で顔見知りか。それは半年くらい前に遡る。
アトリエに閉じこもりっぱなしだった私の元に大先輩のアーティさんが気紛れでやってきた時のこと。

「ぬうん、刺激に欠けるラフだね。君、ライモンシティに行ってきなよ。」

なんて唐突に言い出して、無理矢理ライモンに連れて行かれて、置き去りにされたのだ。右も左も分からないから、人を求めて彷徨っていた私が、とある紳士に声を掛けられ連れてきてもらったのがバトルサブウェイ。
ターミナルに到着しては出発する地下鉄の躍動に感動して、その気持ちを何とか記録しようと、ホームに降りて夢中で車両の模写をしていたのだが、クダリさんに会ったのはその時だ。

「スゴい!上手い!ぼく それ欲しい!!」

と、私のスケッチブックを指差して子供みたいに笑っていたっけ。
兎も角、クダリさんとはそれから交流があって、見掛ければ声を掛ける仲になっている。
シッポウに住んでるのにライモンにいるクダリさんを見掛けるのは何故かというと、地下鉄に魅了された為、週に1回ライモンまで足を延ばすからだ。
まあ、別に理由もあるのだけれど…。

今日もその道すがら。通り道であるジョインアベニューの一角で、サボリ…もとい、クダリさんに声を掛けられたのだ。

「仕事に戻らないと怒られますよ。ほら、その、あの人に…、」
「ノボリ?」
「そ、そうそう。」
「うん。ねえ、シイカはデザイナーでしょ?ドレスのデザインしないの?」
「………話聞いてました?」

頷いたくせに明後日の方向に話を進めたクダリさんに肩を竦める。この人は本当に天真爛漫と言うか身勝手と言うか…。

「ねえ、しないの?」
「しませんよ。私はデザイナーですが専門はアクセサリーですから。」
「へえ。できないの?」
「…できないとは言ってないです。」
「負けず嫌い。」
「うるさい。」

質問に答えながらアベニューの外へと向かわせようの背中を押すが、如何せん私より遥かにでがい成人男性な訳で、びくともしない。
まずい。早くクダリさんを帰さないと。このままではあの人が来てしまう…!

「やはり、此方にいたのですか。クダリ。」

クダリさんの長身のせいで何も見えないけれど、その向こうから響いた声に思わず肩が跳ねた。

「コートが投げてありましたから、もしやと思って来てみれば…貴方という人は。」
「あーあ、もう見つかっちゃった。」

私の非力な腕に体重を掛けて押し返されるのを阻止していたクダリさんはその声に肩を竦めると、ぱっと身体を離す。
そうしたら拮抗する力がなくなった私は前のめりに倒れる訳で。

「わっ!?」
「危ない!!」

ガラス張りで天井の映像が映るアベニューの綺麗な床との刺激的な抱擁を覚悟したが、素早く延びてきた長い腕に肩を支えられた。

「御怪我は御座いませんか?」
「ぴゃあぁっ?!!」

掛けられた声に奇声を発して飛び退けば、彼は不思議そうに目を瞬き、首を傾げる。
ああ、止めてください。
そんな冷徹そうな顔なのに愛らしく瞬きなんてして首を傾げるなんて…!!

「……ワタクシ、何か御気分を害しましたでしょうか?」
「とととととんでもないで御座います…!!だだっ、大丈夫です…!!あり、有り難う御座いましたです…!!」
「でしたら、良いのですが。」

ぶんぶんと首を横に振って、聞くに耐えない言葉を並べる私に、彼はふわりと雰囲気を和らげた。
表情はあまり変わらないけれど、この人はこうして纏う雰囲気で気持ちを表す。微々たる変化だけれど、私は分かる。何故って?そんなの私がこの人に好意を寄せてるからに決まってるじゃない…!!

あの、ライモンに放り出された日、彷徨う私を助けてくれた紳士がこの人だった。心細い所を助けてもらって惚れたなんて単純すぎて恥ずかしいが、人間そんな簡単なことで恋に落ちるときだってあるんだから仕方ない。彼の名前を出すことさえ照れてしまう程私は重症である。
その後に出会った色違いの彼がクダリさんで、彼とは双子の御兄弟と言うことが後々発覚した。そんな訳でクダリさんには色々と相談に乗ってもらったり、彼に纏わる事を聞かせてもらったりしているので結構な仲良しになっているのである。

それは兎も角として、紳士な彼は柔らかい雰囲気のまま、私に丁寧に頭を下げて言う。

「御無沙汰しております、シイカ様」
「は、はい…!」
「何時もクダリが御迷惑御掛けして申し訳御座いません。」
「ととと、とんでもない…!!あ、あの…っ」
「ねぇねぇ、ノボリ。これ見てー。」

居ても立ってもいられない私は、「急いでいるので失礼します。」と嘘を付いて早々に場を立ち去ろうとしたが、私と彼の間に立ったクダリさんに阻止されてしまった。
クダリさんが指さす方に徐に目を遣れば、先程私が見惚れていたウェディングドレス。

「これは、ウェディングドレスで御座いますか?」
「うん。さっきシイカがこれ見てぼーっとしてた!」
「なっ?!!」

突然の暴露に私は顔は一気に染まる。別に恥ずかしがる事じゃないけれど、彼にぼーっとしていたのが知られるのは何とも耐え難く、羞恥心を煽られる。反論も出来ずに震える私にクダリさんは意味不明なウインクを投げて寄越した。
何だむかつく殴りたい!!

「確かにとても美しい召し物に御座いますね。」

私の殴りたい衝動など知らない紳士な彼はクダリさんの指すドレスにそう感想を述べた。
また少し雰囲気を綻ばせた彼の方が美しいと思う重症の私はただただ、その横顔に見惚れる。

「綺麗だよね!きっとシイカに似合うと思う!」
「んあ?」

ぼけっと彼に見惚れていたのに、視界に侵入してきたクダリさんとその発言に私は不細工な声を上げた。
何だって?これが私に似合う?

「何言ってるんですかサボリさん。」
「ボク、クダリ!」
「私に似合う訳ないじゃないですか。」
「全くで御座います。」
「…へ?」

顔を顰めてクダリさんに言い放つと、彼が同調してきて、思わず間抜けな声が漏れる。

いやいや、似合わないとは思っていても、そんな、好きな人に否定されると、なんか、その、悲しいっていうか、ショック……なんだけど…な…あ、やだ…視界が霞んできた…。

呆然と立ち尽くし、動かなくなった私にクダリさんが気まずそうな顔でおろおろしている。
そうだ、お前が悪いんだ。
お前があんな事言わなければ…!!
湧き上がる怒りに拳を固め、彼に言葉の撤回を求めているクダリさんに殴りかかろうとしたその時。

「シイカ様には黒色が御似合いなのです。奇抜では御座いますが、ウェディングドレスは黒。ワタクシの隣に立つのですからそう決まっております。」
「……え?」

凛とした端正な表情でさらりとそんな事を言った彼に私もクダリさんも目を丸くした。
そりゃあもうマルマインのように真ん丸に。
しかし彼は、機能を停止した機械のように動けなくなった私に、滅多に見せない笑顔を向けて歩み寄り、クダリさんを殴ろうとしていた拳を解いて手を重ねる。

「ワタクシ、シイカ様を幸せにする自信は存分に持ち合わせておりますが、如何ですか?」
「!!!?」

紳士な彼の真摯な態度に、全身の血が一気に顔に集まる様で、チェリムのように真っ赤になった私は声にならない悲鳴を上げながら、嘗てないほど素早い動きでその場を走り去るしか出来なかった。



「一世一代の告白でしたのに…振られてしまいました。」
「分かってるクセに。ノボリ意地悪。」
「……はて、何の事で御座いましょう?」
「白々しい!」



fin
ちょっと意地悪なノボリさんと恋は盲目なシャイガール(笑)

20120909

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ballad

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